〜Fate Silver Knight〜 

〜幕間・揺りかごの詩〜



深山町には二つの建物群がある。町の中央を奔る交差点を隔てるように、片方が和風、もう片方が洋風の建物の集いになっていた。
その理由は、明らかにされていない。町建設の一環だったかも知れないし、住民の気まぐれかもしれなかった。
洋風の建物が集う家々の中に、ひっそりと静まりかえった家がある。そこは、間桐という名の表札の掲げられた家であった。

しかし、その家には、現在住むものはいない。半年前、この家に住む少年が行方不明になった。
それでも……つい先日まで、その家は、高校生の少女と、滅多に外に出歩かないが、老人が住み着いているのが近所の人の目にもうつっていた。
だが、今は誰もいない――――ひっそりと静まりかえったその家は、幽霊屋敷のような様相を呈していたのである。

近所に住む者たちは、ことの詳細を知ることはない。ただ、雰囲気で、何かしらあったと、密やかに囁きあっていたのだった。
自然、避けられるかのように、屋敷は周囲の家々とは雰囲気が異なりつつあった。そんな家に、来訪者が訪れたのは、その日の午後のことであった。

「おじゃましまーす」

気負うこともなく、玄関の扉をくぐって屋敷内に入ってきたのは、穂群原高校の制服を着た、男子高校生だった。
その少年に続くように、室内に入ってきたのは背の高い――――かなりの長身のスーツ姿の男だった。
一見ミスマッチの二人は、周囲を見物するかのように、玄関より室内へと入る。

鍵は、かかっていない。屋敷の主である老人は、鍵をかけることなどしなかったようだ。
もっとも、この屋敷に盗みに入るものなどいようものなら、屋敷内に巣くう刻印虫に、命を賭して教訓を得ることになるだろうが。
いまは、その老人もおらず、二人は見物するように、あちこちを散策している。

「ルー。階段があったぞ。どうやら地下に続いているようだが」
「へえ、隠し扉か……」

青年の言葉に、少年は興味深げに声を上げる。
巧妙に隠されていた階段――――地下へと続くそれを、どうやってか長身の青年は見つけ出したようである。

「どうする、行ってみるか?」

青年の言葉に、少年はしばし考え込み、ややあって、首を横に振った。

「いや、いいよ。暗いところはあまり好きじゃないし。目的は別だからね」

あっさりとそういうと、少年は先に立って歩を進める。青年が、無言でその後につき従う。
そうして、屋敷内のあちこちを見て回った二人は、やがて、ひとつの場所へ行き着いた。
そこは、寝室であった。誰のものかわからなかったが、ベッドには寝具一式が備え付けられている。

「さて、それじゃあ戻しとこうか?」

そういうと、少年はどこからともなく、純白の敷布を取り出すと、それをベッドに掛ける。そして、数秒の後――――

「よいしょっと」

敷布が取り除かれたそこには、掛け布団のかかったベッドの上、横たわって寝息の立てる、少女が忽然と現れていたのだった。
その少女は言うもがな、間桐桜である。彼女は深く寝入っていたが、規則正しい寝息をしており、命に別状はないようだった。

「しかし、お人よしなことだな。わざわざこうやって、家に送り届けてやるとは」
「うん、桜姉さんにはお世話になったしね。これくらいはね」

言いながら、あらためてベッドに桜を横たわらせ、その上から掛け布団を掛けるルー。
その様子を、あきれたように見ていた青年だったが、ふと、驚いたように眠る彼女の顔を見て、呟いた。

「タルテュ……」
「え、なに、何か言った?」

呟きに、怪訝そうに振り返る少年。しかし、青年は答えることなく、身を翻した。

「そろそろ行こう。人の寄り付かない屋敷とはいえ、あまり長居をしたら、何が起こるか知れたものじゃない」
「うん、そうだね……それじゃあ、桜姉さん」

少年は、手を伸ばし、桜の髪をそっとなでた。少年の口から、静かな言葉が出る。

「――――ばいばい」

それは、別離を悟ってのことか、再会を願ってのことか……その言葉を残し、少年と青年は、屋敷より出て行った。
後に残ったのは、館の住人である少女、桜……彼女は昏々と眠り続け、翌朝まで目を覚ますことはなかったのである。


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