〜Fate Silver Knight〜 

〜消えた少女〜



朝食を終えた後、俺達は思い思いの様子で寛いでいた。
茹だるような夏の暑さを、開け放った窓からの風が解放していく。

「犯人は、いつも一人!」

クルクルと指を回す、美少女探偵のアニメが、今はテレビから流れていた。
あれから、味をしめたのか、イリヤはずっと、あちこちの夏休み特別アニメを見続けていた。

藤ねえと一緒に、冷蔵庫から取り出した麦茶にお菓子つきで、画面にかぶりついている。
ギルガメッシュはというと、逐一文句を言う気もないのか、表情もなしにテレビに視線を向けていた。

「ほんと、翡翠ちゃんの推理は完璧ですっ!」
「姉さん、犯人なんですから、もう少し反省してください」

メイド姿の美少女探偵が、推理の種明かしをする場面を見ていると、遠くから電話の音が聞こえてきた。
電話が掛かってくるなんて、珍しいな。一体、誰からだろうか。



「はい、衛宮です」
『早朝、失礼します。こちらは穂群原学園のものですが、そちらに藤村先生はご在宅でしょうか?』

淡々した言葉づかいは、何となく、相手が誰なのか予想できた。
恐らくは、葛木先生だろう。丁寧な言葉遣いになっても、抑揚の無い言葉使いは相変わらずのようである。

「その声、葛木先生ですよね、藤ね――――藤村先生なら、家にいますけど、どうしたんですか?」
『――――そうか、電話番号が生徒名簿に載っていると思っていたが、衛宮の家だったか』

電話の向うの声は、そう言ったっきり、特に何を言うわけでもなく、黙り込んでしまった。
一体、どうしたんだろう。ともかく、電話なのに互いに黙りっきりというのもあれなので、俺は先を促す事にした。

「あの、それで一体どうしたんです? 藤村先生が、また何かをやったんですか?」

基本的に、藤ねえはトラブルメーカー的なところがあるが、それでも、学校から呼び出しが掛かるなんてことは無かった。
一体、どうしたんだろう、と聞く俺に、電話の向うの葛木先生は、淡々と、返事を返してきた。

『いや、そういうわけでない。ともかく藤村先生に取り次いでくれ。弓道部の事で、少々トラブルがあってな』
「弓道部の?」

そう言われ、俺は真っ先に、桜の事を頭に思い浮かべた。弓道部の主将になった桜は、面倒見もよく少々のトラブルなら解決できる。
それを見越して、今もこうして藤ねえはうちに遊びに来ているわけなんだけど――――。

「分かりました、ちょっと待ってください」

ともあれ、俺は受話器の話し口の部分を押さえ、廊下から藤ねえを呼んでみた。

「藤ねえ、電話――――!」
「今、いいところだから、あとで――――!」

…………即効で、答えが帰って来た。あの様子だと、まだしばらくは、テレビにかぶりついてるだろう。
しょうがないな…………俺はため息をつき、受話器を耳に当てなおした。

「あの、藤村先生はいま、手が離せないみたいなんで、俺でよければ、言付けを伺いますけど」
『――――……』
「……? どうか、したんですか」

俺の言葉に、葛木先生は無言であった。その沈黙が、何故か妙に気になって、問い直していた。
その後、数秒間にしては、妙に長く感じる沈黙の後、電話の向うからは再び声が流れてきた。

『衛宮は、確か弓道部にも出入りがあったな。だとすれば、部外者というわけでもないのだろう。主将の、間桐の事は知っているか?』
「ええと、桜がどうかしたんですか?」

言ってから、思わずしまった、と俺は渋面をつくっていた。別段、男女の交際にうるさい学校ではないとはいえ、堅物の葛木先生が、変に勘ぐらなければいいんだが。
――――だが、俺の不安は幸か不幸か、外れる事になる。それは……、

『知っているなら、話は早い。今朝方、弓道部の部員達から連絡があった。主将である間桐が、姿を消して行方不明になったらしい』
「――――え?」

予想以上の出来事が、あったからでもあるのだけど。

『詳しい事は、学校で伝える。ともかく、至急、藤村先生に学校に来るように伝えてくれ』

それだけ言うと、返答を待たず、電話は切れてしまった。状況を理解できず、俺は呆然と、廊下に立ち尽くす。
桜が、行方不明――――漠然とした不安が、胸中でかま首を擡げる。落ち着くように、一つ息を吐き、俺は受話器を戻す。
ふと、思いついて、俺は電話の横に置いてあるメモ帳を見ながら、相談できる相手のところへ電話を掛けようと、ダイヤルをプッシュした。

RRRRRRRRRRR…………

『はい、遠坂です』
「遠坂か? 衛宮だけど、ちょっといいか?」
『――――士郎? どうしたのよ、一体』

基本的に、相手の家に電話をすることがまれだったので、遠坂のほうも以外だったようだ。
電話口から聞こえる、ちょっと雰囲気の違う遠坂の声。いつもだったら、何となく落ち着かない感じになっただろう。
幸か不幸か、今はそっちの方に気を回すほどに、俺には余裕が無かったけど。

「ああ、さっき学校から連絡があって、桜が……ええと、なんていえばいいんだ?」
『…………ともかく、落ち着きなさい。ほら、深呼吸』
「あ、ああ」

遠坂の言葉に従って、すーはー、と深呼吸。
そうして、ともかく落ち着きを取り戻した後、俺は事の次第を、遠坂に説明した。



『――――そう、桜がいなくなったの。場合によっては、最悪の結果を考えておいた方がいいわね』
「最悪の結果、って――――遠坂!」
『落ち着きなさい。あくまでも最悪の予想を言っただけよ。ともかく、一度、調べに行ったほうがいいわね』

受話器の向こう、遠坂の言葉に、俺も是も非も無く頷いた。
今は何より、姿を消した桜の安否を確かめたいという気持ちが、胸の大半を占めていた。

『今から準備をして、ジャネットと一緒に出るから。待ち合わせ場所は、学校でいいわね?』
「ああ、こっちもイリヤとギルガメッシュを連れてく」
『オーケー。それじゃ、学校で会いましょ』

受話器の向うで、回線が切れる音が聞こえ、遠坂の言葉はそれきり聞こえなくなった。
俺は、はやる気持ちを抑え、受話器を置く。唇はからからに乾き、えも知れない不安が胸中をよぎった。

「ともかく、桜の安否を確かめないと……」

呟いて、俺は居間の方へと足を向ける。居間からは、イリヤと藤ねえのはしゃぐ声が聞こえてきた。
問題は、イリヤと藤ねえをどうやって説得するかだよな…………。

居間から聞こえる、はしゃぎ声に、幾分気持ちは軽くなるが、桜の消えた事実は、俺の心に暗い影を落とし始めていた。

戻る