〜Fate Silver Knight〜 

〜月夜曲〜



純白の閃光の後、視界の戻った目に映ったのは、一面の夜空であった。
寝転がった状態で、俺は空を見上げていた。視線を動かすが、どこを向いても夜空ばかり。怪訝に思う背中に、なにやら暖かい体温を感じた。

「もう大丈夫でしょう。士郎、身を起こしてください。気をつけて、支えがありませんから」
「その声……ライダー? 一体、なにがどうなっ…………うわあぁぁぁぁっ!?」

思わず身を起こしたが、その時、体が横滑りになり、俺は『それ』から落下しそうになった。
とっさに、腕をつかまれる。俺の身体を支えたのは、金色の腕――――その足元には、地面はなく、眼下には小さく、街の灯が点っていた。
航空写真でよく見る、超高度からの風景、それが目の前にあった。

「まったく、イカロスではあるまいし、このような所で転落死など、滑稽以外の何者でもないぞ」
「す、すまない、ギルガメッシュ」

ギルガメッシュに引っ張られ、俺はそれによじ登ると……今度は落ちないように、しっかりとまたがった。
そうして、改めて周囲を見渡す。満天の星空……その夜空に浮かぶのは、純白のペガサスであった。
雄々しく羽の生えたその生き物に、イリヤ、ライダー、俺、ギルガメッシュ、そして、シグルドの順に跨っていた。
手綱はライダーが握っており、どうやらそれで、このペガサスを操っているようであった。

「なるほど、こんな隠し技があるとはな。さすがにこれでは、やつらも追ってはこれないだろう」
「はい、このまま、アインツベルンの城に向かうことにします。はっ!」

シグルドの言葉にライダーが頷くと、掛け声とともに、天馬を操る。
風が、その支配を天馬に委ねた――――魔力を放出しながら、天馬は西へと滑空する。夜空のカーテンを縫う、それは純白の矢のよう。
みるみる、新都の灯が遠ざかる。あっという間に、天馬は深山町へと到達した。眼下に家々の屋根を移し、北西へと進路を変える天馬。
順調に、眼下の風景は変わっていき――――そうして、郊外の森へと差し掛かったときであった。

「……おい、高度が落ちているようだが」
「え?」

シグルトに言われ、俺は眼下を見る。下には立ち並ぶ木々――――それは、確かに前よりもはっきりと捉えることができた。
いや、違う。そう思っている間にも、徐々に高度が下がり、立ち並ぶ木に近づいていっている……!

「ちょっと、どうしたの、ライダー!?」
「すみません、マスター……」

慌てたような、イリヤの声。俺には背中を向けているライダーの応じる声は、なぜかひどく弱々しかった。
まるで、張っていた気が抜けていたように、天馬の高度がガクンと落ちる……立ち並ぶ森の木々が、急速に近づいてくる!

「予想したよりも、多く魔力を消費してしまったようです。やはり、先の闘いの傷は完治できなかったので……」
「おい、ライダー、しっかりしろ!」
「士郎、マスターを、お願いします……!」

瞬間、ライダーが身をひねりざま、イリヤを俺に渡すのと、滑空したまま、天馬が木々へと突っ込むのは、ほぼ同時だった――――



ぼんっ!!!!



「……やれやれ、今日は厄日か? 次から次へと、災難が起こる。士郎、君もとんだ貧乏くじを引いたな」

爆発で倒壊した木々、焼け焦げた枝葉から少し離れた場所。爆発の影響を受けなかった木々に俺達はいた。
イリヤを抱きかかえた俺を助けたのは、シグルト。彼は俺の首根っこを掴み、墜落するペガサスから飛び降りたのだった。

しかし、ライダーとギルガメッシュの安否は分からない。
シグルトが木々から飛び降り、俺の首根っこを掴んでいた手を離した。地に足がつくと、俺は爆心地へと走っる。
木々のパチパチとはぜる音…………そこは、隕石が落ちたかのように大きな穴と、焼け焦げた大地があった

「これは、すごいな……」

もし、攻撃にこの力を使ったら、恐らくはエクスカリバーに及ばなくても、かなりの威力を持つだろう。
それだけに、着弾の衝撃はライダー達。にダメージを与えている恐れがあった。

「ライダーは、どこに居るの!?」
「わからない、いや……?」

抱きかかえたイリヤに言葉を投げかけたその時、燃え盛る炎を意に介さず、こちらに向かってくるひとつの影があった。
炎よりもなお眩しい、金色の鎧…………ギルガメッシュはその腕にライダーを抱きながら、こちらに歩いてきた。

「ふむ、息災か、マスター――――。負傷した様子もなく、安心したぞ」
「無事だったか、ギルガメッシュ。ライダーは!?」
「ぅ……」

彼の抱きかかえている英霊に俺は声をかける。その声が聞こえたのか、ライダーは身じろぎをした。
俺はイリヤを地面に降ろす。駆け寄るイリヤに首を向け、ライダーは弱々しく笑った。

「申し訳ありません、マスター。大丈夫だと、予想したのですが」
「本当に、無茶しすぎよ。貴女に抜けられたら、これからの戦いが苦しくなるってわかってるのっ!?」

怒りの声は、言葉ほどに覇気がなく、だから、ライダーはイリヤの心情を理解できたかもしれなかった。
なんだかんだといっても、ちゃんとお互い、通じ合うところがあったんだろう。

「ともかく、休んでなさい。ここまでくれば、相手もすぐには追いついてこないでしょう」
「はい、分かりました」

その言葉とともに、ギルガメッシュの腕の中に居た、ライダーの姿が霞のように消失した。

「!?」
「落ち着いて、ただ、霊体になっただけよ。その方が、治りが早いでしょうから」

イリヤに言われ、俺はなるほど、と納得した。確か前、セイバーの攻撃を受け、傷を負ったアーチャーも、そうやって傷を治していたのを覚えている。
ライダーの状態は、宝具の使用による魔力不足だろう。負担の少ない霊体になるのは、当然といえた。
俺は、周囲を見渡す。いまだ炎をあげる木々と、闇に包まれた森がそこにあった。

「さて、これから如何するのだ? あれだけの数、我はともかく、他の者には荷が重いだろうに」
「もちろん、戦うに決まってるわ。一度、城に戻りましょう。迎え撃つ拠点は必要だし、城に居れば、森への侵入者もわかるから」

と、イリヤはそう言ったが、ここはいったい、どのあたりだろうか……?
もともと、昼間でも分かりづらい森である。目印になるものもないし、どう動くかだけど。

「なんにせよ、夜に動くのは得策じゃないだろ。どこかで夜を明かして、朝になってから城に向かうのが良いと思うけど」
「えぇ――――っ、こんな何もない所で!?」

と、俺の言葉に不満そうな声をあげたのは、イリヤお嬢様。
だが、イリヤに賛同するものは居なかった。シグルトもギルガメッシュも、呆れたようにイリヤも見るし、ライダーは霊体になって休息中である。

「そういえば、先ほど木々の隙間に、何か建物らしいものを見つけたが……こちらだったかな?」
「建物…………?」

シグルトの先導で、俺達はそちらへと向かう。少し歩いた先、そこには――――森の中にひっそりたたずむ、崩れかかった廃墟があった。
それは、見覚えがある。半年前、セイバーと遠坂とともに、一夜を明かした場所。あの時より変わらず、それはそこにあった。

「ちょうど良かった。今夜はここに泊まるとしよう。イリヤも、いいな?」
「――――分かったわよ。我侭を言ってられる場面じゃないし」

俺の言葉に、イリヤも不満そうであったが納得する。その時、シグルトはそれを待っていたかのように、踵を返した。

「話は決まったな。俺は周囲を見て回ってくる。お前達は先に休んでいろ」

返事も聞かず、シグルトはそういって、夜の森の中に駆け去っていった。
ギルガメッシュはというと、廃墟の影を背に寄りかかり、木々の隙間から僅かに映す空を見上げていた。

「木陰の天蓋、土の寝床…………偶にはこういうのも、悪くはない」

その様子を見る限り、どうやらそのまま、そこで夜を過ごすつもりのようだ。
まぁ、建物の中に入って休もうとしたら、イリヤが文句を言うと思ったかもしれないが。

「風邪をひくなよ、ギルガメッシュ。イリヤ、俺達は中に入って休むことにしようか」

俺の言葉に、イリヤの返答はなかった。何を考えているのか、イリヤの表情は暗い。

「シロウ、ちょっといい? 二人だけで、話がしたいんだけど」

ややあって、どこか真面目な表情でイリヤは口を開く。僅かに差し込む月明かりに、白磁の髪が煌いている。
その雰囲気――――冗談などが許されないその空気に、俺は知らず……頷いていた。

建物の中へと、イリヤは歩いてゆく。俺はその後を追い、廃墟の中に足を踏み入れたのだった。


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