〜Fate Hollow Early Days〜 

〜☆故人の系譜〜



「ただいま」
「……ただいま」

玄関の扉を開け、俺とセイバーは揃って挨拶をする。夕暮れ時の玄関から見える、屋敷内は、しんと静まり返っていた。
足元に視線を向けると、そこには俺や遠坂、桜や藤ねえの代えの靴しか並んでいない……どうやら、誰も帰ってきていないようだ。

「……? リン、桜、居ないのですか?」
「セイバー、どうやら、誰も帰ってきてないみたいだ……とりあえず、居間に行っててくれ。俺は、そこいらの電気をつけてから向かう」
「――――分かりました。シロウ、つかぬ事を聞きますが、お茶請け用なのか戸棚に煎餅の袋があったと記憶してますが」
「…………よく、覚えてるな。分かった、すぐお茶にするから、セイバーは先にお菓子でもつまんでてくれ」

俺の返答に満足したのか、分かりました。と頷いて、廊下の先に向かうセイバー。
さて、完全に暗くなってしまう前に、つけれる所から、明るくしていくとしようか――――。



それから、しばしの時が過ぎる――――しかし、遠坂も桜も戻ってこない。ライダーもついてるし、この時間まで掃除しているということはないだろうけど。

「…遅いですね」
「セイバーもそう思うか?」

仕方がないので、先に料理の下ごしらえをしていたのだが、それが終わった時間になっても、いっこうに3人は戻ってこなかった。
いったい、どうしたんだろうか…何かしら、トラブルに巻き込まれなきゃいいけど。

「はい、この時刻はいつも、食事の最中ですから。普段と違うともなれば、気にもなるでしょう」
「…………」

心なしか、セイバーの表情が硬い。ひょっとしたら理由の半分は、空腹のせいかもしれないが…もう半分は、ちゃんと皆の心配をしているのだろう。
とりあえず、一度、遠坂に連絡を取ってみるか。まだ屋敷に入るんなら、電話に出るはずだし。

「ちょっとまっててな、セイバー。一度、遠坂の家に連絡を取ってみるから」
「はい、お願いします。シロウ」

頷くセイバーを残し、俺は廊下に出る。備え付けの電話に手を伸ばすと、帳簿に載っている遠坂の屋敷の電話番号を入力した。
そうして、しばらくコール音が続いた後………、

『はい、間桐――――いえ、遠坂です』

聞き馴染みのある声が、受話器の向こうから聞こえてきた。慌てて言い直すところなど、桜らしいといえるかもしれない。

「ああ、桜か。まだそっちに居るのか? いつまで経っても帰ってこないから、心配したんだぞ」
『あ………先輩。すいません、ちょっと立て込んでいたものですから。その、夕食のお手伝いが出来なくて、ごめんなさい』
「いや、それはいいんだ。それより、何かあったのか? いくら遠坂の家が馬鹿みたいに広くても、こんな時間まで掃除をしていたわけじゃないだろ?」
『それは、あ――――』

言いよどんだ桜の声が遠ざかる。どうしたのかと思っていると、すぐに、遠坂邸の主の声が、受話器の向こうから聞こえてきた。

『あー、もしもし、どなた様? あいにくと、ウチは宗教関係とか、妙な商法の勧誘とか、そういったものにかける金銭猶予がないんで、とっととお引取りください』
「………いや、俺だけど。ひょっとしていつも、そんな電話がかかってくるのか?」
『何だ、士郎か。ゴメンゴメン。ちょっと気が立っててね。つい確認もせずにどなっちゃったわ』

と、遠坂は受話器の向こうで苦笑したようだ。しかし、確認したら、あんなふうにきっぱりと断るんだろうか?
………まぁ、即断即決の見本みたいな遠坂のことだ。ダラダラとした勧誘は、最も嫌うところであろう。

「それで、桜にも聞いたんだけど…どうしたんだ? なんだか立て込んだみたいだけど」
『ん…………ああ、そのことね。ちょっと、今も立て込んでて………あの馬鹿杖、よりにもよってライダーに取り憑いたのよ』
「は? あの馬鹿杖…………って?」
『思い出したくもないけど………例のあれよ。士郎も知ってるでしょ? あのキ○ガイじみた能力を持ったステッキよ』

その言葉で、何となく心当たりがついた。遠坂邸の謎の宝箱――――遠坂を魔法少女に変身させた、件の一品である。

『で、ついさっきようやく捕獲したのよ。ああもうっ、今日中に終わらせるはずの掃除がまだ半分も終わってないわっ!』
「そ、そうか、それは大変だったな」
『何言ってるのよ、まだ処理が終わってないのよ。このまま連れ帰ったら、とんでもないことになるし』

ぶつぶつと呟く遠坂。しかし、とんでもないこと、ってのは何なんだろうか? 聞いてみたい気もするが、聞かない方が良い気もする。
結局、聞きそびれた俺を残し、遠坂は早々に話を切り上げるのだった。

『そんなわけで、今夜はこっちに泊まるから………まったく、ゴスロリで魔法少女なんてストライクな…桜、ちゃんと捕獲しときなさいよー!』
「あ、おい、それじゃあ夕飯は…」

慌てて呼びかけるが、当然のごとく返答はない。俺はため息をついて、受話器を置いた。
しかし、遠坂達も帰らないか――――イリヤも城に帰ったし、藤ねえは、昼の様子を見ると、夜を徹して柳洞寺で酒盛りをしているような気がする。

「ん………?」

何か、とんでもない事を見落としているような気がしたが、とりわけ思い当たる節もないので、俺は居間に戻ることにした。
俺が戻ると、行儀良く座っていたセイバーが、俺を見上げながら問いかけを放ってきた。

「シロウ、凛達はいかがでしたか? 連絡は――――…」
「ああ、連絡はついたんだが、駄目だな。どうも今日中には帰ってこれそうにないみたいだ」
「そう、ですか」

呟いたセイバーは、手元に視線を落とす。ひょっとして、寂しがってるのかもしれないな…沈黙が場を支配しそうになったので、俺はつとめて、明るい声を出した。

「まぁ、帰ってこないのも分かったし、夕飯にしようか? ちょっと多く作りすぎたけど、明日にまわせば問題ないし」

ひょっとしたら、セイバーが全部平らげるかもしれないしなー…とは、口に出さず、俺は夕飯を仕上げるため、キッチンに向かった。
下ごしらえをした料理を仕上げていると、俺の背後、居間の方からセイバーの声が聞こえてきた。

「あの、シロウ………つかぬ事を聞きますが、大河は戻ってくるのでしょうか?」
「うーん、藤ねえか――――難しいんじゃないかな? 一度呑み出すと、一晩は飲み明かしそうだし、今日は泊まってくるんじゃないか」
「…………」

俺の言葉に、返答はない。しかし、何かセイバーの様子が変だよな…様子が変になったのは、遠坂達が帰って来ないって伝えた辺りのような――――、

「ぁ」

思わず、調理をする手を止め、俺は思わず声を上げた。何のことはない、さっきの違和感の正体がはっきりとしたのだ。
イリヤは城に帰り、遠坂・桜・ライダーは遠坂邸に、藤ねえはおそらく柳洞寺に泊まるだろうというこの状況――――、
つまり、今晩は……………………一晩中、俺とセイバーの二人っきりになるということだった。



「………」
「………」

カチャ、カチャと食器の鳴る音だけが響く。基本的に、セイバーは食事中は言葉を発しない。
普段は、藤ねえやイリヤに付き合って話す俺も…………自然とセイバーにあわせ、無言で食事をすることになった。

「シロウ、おかわりを」
「ん、ああ」

交わされる会話は、これだけ。複数回、セイバーがおかわりをする時に交わさせるやり取りだけが、夕食の会話の全てだった。
ただ、まぁ………たまには、こういうのも良いかもしれないと思った。
静かにセイバーと並んで座る食卓には、静かだけど、暖かい空気が流れていたからだ。

そんな風に、穏やかでゆっくりとした夕食が半ばを過ぎた時分――――本日5回目のおかわりの時に、それは起こった。

「シロウ、よろしいですか?」
「ん? どうした、セイバー。おかずが足りないって言うのなら、キッチンから取ってくるけど」

普段は、無言で俺の差し出したお椀を受け取るだけのセイバーが、おかわりのご飯をよそっている俺に声を掛けてきたのだった。
てっきり、おかずが無くなったから、その事を指摘してくると思ったんだが、どうやら違うらしい。

「…………いえ、料理のことではないのです。夕食後のことなのですが」
「ああ、道場で稽古するとか? 俺は、夕食の片づけがあるから、つきあうにしても、少し後からになるけど」

そうして、セイバーに向けて茶碗を差し出す。しかし、セイバーはそれを受け取らなかった。
セイバーは、俺から視線を逸らすように、どこか俯き加減になりながら――――、

「その、そうではなく………今夜、湯浴みを終わらせてから、私の部屋を訪れて欲しいのですが」
「え………?」

あまりに唐突なその言葉に、俺の手から茶碗が滑り落ちそうになった。と――――、

「いけないっ!」
「ぅ、ぁ、セイバー…?」

その時の、セイバーの取った行動に、俺は再度、硬直した。俺の手にセイバーの両手がかかっている。
俺の手のひらから零れ落ちそうになった茶碗をセイバーは落とさぬように、両手で包み込んだのだ――――俺の手ごと。

「あ、すいません…つい」
「いや、いいんだけど――――セイバー、さっきのは、その、やっぱり」
「いえ、別にやましい事ではないのです。ただ、少し、シロウと話をしたいことがありましたから。考えを纏めるために、遅めの時間を指定したのですが」

セイバーは、ほんの少し顔を赤らめながら、俺の手から茶碗だけを取り、自らの手元に引き寄せる。
その仕草はともかく、口調は動揺していないため、彼女の言うとおり、別にやましい考えはないんだろう。

「そうか…分かった。別に急ぎの用事もないし、セイバーに付き合うよ。それで、夕食の後、セイバーはどうするんだ?」
「そうですね………道場の方で瞑想をしようと思います。先ほど申し上げたとおり、考えを纏めようとも思いますから」
「それじゃあ、俺は部屋でのんびりしているよ。セイバーは先に風呂に入って、頃合を見て俺を読んでくれればいいから」

そんな風に打ち合わせを終えると、はい、と返事をしたセイバーは、厳かに夕食を再開した。
セイバーに倣い、俺も夕食を再開する。それにしても、いったいセイバーは何を話そうというんだろうか…?

先ほど、セイバーの両手に包まれた部分が…不思議と熱いような錯覚を感じながら、俺はそんな事を考え続けていたのだった。



「シロウ、よろしいですか? お風呂をあがりましたが」

夕食後、特にすることもないため部屋でのんびりと寝転んでいると、ウトウトと睡魔が身体を支配し始めた。
睡魔といっても、さほど強くないものだったため、まどろみに揺られていると、そこそこ時間が過ぎ去ってしまったようだ。
控えめに、身体をゆすられる感触に目を開けると………俺の前に正座をしたセイバーが、横向きに寝ていた俺の顔を覗き込んでいるのが分かった。

「ん………寝ちゃってたのか。セイバー、今、何時くらいだ?」
「そうですね、夕食から一刻半というところでしょうか? 湯浴みを終えたので、シロウに報告に来たのですが」

身を起こしながらセイバーを見ると、湯上りの時だけ見れる、髪を下ろした格好のセイバー。
それにしても、俺の寝顔を見ていたみたいだけど、いつから見ていたんだろうか?

「セイバー、寝ている俺の顔を見ていたのか?」
「はい、シロウは寝ている時、とても大人びた顔をしているので、つい見惚れていました」
「………いつからだ?」

正直、気恥ずかしいのだが、聞かずにはおれず、俺はセイバーに尋ねる。セイバーは済ました顔で、

「つい先ほどです。それほど長い間ではありませんから」
「本当か?」
「ええ、それとも、私が嘘をついているという証拠でも?」

いささか、ムッとした表情で、セイバーが聞き返してくる。なんだか、その態度がかえって怪しいと思うんだけど。
ふと、思いつき、俺は身を伸ばして、セイバーに向けて手を伸ばした。

「し、シロウ、何を――――?」
「じっとしてろ。ん…………セイバー、風呂上りってのは嘘だろ。髪の毛が、こんなに冷たくなってるじゃないか」

秋口とはいえ、湯から上がってすぐに、髪の毛のしんまで冷たくなるということはないだろう。
少なくとも30分かそこらは経過しているはずである。ため息をついて身を離すと、セイバーが気まずそうに言葉を発してきた。

「それほど長い間ではないのは確かです。それに、湯から上がれば、髪が乾くのは当然でしょう」
「けど、短い間でもないだろ…とにかく、今後は止めてくれよ。風邪をひいちゃまずいんだし、そもそも、俺の寝顔なんて見れたもんじゃないだろうしな」
「そんな事はありません。シロウの寝顔を見るのは、飽きないですから」

きっぱりと否定した挙句、俺の要請に応じようとしないセイバー。何となく、どこぞのメイドのように、今後もセイバーに寝顔を覗かれるような気がするな。
しかし、眠っている間の時だし、どうしようもないのも事実である。とりあえず、今出来ることは他にあるだろう。

「まぁ、とりあえず風呂に入ってくるよ。起こしてくれて、ありがとな、セイバー」
「はい、それでは部屋でお待ちしています」

そうして、セイバーに別れを告げ、俺は浴室に向かった。服を脱ぎ、湯船に身を沈めながら………ふと、思い出す。
さっきは寝ぼけていたせいで、深く考えなかったが…今夜はこれから、セイバーの部屋に行くことになっていたんだった。

「セイバーの髪…サラサラだったな」

先ほど触れた、絹糸のような感触を思い出し、思わず口に出していた。何を考えているんだか、俺は。
少なくとも、セイバーは真面目な話のため、俺を呼んでいる。邪なことは、このさい考えるべきではなかった。
熱い湯船に身を沈めながら、それでも頭の中は、それ以上に湯立ち始めていて…いつ風呂から出たのか、分からないほどだった。
そうして、寝巻きに着替えた俺は、セイバーの部屋に向かったのだった――――、



「セイバー、俺だけど…………入っていいか?」
「はい、お待ちしていました、シロウ」

俺が声を掛けると、和室の襖が音もなく開き、セイバーが姿を見せた。寝巻きの俺とは対照的に、白と青の上下のいつもの格好である。
ふと、何となく気にはなったのだが………セイバーはいつも、こんな格好で眠っていたかな――――?

「セイバー、寝巻きに着替えてないのか? あれ………ひょっとして、セイバー用の寝巻きって用意して無かったか?」
「いえ、あるにはあるのですが、凛の見立てのあの寝巻きは、私には合わないと思いましたから」

そういえばしばらく前、遠坂とセイバーと三人で買い物に行ったとき、色々と買い込んだような気がする。
しかし、遠坂の選んだ服なら………きっとセイバーに似合うものだと思うけどな――――セイバー本人は嫌がっているみたいだけど。

「どうぞ、座ってください。お茶とお茶請けも用意してあります」

セイバーに導かれるように部屋に入ると、和室の中ほどにはこじんまりとしたテーブルと、その上に急須やポット、お茶菓子の用意が見て取れた。
随分と、用意周到だな…………俺が胡坐をかいて座ると、左斜め前方に正座をして座ったセイバーが、慎重な手つきでお茶を入れる。
その光景に見入っていると、「どうぞ」とセイバーが俺に緑茶の注がれた椀を差し出してきた。受け取り、口に含む――――湯上りに熱いお茶は、寒い季節ながらの醍醐味だろう。

「それで、俺に話って何なんだ? 聖杯戦争のことか、それとも………今日のことか?」
「はい。今日のキリツグの墓参りの件で、少しシロウと話をしたいと思いました」

そういって、姿勢を正すセイバー。俺も湯飲みをテーブルの上において、セイバーを見つめ返す。
セイバーは言葉を捜すように、数瞬の間、視線をさまよわせた後――――静かに俺に向かって問いを投げかけてきた。



「今日のキリツグの墓参りの事ですが………どうして参加しようという気になったのですか?」
「どうして、って………別に、そこまで大した理由はないよ。今まで、行くきっかけが掴めなかっただけだし」
「――――そうは思いません。少なくとも、シロウはキリツグの墓へ行くのを拒んでいた節があったはずです」

俺のはす向かいに正座をしたセイバーは、俺の言葉に賛同しかねるという風に、険しい顔で俺を見つめてきた。
胡坐をかいた姿勢で座った俺は、無言で頬をなぞる。まいったな………どうやらセイバーはお見通しらしい。
ひょっとしたら、俺が墓参りに行ったことが無いということを、藤ねえから聞いていたのかもしれない。

「まぁ、そうだな――――正直、今日だって誘われなきゃ、行くことはなかったと思う。別に、行くのが嫌って訳じゃないんだけど」
「何か、他に理由があるのですか?」
「理由、というほど明確なものじゃない。ただ――――切嗣に報告できるようなことが、なかったからな」

そう、正義の味方になったわけでもなし、魔術師として大成したわけでもなし………そんな俺が、切嗣の墓前で何を言うべきか、思いもつかなかった。
そんな呆れるようなことで、伸ばし伸ばしにしていたのが、あらためて考えると馬鹿らしい。
屋敷には仏壇も位牌も当然ある――――切嗣への報告なんて、そこでも出来るし、墓参りに行かない理由としては、曖昧なものであったといえよう。

「それが、理由というわけではないでしょう」
「え?」

しかし、セイバーは俺のその言葉に納得をした様子はなかった。彼女は、険しい表情のまま、俺を見据えると――――。

「シロウ、あなたは認めたくは無かったのではないのですか? 切嗣の亡骸が葬られた墓に行くことは、切嗣の死を認めたということに他ならないのだから」
「――――」

毅然とした表情で、決定的なことを言う。セイバーの言葉に、俺の口から、無意識に吐息のようなものがあふれ出た。
それは、触れられて欲しくなかった真実を見つけたセイバーに対するものか、言われるまで認識できなかった、俺に対する吐息なのか判別できないもの。



既に過去のこととなった………切嗣が逝った日――――翌日、藤ねえの親父さんや爺さん達が葬式の手配をしてくれ、俺は流されるままにそれに従った。
切嗣の死を知り、藤ねえは…周囲をはばからず、ずっと泣いていた。俺は、そんな藤ねえのとなりで、実感の無い別れに呆然としていた。
傍から見たら、どっちが切嗣の家族か分からなかっただろう。そんな子供二人を扱いかねたのか、大人達は俺と藤ねえを屋敷に残し、全てを取り仕切って行った。

藤ねえが泣き疲れ、俺がお腹が空いたと思えるくらいになって、藤村組の人達が、屋敷に戻ってきた。
葬式は無事に終わり、切嗣は山中の共同墓地に弔われたことを、その時に俺は、ようやく知ったのであった。

そう、まるで実感の無い別れ――――ひょっとしたら、切嗣が死んだなんて、間違いじゃないかと思えるくらいに、現実感が伴っていなかった。
ひょっとして、墓地に行ったら………昔の思い出よりもほんの少し老けた切嗣が、「やぁ」って笑って挨拶をしてくれるんじゃないかと、無意識に期待していたのかもしれない。
結局、事実はどう捻じ曲げても事実であり――――切嗣の墓はそこにあり、俺はあらためて切嗣の死を実感したのだった。

「そうだな………確かにそうかもしれない。昔なら、どうあっても切嗣の墓参りは行かなかっただろうな。今は、違うけど」
「――――それは、どうしてでしょうか? 何か、きっかけとなるようなことでもあったのですか?」
「きっかけは、そうだな――――イリヤとセイバー、二人のおかげかな」
「私と、イリヤスフィールですか?」

俺の言葉に、小首を傾げるセイバー。ほとんど共通点といったものが無い二人の名が出たことで、困惑しているようだった。

「ああ。イリヤもセイバーも、切嗣の繋いだ縁で俺は知り合うことが出来た。切嗣がいたから、二人と出会えたんだ」
「そうですね…イリヤスフィールは切嗣の縁者と聞き及んでいます。関わりという点では…私も彼女も、切嗣とは浅はかならぬものがある」
「今日、藤ねえに誘われた時、何となく思ったんだ――――切嗣のこと………ほんの少しでも、はっきりとさせておきたいと思ってな」

日々の生活の合間――――俺達の間でいつの間にか、切嗣のことに関しては、さほど話題には上らなくなっていた。
それは、みんな無意識に感じ取っていたせいだろう――――切嗣の事を口にするのであれば、その死は避けて通れない事実であったから。
関わりの薄い、遠坂や桜は別として…………俺やイリヤは話したいことが、たくさんあるというのに――――まるで、避けるように切嗣の事は話題に上らなかった。
藤ねえだけが、切嗣のことを無邪気に話すのは、きっと色々と乗り越えたからだと思う。

「今日、墓参りに行こうと決心したのは、区切りをつけようと思ったからだ。切嗣が死んだことは寂しいけど、それに押しつぶされるようなことは、もう無いと思ったから」
「そうですか。貴方も、強くなったのですね。シロウ」
「俺が強くなったってわけじゃないさ。ただ、今の俺は一人じゃない。セイバーもイリヤもいるから、頑張れるんだと思う」
「――――…だとしたら、私達がいなくなったら、貴方は…」

「ん、何か言ったか、セイバー?」
「いえ、何でもありません、シロウ」

俺の問いに、静かに微笑んで、セイバーは頭を振った。どうやら、質問は終わりのようだった。
しかし、どうするかな………意気込んでセイバーの部屋に来たものの、まだお茶も冷めやらぬうちに用件は済んでしまった。
このまま、自室に帰るなり、土蔵に行くなり夜の過ごし方はいくらでもあるんだが――――せっかくの機会だ。何か、今出来ることをしてもいいと思う。
そんな事を考えていると、ふと思いついたことがあった。

「そうだ、セイバー。ちょうどいい機会だし、セイバーの知っている切嗣のことを教えてほしいんだけど」
「切嗣のこと、ですか?」
「ああ。多分セイバーなら、俺の知らない切嗣のことを知ってる気がする。こんな機会はめったにないだろうし、聞いてみたいんだ」

俺の申し出に、しばしの間セイバーは黙考を重ねた後、静かに首を縦に振った。

「そうですね。確かに、これまでキリツグのことを詳しく話したことはありませんでした。これを機に少し話すのもいいでしょう」
「本当か? ありがとう、セイバー」
「ですが、期待なさらぬように。私の知っているのは、あくまで魔術師としてのキリツグです。そこには、貴方の望まぬ話があるかもしれませんよ」
「そうかもな――――でも、聞いておきたいんだ」

いまさら、やっぱり聞かないなどと言うつもりはなかった。俺の言葉に、そうですか。とセイバーは微笑んで、背筋を伸ばした。
セイバーが話を終えたら、俺の方もセイバーに伝える事にしよう。魔術師としてではなく、俺の養父の切嗣のことを………。



秋の夜長、セイバーの部屋でゆったりと、俺とセイバーは二人きり、故人の思い出話に浸って時を過ごしたのだった――――。