〜Fate Silver Knight〜 

〜新都の夜〜



「よし、皆、準備は出来たな」

時刻は8時過ぎ……俺達は新都へと向かうために、家から出ようとしている。
夏のこの時期、通りにはまだ人がいるが、場合が場合なだけに、ギルガメッシュとライダーには、普段着の格好で出かけてもらうことにした。。

「少々お待ちを、まだ、マスターが来ていません」
「イリヤが……? いったい、何をしてるんだよ」

俺の問いに、ライダーは無言。どうやらライダーにも分からないようだった。
ともかく、イリヤを呼びに行ってみようか。急ぎではないにしろ、出立が遅れれば、行動時間が削れるのに変わりはないし。

「――――おまたせっ、シロウっ」

と、そんなことを考えていた矢先、板張りの廊下をパタパタと玄関までかけてくる足音とともに、イリヤが現れた。
白色の半袖Tシャツに、藍色のVネックベスト、カーキのノータックチノスカートを履いた活動的なスタイルだった。
今まで見たことのない服装だったので、思わず見とれてしまうが、すぐに気を取り直して、俺はイリヤに問いかけた。

「イリヤ、いったい何をしてたんだ?」

イリヤは特に何も持っていない。別段、何かを用意していたというわけではなさそうだけど。
そんな俺の質問に、イリヤはニコニコと、言葉を紡ぐ。

「ちょっとね、戦力調達をしてたの」
「?」

どういう意味だろう、と首をひねるが、答えは浮かばない。そうこうしているうちに、イリヤが俺の手をとってきた。
その顔には、いつもの無邪気な笑み。彼女にとっては、夜のお出かけは日常的なのかもしれなかった。

「さ、行きましょう。最初は新都の中央を見回って、後で離れの公園に行くって事で」
「……そうだな、ずっとここにいても仕方ないし。いこうか、ギルガメッシュとライダーも、それでいいな?」

俺の言葉に、無言で頷く二人。そうして俺達は、バスに乗り……一路、新都へと向かった。



駅前パークは、人で賑わっている。夏休みということもあって、人通りは深夜まで絶えることはなさそうだった。
バスから降りて、周囲を散策する。町の灯に照らされる場所――――殺人事件や不審火のせいで人足が減少してはいる。
しかし、それでも、駅前には多数の人がたむろして、バスを待っていたり、当てもなく過ごしたりしていた。

「さすがに、いきなり襲い掛かってくることはないか……あれ、ライダーは?」

新都の景観を見渡して、幾度か周囲を見渡しているうちに、見慣れた紫紺の髪の持ち主が姿を消していることに気がついた。
ライダースーツに身を包んだギルガメッシュが、その疑問に、こともなげに答えた。

「あの娘なら、地に降り立つなり何処かへ駆け去ってしまったぞ。さすがに冷静ではいられないようだな」
「おい――――なに平然と言ってるんだよ! 一人で先走らせたら、危ないんだろ!? すぐに連れ戻したほうが」
「「その必要はない(でしょ)」」

俺の言葉をさえぎるように、語尾は違えど、異口同音に言い切る、イリヤとギルガメッシュ。
互いに、む、と不服そうに相手を見やったものの、意見が同じということもあって、それ以上突っかかるつもりはなさそうであった。

「ライダーだって馬鹿じゃないわ。いくらなんでも一人で突っかかるような真似はしないだろうし、いざとなったら令呪で呼び戻すまでよ」
「卿と、この小娘の二人ならば、我一人で守りは事足りる。手が空いてるとならば、動いても損にはなるまい」

というのが、イリヤとギルガメッシュの意見である。俺としては、皆で動いたほうが危険はないと思うのだが、それを押し通せる根拠はない。
遠坂がいれば、意見のひとつも聞けるんだがなぁ……俺はため息を一つつき、ライダーと離れたままで、新都の捜索を開始した。



新都の中央部から離れたオフィスのビル群に足を向ける。
鉄筋コンクリートの高層ビルが、見るものを威圧するかのように、そこに立ち並んでいた。

人の多い中央部とは違い、事件直後ということで、こちらは早々と就業時間を終えたらしい。
電気の落ちたビルの群れが、月明かりに照らされて、影絵のようにそそり立っている。
ふと、何気なく空を見上げ――――そこに、遠坂の姿を見たような気がした。

「!?」

慌ててもう一度見るが、そこには何もない。もとより、月明かりだけの夜の街。
ビルの屋上など、視認できるはずはないのだけど……さっきのは、何だったのだろうか?

「どうした?」
「……いや、なんでもない」

ギルガメッシュが怪訝そうな表情で聞いてくるが、俺は言葉を濁すしかない。
明確な答えの出ないことで、迷うわけにはいかなかった。ともあれ、桜を連れ去った相手が、この付近にいるかだが……。

「シロウ、ライダーが戻ってきたわ」

イリヤのその声に視線を移す。そこには、立ち並ぶビルディングの壁を蹴り、宙を飛ぶライダーの姿があった。
まるで、時代劇に出る忍者のような身のこなし――――それに見とれているうちに、ライダーは、間近に足音を立てずに着地する。
普段着の彼女は、月光に眼鏡を反射しながら、イリヤに一礼をした。その姿は、まるで一枚の絵のような光景。

「ただいま、戻りました」
「そう、それでどうだった?」

イリヤの言葉に、ライダーは苦笑いを浮かべる。それは、余裕のある笑みではなく、その逆。

「駄目ですね、駅の周り、そしてこの周辺には、それらしい雰囲気は感じられません。桜を連れているのなら、その気配を感じられるはずなのですが」
「よっぽど穏行に長けてるのね……こっちに来たのは、無駄足だったみたい」

イリヤの言葉に、ライダーも悔しそうに臍をかんで、頷く。
しかし、そうすると桜はどこにいるのだろうか、やっぱり、あの大聖杯に何かの秘密が隠されているかもしれない。
思案を重ねる俺。退屈そうなギルガメッシュ。ライダーはライダーで、なにやら思案しているようであるが、口を真っ先に開いたのは、イリヤであった。

「ともかく、一度、中央公園によりましょう。開けた場所なら、奇襲も受けにくいし、休憩にはもってこいのはずよ」

腕時計にさりげなく目を通すと、すでに時刻は十時を回っていた。さすがに一度は、休息を入れる必要があるだろう。
そうして、俺達は駅前へと戻ると、その足で中央公園へと向かったのであった。


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