〜Fate Silver Knight〜 

〜捜索・刹離の時〜



遠坂と合流した俺達は、先ほど、黒桐から聞いた話しを元に、弓道場の裏の、雑木林へと足を向けていた。
一年の浅上という女生徒の話では、皆を連れて花火をしにいくとき、雑木林のほうへ向かう桜の姿を見たらしい。

らしい、というのは、本人はそのときは、花火をやりに行くことに気が向いており、なんとなく桜っぽい人を見た、というのが正しいのだが。
ともあれ、希少な手がかりであることに代わりはなく、俺と遠坂、イリヤにギルガメッシュ、それに合流したジャネットと皆でその場所へ向かう。

時刻は昼の過ぎたころ、太陽は中天に差し掛かり、否応なしにその極光を、大地へと注いでいた。

「ふぅ、それにしても暑いわね……まぁ、日よけになるものがある分、ましなほうなんでしょうけど……」

冬の間は、枯れ木が乱立するだけであった雑木林は、累々たる緑の傘によって、随所に影を落としていた。
その影の部分を歩きながら、遠坂は周囲を見渡す。夏の喧騒も途絶えた、林の中――――、
すっかりトレードマークとして定着した、赤い服をその身にまとった彼女は、興味深げに周囲を見渡してる。

「ジャネット、何か違和感を感じる?」
「――――いえ、特に周囲には異常は見受けられません」

遠坂に声をかけられたのは、ジャネット。彼女は、数秒黙考すると、遠さかに返答をした。
よほど、彼女のことを信頼しているのだろう。遠坂は、そう……と呟くと、何かを考えるかのように、腕を組み、口元に手を置いた。

「争った痕跡は、なし……だとすると、何のためにこの場所に来たのかしら」

小さな声で呟いて、悩むような素振りを見せた遠坂だが、それも長くは続かなかった。
もとより、受身ではなく実行を主とした性格の遠坂。無為に考える暇はないという風に、一同を見渡した。

「ともかく、探せるだけ探してみましょう。特に明確な目標はないけど、何か違和感があったら、すぐに報告をすること。いいわね」

遠坂の言葉に、俺とジャネットは揃って頷く。ギルガメッシュも、不満顔ではあるが、マスターのする事ゆえに仕方なしという風に頷いた。が、

「えーっ、なんで、そんなことしなきゃならないのよっ。こんな暑い中、私はイヤだからねっ!」

そういって、遠坂の言葉に異を唱えたのは、日傘をさした、イリヤである。
その言葉に、遠坂の眉が逆立った。ぎり、と音が聞こえそうなほど強く、手を握り締め、遠坂は、静かにイリヤに語る。

「ずいぶんな言い草ね、イリヤ。桜のことが心配にならないの?」
「別に、心配なんかしてないわ。貴方こそ、無意味にあせってるじゃない。そういうの、心の枷になるの知らないの、リン?」

苛ただしげな遠坂と、飄々とした感じのイリヤ。その対峙は、遠坂が視線をそらしたことで終わることになる。

「勝手にしなさい。ジャネット、いくわよ」

冷たくそう言い捨てると、遠坂はジャネットを伴って、向こうのほうに歩いていってしまった。
イリヤはというと、そんな遠坂の態度に気分を害した様子もなく、軽く肩をすくめ、溜息をついた。

「焦ってるわね、リン。でも、こんなところで油をうってちゃ、見つかるものも見つからないと思うけど」
「どういうことだ、イリヤ? 桜の居場所に、心当たりがあるのか?」

何かを含んでいるような、その言葉に、俺はイリヤに質問を投げかける。
だが、日除けに広げた、白の日傘を手首を使って、くるくるとまわすイリヤは、俺の問いに首を振る。

「あるけど、教えない。今の精神状態のリンに教えたら、飛び出していきそうだもん。落ち着くまでは、保留にしておくわ」

イリヤは、立ち並ぶ木の幹に座り、俺を見上げる。青と白のコントラストが、茶色の大地によく映えていた。

「それで、士郎はどうするの? リンに付き合って、このあたりを探してみる?」
「――――……」

イリヤの言葉に、しばし考え込む。イリヤは、この場所に手がかりがないといった。
遠坂は、この場所に手がかりがあると思っているんだろうか……? さっきの様子を見る限り、確信をもててるわけではないみたいだけど。

「まぁ、それでも、遠坂を放っておく訳にはいかないからな。それに、桜の手がかりが、見つからないと決まったわけじゃないし」
「ふ――ん、そう」

俺の言葉に、イリヤはちょっと不満顔。どうやら彼女としては、一緒に休んでほしかったようだ。

「悪いな、イリヤ」
「ううん、べつにいいの。シロウがそう決めたんなら、それが一番なのよ、きっと」

そういって、笑顔を浮かべるイリヤ。結局、イリヤ抜きで俺達は、桜の消息を探し、雑木林をうろつくことになった。



そして、一時間ほどが経過するが――――何も手がかりを見つけることなく、俺は遠坂と合流する。
遠坂は、ジャネットとともに周囲をくまなく調べていた。ひざを突いたり、手で土を掘り返したりしてるため、遠さかの手や膝は、真っ黒に汚れていた。

それでも、遠坂は探すのをやめない。まるで、探すのをやめたら。桜は……もう帰ってこないと思い込んでいるかのように、その仕草は鬼気としていた。

「遠坂、少し休もう。こんな炎天下の中じゃ、日陰だって熱射病にかかるかもしれないぞ」
「大丈夫よ、これくらい……」

しかし、返答とは裏腹に、遠坂の表情は晴れない。
そのとき、周囲が急にかげり、そうして、ぽつぽつ、と雨が降り始めた。見上げると、頭上には黒い雲。
そう思った矢先、ざざ――――と、周囲を塗りつぶすように大粒の雨が降り始めてきた。

「うわ、こりゃひどいな、って、遠坂!?」

俺は、慌てて遠坂のもとに――――豪雨の中、なおも地面を掘っている遠坂のもとへと駆け寄った。
遠坂の手をつかみ、地面を掘るのをやめさせる。綺麗であったその指は、度重なる酷使に、ボロボロだった。

「遠坂、なんで、こんなにまでして――――」

俺の問いに、遠坂は答えない。ただ、つらそうに目を伏せるだけである。
なにか、二人の間にあったんだろうか……? 遠坂のその様子に、俺は戸惑い、なすすべもなく、雨に打たれていた。
その時、傍らのジャネットが言葉を漏らしたのが、始まり。

「マスター、何かが、こちらに近づいてきます」
「え?」

その言葉に、俺が顔を上げたその刹那、雨のカーテンを縫い、俺達の上方、木々の枝を飛ぶように、それは現れた。
いや、現れたというのは正しくないだろう。それは、俺達に目をくれることもなく、一瞬で木立の向こうへと消えていった。
俺の網膜に焼きついたのは、そのシルエット。それは、小柄な何かを抱えた影であった。

「今のは……女性を抱えていました。マスター、もしかすると……追います!」

ジャネットの、その呟きに、遠坂の反応は顕著だった。俺の手を振り解くと、遠坂はわき目もふらず、ジャネットの後を追って駆け出した。
唐突な彼女のその行動に、俺は一瞬、どうして言いか判断に迷い、それが、致命的であった。

「遠坂……!」

もはや、声に出しても届かない。雨のカーテンの向こうに消え去った遠坂は、こちらに戻ってくることはなかった。
しばらくして、俺はきびすを返した。ともかく、イリヤとギルガメッシュ、二人と合流して、今後どうするか決めなければならない。

いつの間にか、通り雨は止んでいて、周囲には夏の空気が、戻りつつあった……。


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