〜Fate Hollow Early Days〜
〜黒陽の少女〜
アインツベルンの森の奥、住む者のいない廃墟が、ひっそりとそびえ建っている。
ふとした気まぐれで、廃墟を訪れた俺は、そこで見知った少女と再会した。
黒色の洋服、華奢な体つきながら、獅子を思わせる威厳をまとった姿の英霊――――セイバーは黒化の姿で俺の前にその姿を現した。
彼女は、在りし日の具現――――大聖杯のかかわった聖杯戦争の顛末における、夢の残滓だった。
「久しぶり、と言えばいいのでしょうか。また会いましたね、シロウ」
淡々とした口調で、挨拶をするセイバー。抑揚のない口調であったけど、なんとなく俺は、彼女に親しみのようなものを感じていた。
セイバーとともに、廃屋の中へと足を進める。割れたガラス、わずかに埃っぽい空気は、あの時のままであった。
「――――ここで、彼女は貴方と結ばれたのですね」
どこか感慨深げに、セイバーは静かに呟く。彼女といっても、あれはセイバーそのものなのに、まるで黒化したセイバーは、他人事のように話をしている。
世界の入り乱れた平行世界――――、夢の目覚めとは違う、黒化での消滅――――彼女もまた……一人の少女の、一つの旅の終着でもあった。
「私は、黒の刻印を焼き付けられたときより、受肉を受け、人としての死を迎えた……」
「俺は、あの時は、桜を助けるので精一杯だったんだ」
「シロウを責めているのではありません。桜は私の友人でもある。桜を救ってくれて、貴方には幾ら感謝をしても足りないくらいだ」
静かに、穏やかな表情でセイバーは俺にそう語ってくる。だが、それで俺の自責の念が晴れるわけではなった。
いかな理由とはいえ、俺は目の前の少女を、明確に殺したのだから――――その事実は、いかに聖杯としても消すことのできない痕であった。
「――――彼女は、貴方達と穏やかに暮らしていますか?」
「ああ、あの事件の後、桜の力を借りて、遠坂が改めて呼び出したんだ。今は俺達と平和に暮らしてるよ」
それが、いつまで続くかは分からない。ただ、セイバーはあの聖杯戦争の後、皆の望み通り、この世に再臨した。
それは、彼女の真なる望みとは、決して一致しない。時が来れば、終わるであろう仮そめの日々だが、セイバーは何も言わず、俺と共に日々をすごしていた。
「そうか、よかった」
どこか、遠い理想郷を夢見るように、淡々とした口調でセイバーは呟く。そこに、自らの居場所は無いといわんばかりに。
俺は、言い知れぬ感情を抑えながら、セイバーをただ見つめていた。
「シロウ、一つ問いたいことがあります」
「ああ、何だ?」
不意に、セイバーが、俺を見つめてポツリと問いを発する。くすんだ金色――――どこかで見たことのある色の瞳が、まっすぐに俺を見つめてくる。
それに気おされぬように、俺はまっすぐに彼女を見つめ返し、次の言葉を待った。彼女は、静かに言葉を繋げる。
「ただ一度で構わない。私だけを見てほしいと言ったら、貴方はそれを叶えてくれますか?」
「セイ、バー……」
「騎士王の彼女ではない、黒き汚泥に浸され、なおも生き永らえているこの身体を、貴方は愛してくれますか?」
それは、何よりも直情的で、そして、真摯な問いかけだった。それは、黒という一色に染められた、純粋な少女の願望――――。
万の言葉よりも、千の会話よりも、ただ一度ー―――彼女を殺したその腕で、俺は万感の想いを込めて、その身体を抱きしめたのだった。
「ああ、シロウ……シロウ……」
咽び泣く涙を出すこともできず、感極まった吐息を喉から押し出しながら、セイバーは俺を抱き返す。
黄昏の陽光が部屋を照らす中、俺とセイバーは吐く言葉すら忘れるように、互いに抱き合い、鼓動を感じあった。
「は、んむっ……」
柔らかい唇が触れ合い、情熱的に舌を絡めながら、セイバーは俺に身を任せる。
精気の感じられない、熱を持たぬような身体。だけど――――柔らかく、愛しい彼女の身体は……触れるだけで、火傷するような快感を俺に与えてくれる。
ベッドの上にセイバーを横たえて、その身体に触れる。黒を基調としたシックな服のうえから、胸に手を当てると、セイバーは深呼吸するように息を吐いた。
「セイバー、感じているのか?」
「シロウ、その、私は――――黒い凝りに取り込まれた時……戦闘用の感覚以外は不要だと判断されたのか、他の感覚が麻痺したように感じているのです」
どこかすまなそうに、セイバーは呟く。感じないって、それは…………。
「じゃあ、セイバーは食事も美味しく感じれなくなってるのか……」
「はい……栄養を取る必要も無いので、それも。味を理解しても、美味しいとは感じられないもので」
なんというか、やりきれない思いを感じ、俺はセイバーを抱きしめた。
「そんなに気に病まないでください。今こうして、シロウに抱きしめられているだけで私は満足なのですから」
「セイバー……」
「シロウ、ん、ちゅ……」
ベッドの上で互いに上半身を起こしながら、唇をむさぼる。
味を感じないセイバーに、触れ合う喜びを感じてもらえるように、うなじに手を触れて優しくなでる。
セイバーは、まるで餌をねだる雛鳥のように目を細め、俺の唇を受け入れ、舌を絡ませてきた。
「セイバー、服、脱がすぞ」
「はむっ、ん、はい、っ……」
黒い衣類を脱がせ、その下着をあらわにする。蝋(ろう)のような、つややかな肌を包む下着は、欲望をそそるような黒い色の上下。
知らず、乾いてもいないのに喉が上下した。華奢な少女の身体を包むには、ひどくアンバランスな、魅惑的な装いだった。
胸部を覆う布の上から、彼女の胸を揉みしだく……セイバーの反応は薄いが、彼女に触れることに喜びを感じ、丁寧に俺は彼女の身体に触れた。
「綺麗だな、セイバーの身体」
「ありがとう…………シロウが満足してくれるのなら、いかようにでも、私の身体を扱ってください」
「ああ、大切にするから――――」
俺は、再びベッドに横たえられた、セイバーの身体に覆いかぶさり……胸元を隠す布をたくし上げた。
ふくよかな膨らみと、淡い桃色の頂が眼前にあらわになった。膨らみに指を這わせると、瑞々しい弾力をもって押し返してくる。
胸に口づけて、肌に舌を這わせると、なすがままに俺に任せていたセイバーが、可愛らしい吐息を漏らした。
「ふぅ、っ、シロウ――――シロウが触れているのが分かります」
「ああ、セイバーに触れているんだ」
慎ましやかな胸部の丘の頂点に、口元を移動させ、甘噛みする。尖った部分に歯を立てると、セイバーが眉をへの字にして俺を見つめてきた。
「……シロウ、痛いです」
「あ、悪い。強かったか?」
「強いというか……痛みしか、明確に分からないものですから」
拗ねたようなセイバーの声に、俺は苦笑をして責める場所を変えることにした。
胸は手でソフトに揉みながら、引き締まった腹部へと顔を移動させる。お臍の周囲、お腹の辺りを舌で撫でる。
「んぁ、ん……」
セイバーの吐息に僅かながら甘さが混じったような気がして、俺は腰から下――――セイバーの大事な場所を守る、黒い布に手を掛けた。
逆らうことも無く、セイバーは俺の手の動きにあわせ、下着を脱がせやすいように手伝ってくれる。そして、ずらされた下着には、透明な糸が線を引いていた。
「セイバー、濡れてる……」
「あ――――本当、ですか?」
驚いたようなセイバーの声、しかし、彼女の驚きとは裏腹に、その身体と下着をつなぐように、愛液の糸が伸びていた。
セイバーの花弁に指を当てる。ちゅく、という湿った音と共に、指に滴りが絡みついた。
身体の中に通じる部位を広げると、そこには乙女の証があり、指を這わせると、セイバーは戸惑ったように、しかし嬉しそうに小首をかしげた。
「よかった……感覚はともかく、身体はしっかりと機能しているようです。シロウを満足させることが出来るのですね……」
「ん、でもな…………セイバーは痛みしか感じないんだろ、だったら、するのはその……良くないんじゃないか?」
普通は、痛みを紛らわせるために、さまざまな事をして、快感で痛みをごまかすものだ。だけど、今のセイバーにはそれも出来ない。
身体を引き裂かれるような痛みに、セイバーが負けるとは思わないけど……彼女に負担がかかるのは間違いないだろう。
だけど、セイバーはあくまでも真摯に、純粋に俺を求めるように、俺の頭をかき抱いて、胸を押し付けてきた。
「シロウ、私の鼓動が聞こえますか……?」
「セイバー……ああ、聞こえるよ。セイバーの音が」
とくん、とくん……と、セイバーの身体の中を流れる血の鼓動が、俺の耳に確かに届いた。
それは、生きている身体と、死を内包した黒い呪いの狭間にあって、確かに感じられる存在…………。
「私の鼓動を、もっとシロウに感じてほしい。その為なら、いかなる痛みにも私は耐えて見せます。ですから、シロウ――――何も考えず、私を」
愛してください。
その一言に、突き動かされた。俺は、セイバーに覆いかぶさって、熱い滾りを彼女の中に突き込み、抉ってゆく。
「、、、ぐっ……」
肉を裂く感触と、襞を擦り、捲れ上がらせる快感。狂いそうな程に気持ちがよく、セイバーの中も濡れているのに、彼女の口からは、悲鳴が漏れていた。
動きたい。だけど、セイバーの苦悶の表情を見たら、それ以上動くことは出来なかった。
セイバーを傷つけるために、こんな事をしているんじゃない。肉体の快楽よりも、俺は痛む心で欲求を押しとどめていた。
「シロウ――――口付けを、ください」
「セイバー……ああ、わかった」
セイバーに請われ、俺は彼女にキスをする。セイバーは無心で、唇を重ね合わせ、そして縋るような視線を向けてきた。
「シロウ、構いません、もっと、動いて――――このままの方が、私には辛い……」
「セイバー、けど…………いや、分かった。だけど、無理はするなよ。セイバーが無理だと思ったら、俺のほうから止めるから」
セイバーになるべく負担を掛けないように、俺はゆっくりと腰を動かす。セイバーが痛みを感じる場所を避けるように、それはひどく緩慢な動きだった。
繋がった箇所から漏れる水音が、廃墟の部屋に響く。俺もセイバーも無言で、昂ぶる身体に息を荒げ、獣のように交わっている。
「は、ぁ、シロウ、変です――――何も感じないのに、息が、声がつまって……」
「そうか……セイバーの身体は、ちゃんと感じてて……セイバー、痛みはどうだ?」
セイバーの様子が僅かながらに変化した。痛みにゆがんでいた顔が、ほんの少し緩められ、戸惑いと共に息を荒げている。
俺の問いかけに、小柄な身体にじっとりと汗をかき、息も乱したセイバーは、突き動かされるままに、俺の腰に無意識に脚を絡め、ぼうっとした表情を見せていた。
「んっ、痛みはそれほど……間断なく受けていた、せいで、感覚が麻痺したのでしょうか、今は、何か、べつのものが……」
「わかった、少し、動いてみるぞ」
俺の言葉に、覚悟したように頷くと、セイバーは目を閉じた。俺はセイバーの腰に手を添えて、さらに深く突き込む。
「ぐっ……また、狭くなって――――」
「う、ぁ、ぁ、ぁっ……!」
ビクン、とセイバーの身体が跳ね上がった。吸い付くような肉の壁に包まれながら、俺はセイバーの中に進行し、また引き抜いては緩急をつけて少女の身体をむさぼる。
まるで麻薬のように、脳髄が快感で溶けるように、快感に支配される。セイバーの身体は、俺の身体に馴染むかのように、どこまでも濡れて、絡み付いてくる。
「シロウ、シロウ――――駄目、身体が、跳ねて、頭が……」
「セイバー、俺も、もう、終わりそうだ……!」
「来て、もっと、私を感じてください……シロウっ!」
嬌声を上げるセイバーを抱きしめて、俺は躊躇なく、セイバーの最も深い場所に到達し、堪えていたものを解き放った。
頭が射精の快楽で、真っ白になる。あまりの気持ちよさに、じっとりと汗ばんだ腰は幾度と振るえ、セイバーと繋がった箇所はひくひくと震えて白濁を吐き出し続けた。
「セイバー……まだ、セイバーの中に、出て――――」
「ふ、はぁ……シロウ」
どくん、どくんと脈打つ度に、セイバーの中に想いを注ぎながら、夕暮れの部屋の中、俺とセイバーは互いに睦み合い、深く口付けを交わしたのだった。
「――――行くのか?」
短い逢瀬の後、身だしなみを整えたセイバーは、俺と共に廃墟の出口に向かっていた。
その歩調に迷いは無く、どこまでも毅然とした態度で、彼女は俺の言葉に頷いた。
「はい、私はこの世と隔世に連なる存在…………故に、貴方とは共に居ることはできないのです」
「――――」
「そんな顔をしないでください。一緒にあることは出来なくとも、魂は貴方のそばにある」
だから、この世から消えても悔いは無い――――黒き衣を纏った少女は、迷いも無く、廃墟を抜けて、森の奥へと歩を進める。
俺は、その場に足を止めて、セイバーを見送った。これ以上、先には進めないことを、敏感に感じ取ったゆえの行動だった。
宵闇が森全体を包み始め、世界は確実に一部を変化させていた。森の一部が黒く染まり、光すら通さぬ闇が姿を見せている。
ここから先は、死者と亡者の国――――そこへ戻ることは、生死の摂理に従うということ……冷たき眠りに付こうという彼女は、足を止め、俺を振り返った。
「では、さようなら、シロウ」
「――――セイバー、さようならじゃない。またな、だ」
別れを告げる、セイバーに頭を振って、俺は静かに彼女に呼びかけた。
今、この時は、別れの時ではない。願えば、信じれば、互いに再会できると願いたい。
そんな俺の言葉が、願いが届いたのだろうか――――セイバーは無表情のその顔に、ほんの僅かな微笑を浮かべ……
「ええ、それではまた……」
今度こそ振り返ることなく、夜の闇の中に歩き去っていった。
日はすでに落ち、森は夜の闇に完全に包まれた。俺は一つ息を付き、街へと向かうため、踵を返す。
後悔も、憂いも確かにある。しかし、胸のうちには確かに、黒き太陽のような、苛烈な少女の想いがあった。