〜Fate Silver Knight〜 

〜悠遠なる夏の日〜



朝食の支度を始める。今朝はそうめんを主食に、あと、付け合せに細く切ったきゅうりや、細切り卵をつけることにする。
冷蔵庫からきゅうりを出すと、返す手で油をしいたフライパンを火に掛ける。
作業をしていると、ガラガラ……と、遠くから戸が開く音が聞こえる。

チャイムを鳴らさないところをみると、おそらくは藤ねえだろう。
律儀な桜と違い、士郎の家は私の家と称する藤ねえは、いつも気ままに家に入ってくる。

昨日、イリヤを連れて返ったけど、今日はイリヤを連れてきたんだろうか?
話の展開によっては、イリヤは藤村組に預けるような話になるかもしれないと思っていたけど……。

「おはよーっ、元気にしてる、士郎?」
「もう、タイガったら、はしゃぎすぎじゃないの? そんなだから、慎みが足りないって言われるのよ」

どうやら、その心配は無用であったようだ。やいのやいのと言って、藤ねえとイリヤが居間へと入ってくる。
この数日で、席順も定着した位置に、めいめいに腰を下ろして、朝食を待つことにしたようだった。

「あ、そうだ。ちょっとチャンネルかえるね」

居間の席に着くなり、どうやら見たい番組があったのか、イリヤはテーブルの上にあるリモコンを使い、番組を変えたようだ。
調理場に流れてくるテレビの音声が、華やかなものになる。と、

「何をするか、娘。我は世界情勢について、模索していたところなのだぞ?」

思いっきり不機嫌そうな声は、藤ねえやイリヤが来る前から居間で寛いでいた、ギルガメッシュのあげたものであった。
もとより、気の長い方ではないギルガメッシュ。その声の不穏さに、ちょっと嫌な予感がし、俺は今のほうを向く。

しかし、鋭いギルガメッシュの視線にさらされても、当のイリヤ本人は、大して気にもしていないようであった。
不機嫌きわまる、という表情の英雄王に、ひょい、と肩をすくめ、イリヤは小首をかしげる。

「今の時間は、何回見ても同じニュースしかやってないんじゃない? 日本は、情報をまとめて放送するのが普通なんだから、時間の無駄だと思うけど」
「む」

イリヤの言葉に思い当たる事があったのか、ギルガメッシュは沈黙する。
ちなみに、ギルガメッシュはいつも、N○Kを見ている。どうやら、余計なCMが無いのが、その理由らしい。

「そういうわけだから、別に問題ないでしょ? それに、私のせっかくの楽しみを奪うほど、あなたは狭量なのかしら?」
「――――……勝手にしろ」

口げんかでは適わないと思ったのか、それとも純粋に興味がうせたのか、ギルガメッシュはそっぽを向く。
イリヤの方はというと、よほど、その番組を楽しみにしていたのか、目をキラキラさせながら、画面をじっと見入っていた。

ともあれ、トラブルは回避できたようなので、俺は調理を再開する。
油を強いて暖めたフライパンに、溶き卵を流し込む。コツとしては、卵はゆっくりと、白身も黄身を傷つけないように溶くと、ふっくらと焼ける。
そうして、卵を焼く俺の耳に、なにやらアニメのオープニングの音楽らしきものが聞こえてきた。
たしか、クラスでも何人かの男子が話題にしていたよな。俺はあまり興味が無かったけど、小耳に聞こえた題名は確か、『紫金のイスカ――――

「僕は、優しい王様になるんだ!」

ぷち

「……あ――――!!」

唐突に、音が消えると共に、イリヤの悲鳴が聞こえてきて、俺はつんのめった。
何事かと、フライパンを持ったまま振り向くと、何が起こったのか分からず、硬直するイリヤと、リモコンを持って不満そうな表情のギルガメッシュの姿があった。
どうやら、リモコンを使ってテレビを消してしまったようなのだが…………

「…………気に食わん」

搾り出すような、いらただしげな声。よほど気に入らなかったのか、勢いあまってテレビを壊しかねないほどの迫力があった。
しかし、いきなりの暴挙に、平常心を失ったのは、イリヤも同じであったようだ。
イリヤは果敢にも、と言うか無謀にもギルガメッシュに掴みかかり、リモコンを奪おうとする。

「なっ、何するのよっ! イスカが始まっちゃうじゃい!」
「下らぬ。あのようなもの、見る価値もない」

リーチの差か、イリヤの頭を手で押さえながら、ギルガメッシュは無下にそう言い放つ。
しかし、どうしようか。助けにいこうにも、こっちは手が離せないし――――、

「はい、そこまで」

と、そこで仲裁に入ったのは、年長者の貫禄を見せた、藤ねえであった。
藤ねえは、ギルガメッシュの手から、ひょいっとリモコンを奪い取ると、イリヤに手渡す。

「ギルガメッシュ君たら、お兄さんなんだから、イリヤちゃんを苛めちゃ駄目じゃない。男の子は、もっとでーんと構えてなくちゃ」
「む――――……」

ギルガメッシュは何か言おうとするが、笑顔の藤ねえに、気圧されたようだ。
なんと言うか、藤ねえは笑顔のときが一番に、迫力があると俺は思う。
…………結局、付き合いきれないと思ったのだろう。ギルガメッシュは舌打ちしそうな表情で席を立つと、俺の方を向いた。

「席を外す。朝餉の用意が出来たら、遣いの者をよこしてくれ」

そういうと、ギルガメッシュは居間から出て行ってしまった。
居間に残って、イリヤたちと一緒にテレビを見るのは、絶対に嫌なようであった。

で、当のイリヤはというと、ホクホク笑顔でテレビの電源をオンにしていた。
ちょうどCMが終わったあたりで、アニメの本編が始まるタイミングのようである。

『ブクレットの巣窟、決戦の時!』

「「お〜」」

歓声を上げ、テレビの画面を見入るイリヤと藤ねえ。ひょっとしたら、藤ねえはテレビを見たかった為に、ギルガメッシュを叱ったんじゃなかろうか?
わいわいと騒ぎながら、テレビを見る二人を見て、俺は苦笑を漏らすと、俺は料理の続きに取り掛かった。

そうして、朝食の前の時間はそうやって、ゆったりと過ぎていったのである……。


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