〜Fate Silver Knight〜 

〜幕間・英雄王と征服王〜



時は宵闇の丑三つ時……月明かりさえ遮る森の木々を天蓋に、英雄王は瞳を閉じていた。
彼はもとより、眠りを欲する存在ではない。眠っても、どうせ悪夢しか見ることのないであろうその生涯。
そんな彼にとって、眠らずにすむ英霊という存在は、好都合といえた。

「静かな森だ……レヴァノンの杉の森を思い出す」

どこか感慨に浸るように、ギルガメッシュは虚空を見上げた。それは、彼がかつて経験した記憶の断片。
親愛なる盟友とともに、怪物退治へと赴いた先の思い出――――懐かしくも、輝かしい時代のものであった。
いつもの、悠然としつつも何処かで他社を拒絶するその様子が、このときは僅かながらも薄らいでいた。

物思いにふけるように、目を閉じて座っていたギルガメッシュだったが、ふと、何かに気づいたように目を見開いた。
目を見開き、耳から聞こえる音を聞き逃すまいという風に、周囲に注意を配る。
そうして、しばらくの後、ギルガメッシュは一つの方向へと歩き出した。そちらは爆心地――――先ほど、ライダーの騎英の手綱が墜落した場所であった。



「これは、凄いですね……」

木々が倒れ、大きな穴となっている場所。クレーターのようなその場所に、二つの人影があった。
周囲に気づかれることを恐れてか、明かりすらともさず、その場所を調べているのは、一組の少年少女だった。

小柄な身体に、夏というのに長袖と長ズボン、外套をまとって周囲を見渡す少女はイスカンダル。聖杯戦争に呼ばれた、ライダーの英霊であった。
周りに気を配る彼女の横で、しきりに地面を調べているのは、彼女のマスター。彼女よりもなお若い、男の子の魔術師。

「亜綺羅、どうなの?」
「はい、どのようにしたか知りませんけど、これは多分、英霊の仕業だと思います」

マスターの言葉に、イスカンダルは、そう……と言葉を濁す。
彼女は今回の聖杯戦争……召還されてから一度たりとも、まともに戦っていないのである。
自らの技能、宝具などは理解していたが、他の英霊がこのような無茶苦茶な攻撃方法を持っているとは、思っても見なかったのだ。

「確かに、私も似たような技を使えるし、他の誰かが使っても……おかしくないか」
「?」

イスカンダルの独白に、彼女のほうに顔を向ける亜綺羅。中学生くらいの少年が、彼女に声をかけようとした、その時である。

「何やら、森が騒がしいが、無粋な輩は、そこに居るのか?」
「え?」
「――――!」

声がした次の瞬間、イスカンダルは亜綺羅を抱きかかえ、跳躍し――――、

ガガガガガガガガガガガ!!!!


激しい動きに外れた外套が、無数の武具により、昆虫採集の標本ように地面に縫い付けられたのは、その時であった。
亜綺羅を抱いて地面に伏せ、イスカンダルは険しい視線で、攻撃の飛んできた方向を向き――――ギョッとした表情になった。



「ほう、少々滑稽な体勢だが、我の一撃を凌ぐとはな」

木々の倒れた開けた場所…………月光の降り注ぐ爆心地に、金色の鎧が現れる。
完全武装のギルガメッシュの周囲には、すでに攻撃態勢を取った武具が浮かんでいた。

「あ、あなたは……?」

ギルガメッシュの前方、身を起こした少女は、どこか警戒するような様子で、立ち上がった。
月光の中、紫金の少女と、金色の青年は対峙する……が、それも一瞬。

ガガガガガガガガガガガ!!!!


「わわわわわわわわわわあっ!?」

問答をする気はないのか、ギルガメッシュの放った第二陣の攻撃に、イスカンダルはマスターを抱えながら、その場から逃げざるを得なかったのだ。
気配はあっという間に遠ざかる。機動力に長けたランサーすら舌を巻くほどの速度で、あっという間にイスカンダルは逃げ去ってしまったのだった。



「行ったようですね」
「覗き見とは、無粋だな」

イスカンダルが逃げ去ってしばらくした後、ギルガメッシュは背後から聞こえたその声に、驚く様子もなく口を端を曲げた。
ギルガメッシュの背後、樹立する木々の枝に腰掛け、黒衣の英霊、ライダーは微笑んでいた。

「――――活力は、戻ったのか?」
「ご心配なさらずに、足手まといになるようなら、自らで始末をつけます」

振り向いたギルガメッシュの前に、紫紺の髪が舞う。足音すら立てず、地面に降り立ったライダーは、先ほどの一部始終が行われていた場所に視線を移す。
そこには、幼い二人組の姿はない。ただ、闇をも見通すライダーの目に移ったのは、見た事の無い二人組であったと記憶している。

「あの二人、見覚えの無い英霊とそのマスターのようですが……彼らのことをご存知ですか?」
「…………さてな、記憶には無い、といっておこう」

ギルガメッシュの言葉に、ライダーは沈黙する。何を考えているのか、その表情からは窺い知れない。
しばしの時を空け、ライダーはきびすを返した。

「ともかく、帰還します。あまり士郎やマスターを放置しておくわけにも行きませんから」
「ふむ……理解った。我も戻るとしよう」

一瞬、思案するように爆心地へと視線を向けるギルガメッシュだが、興味がうせたらしい。
木々を飛び、急ぎ廃墟のほうへ戻るライダーとは対照的に、ゆったりとした足取りで、もときた道を引き返していった。



……彼は気づいていなかった。十年前の聖杯戦争のとき、同じように、彼に対峙した英霊が居たことを。
その名は、征服王イスカンダル――――もっとも、もし彼が、十年前の記憶を持ちえたとしても、気づくことは無かっただろうが。

十年前のイスカンダルは、堂々とした風格をたたえた、屈強な男性であり、今のイスカンダルは、うら若い少女であった。
それは、平行世界に帰依した、ある意味よく起こるであろう出来事の一つ…………例として、アーサー王の物語をあげてみる。
男のアーサー、女性のアルトリア…………同じ時間を進む物語では、時折、同じ出来事でも、配役が違う事態が起こる。
どちらが偽者というわけではない。『どちらも本物』なのだ。

ゆえに、今回、呼び出されたイスカンダルは、まごう事なき本物なのである。
皮肉にも繰り返される、聖杯を中心とした戦物語――――ともかくこうして、英雄王と征服王は、十年ぶりに対峙を果たしたのである。

…………ただ、本人達も、知らぬところではあったけれども。

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