〜Fate Silver Knight〜 

〜夜に潜む者〜



新都にある冬木中央公園に足を踏み入れると、生暖かい風が、俺達の頬を凪いだ。
ふいに、怖気が走り、俺は周囲を見渡した。それは、幾たびも死線をくぐってきたから感じられる、危機感。

「――――気をつけろ、何かがいる」
「え?」

俺の言葉に、怪訝な表情を見せたのは、イリヤだけ。
さすがにライダーとギルガメッシュは、俺が声を書けるよりも早く、本来の戦闘用の姿に装いを変えていた。

気配は、公園の中央から漂ってきている。俺たちは無言で、そちらへ向かった。
そうして、その場所にたどり着いたとき、そこには――――月明かりに照らされ、一人佇む、赤い服の少女の姿があった。

「遠坂――――?」

思わず、俺は遠坂に駆け寄ろうとして、その手をイリヤにつかまれた。
遠坂の腕は水平に掲げられ、その手は寸分たがわずこちらに向けている。それは、見たことのあるガンドの構え……?

「不意打ちは嫌だから、前もって言っておくわ。衛宮君、ごめんね。私、貴方と敵対することにする」
「――――何、言ってるんだよ、遠坂」

俺は、笑おうとして、それができないことに気が付いた。遠坂は冗談でこんなことを言うやつではない。
今のは、間違いなく、彼女の口から発した言葉であった。だけど、なぜなのか、考える俺の耳に、聴きなれた声が聞こえたのは、その時。

「つまり、お前は凛に見限られたのだよ、衛宮士郎」
「!」

遠坂の背後――――空気より滲み出るかのように、白い騎士の鎧に身を包んだ少女と、赤い外套を身にまとった男が浮かび出た。
ジャネットと、アーチャー。今回の遠坂のパートナー、そして、前回の遠坂のパートナー…………。

「聞いてはいたけど、やっぱり生きていたのか、アーチャー」
「ああ、皮肉にもこうやって生き長らえていてな。私としては行幸だったが、お前には少々、過酷なのかも知れないが」

余裕綽々と言った態度で、アーチャーは笑みを浮かべる。その様子は、半年前とまるで変わっていなかった。
嫌な汗が吹き出る、半年前では分からなかった、格の違い――――それは、成長することによって、かえって分かってしまったのかもしれない。

喉を鳴らす。俺は、あの男に勝てるのだろうか……?

「一体、どういうつもりよ、リン。錯乱したとも思えないけど」

口をつぐんだ俺の代わりに、遠坂にそう問いかけたのは、俺の手をつかんだイリヤである。その手に震えはない。ただ、縋るように俺の手を握り締め、口を開く。
対する遠坂は、いつもの喜怒哀楽をはっきりする表情はなく、どこか泰然とした魔術師の表情で、返答をしてきた。

「そうね、錯乱するには、覚悟が足りすぎていたかもしれないわ。イリヤ、貴方にだって分かるでしょ。一族の悲願、その意味も」
「――――」
「遠坂は、聖杯の所有者たれ――――、十年前、私の父はそう言って姿を消したわ……私は、それを継がなきゃならない、遠坂として」

それは、十年前の聖杯戦争。遠坂の両親も、あの戦争に参加していたということなのだろうか?
表情は厳しく、遠坂は俺をにらむ。そうすることで、俺の敵愾心を強めようというかのように。
だが、引っかかる部分があった。俺は、一歩前に出て、遠坂に問いを浴びせ掛ける。

「それで、聖杯戦争に参加するのはいい。だけど、どうしてその男と組んでいるんだ? そいつは、桜をさらったやつなんだろ!?」
「――――それは」

遠坂は、気まずそうに視線をそらし、うつむいた。何か、理由があるのか、桜を人質にとられているとか、考えとしては、十分にありえた。
遠坂が敵対したとは、考えられない。俺はさらに前に出ようとし、歩を止めた。

「生憎だが、それ以上の問いは認めない。こちらとしても、悠長に話し合う趣味などないのでな」

ゆらりと、遠坂の前に出たのは、アーチャー。その背には二対の刀剣を持ち、眼光鋭く、こっちを見つめていた。
その殺気にあてられたのか、ギルガメッシュとライダーも、俺をかばうように、前に出た。
その光景を見て、アーチャーの表情に笑みが浮かぶ。彼は、ライダーに向かって、親しげに語りかけた。

「ほう、あの深手で動けるようになるとは、たいしたものだな」
「――――サクラは、どこにいるのですか」

対する、ライダーの声は固い、先日の敗北のトラウマが、抜けていないのだろう。
眼鏡を外し、魔眼で睨むライダーに、アーチャーは興味なさげに肩をすくめた。

「さて、私は頼まれてさらったに過ぎない。あの娘がどこにいて、どのような目にあっているかなど、知るはずもない」
「――――っ」

ぎり、と視線で刺殺するかのように、ライダーはアーチャーを睨んだ。
今にも飛び掛ろうと、身をかがめるライダー。しかし、意外な声が、その動きを止めた。

「桜姉さんなら、無事だよ。一通り治療も終わって、今は眠ってるところさ」
「!」
「!?」
「――――ちっ、手出しは無用だといったはずだぞ、ルーフ」

驚いた顔の俺達とは違い、アーチャーは舌打ちしそうな表情で、声の飛んできた横を向く。そちらに視線を向けると、そこには見覚えのない少年がいた。
歳は俺より一つか二つ下だろう。温厚そうな表情に、手には長大な槍が握られていた。
しかし、それだけではない。彼の背後には、柳洞寺にいた侍姿のサーヴァントと…………、

「ごめんごめん、でも、見届けるくらいいいでしょ? 逃げられたら厄介だし、その時は手伝うから」
「バーサー、カー……」
「ん?」

アーチャーに笑った少年の背後、小山のような体躯の巨漢。それは見まごう事なき、あの英霊だった。
半年前のイリヤのサーヴァント。あの深い森の中での死闘より、その姿は寸分違わぬ、英雄ヘラクレス。

「バーサーカーっ!!」

とめる間もなかった。泣き出しそうな表情で、イリヤはバーサーカーの元へと駆け出していく。
それを、危険と感じ取ったのだろう。ライダーは無言で身を翻し、イリヤの元へ駆け寄ろうとする。

後を追おうとした俺だったが、アーチャーの放つ殺気に、足を止めざるをえなかった。
隙など、見せれない。未熟な俺が、アーチャーと渡り合うには、全力を持ってあたるしかない。

「マスター、ご命令を」

鈴のなるような声。ジャネットが、遠坂に放つ声は……何かを期待したように、鋭い響きを帯びていた。
黄金の鎧が、軋音をあげる。俺の隣に控えたギルガメッシュは、来るべき襲撃に備えるために、周囲の空間をゆがませる。

俺たちを守るように、無数の武器が展開し始めたその時、遠坂のポツリと響く声が、耳朶に響いた。

「命令よ、彼を殺しなさい、ジャネット」

静かに、迷いもない、その言葉とともに――――女騎士(ジャネット)と赤い騎士(アーチャー)、二人の英霊は地を蹴り、こちらへと向かってきたのだった。


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