〜Fate Silver Knight〜
〜幕間・少女と巨人〜
獣と称される生物と、人の違いは何であろうか。
一般的にそれは、知識や知能、そういった理の面に分類させた部分のみ、人は他の生物と一線を駕している。
本能とは別の部分で、考え、動くことが出来るゆえ、人は人間であると……だとすれば、それは人と呼べるものだったろうか。
「バーサーカー!!」
叫び、こちらへ駆けてくる少女に対し、鋼の巨人は無反応であった。
もとより、知能という部分は狂奔されるように制御されており、近づくものには鋼の鉄槌を振り下ろすように、本能が焼き付けられている。
狂気と破滅の鬼神――――それは、感情を込めない目で、駆け寄ってくる少女を見た。
掛けるべき言葉があっただろう。言うべき想いもあったであろう。
しかし、皮肉なことに、彼には話をする知能は与えられていなかった。彼が理性を取り戻すのは、死に囲われた時のみ。
「――――――――」
言葉なく、意味もなく、感情も理由もなく、それでもバーサーカーは、イリヤを見つめていた。
駆け寄ろうとする、イリヤを抱きとめるように、ライダーがその身を持って止め、そうして、その光景に面白そうに少年が破願したのが見えた。
その手の槍がわずかに動く。殺意はない――――少年にとって、目の前の少女は力ない存在。
蟻を踏み潰すのに、殺意を込めるものなど、そうはいない。だが、その刃は明確に、イリヤスフィールに向けられていた。
「――――――――!」
「!?」
人とは何か、想いを成す為に生きるのだとすれば、狂気に支配されても、そうした行動をとったのは、彼の持つ父性の成せる業かもしれない。
バーサーカーは、イリヤを抱きかかえたライダーに突進すると、その寸前の地面を、自らの斧剣をもって打ち砕いた。
咄嗟に飛び退ったライダー。狙われての攻撃でないため、容易にかわすことが出来たが、それは何の慰めにもならなかった。
イリヤスフィールにとってみれば、バーサーカーが自らに刃を向けることなど、想像の範疇外であった。その目が大きく開かれる。
「バーサーカー……なんで?」
「――――…………」
ライダーに抱きかかえられたまま、イリヤは信じられないといった表情で、バーサーカーを見つめる。
決して、裏切らないだろうと信じていた信頼。イリヤはすがるように、視線を向けてくる。
その時、そんな感情はないというのに、バーサーカーは確かに、自分で自分を滅ぼしたいと思っていた。
「――――――――!!!」
「マスター、退きますっ……!」
紫紺の紙の美女は、イリヤを抱え、大きく跳び退り……地面に座り込んだ、赤みがかった髪の少年の方へと走り去った。
視線が遠ざかる…………だが、依然として、白い少女の目はバーサーカーに向けられていた。
「あ〜あ、逃げられちゃったよ。残念だな」
彼女達が大きく離れた後、少年は残念そうに、手に持った槍を弄んだ。
彼は先ほどより、イリヤの命を奪うために、槍の穂先を常に向けてはいた。しかし、暴れるバーサーカーのせいで狙いがつけられず、ライダーも警戒して後退した。
機会を逃したことは残念だったが、少年の顔に苛立ちや怒りはなかった。
一度、その場から動かないバーサーカーに、思慮深げな視線を向けるが、すぐにそれを外す。どうやら、この場に乱入してきた、銀の騎士へと興味を移したようであった。
「何者なのだろうな、掛かってみるか?」
「…………いや、しばらく様子を見てみようよ」
傍らに控えたアサシンの言葉に、少年はそう返すと、面白そうに、ことの推移を見守る姿勢を見せる。
彼らの前には、巨漢の英霊が、鋼の像のごとく身じろぎ一つせず、立ち尽くしていたのだった…………。
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