〜Fate Hollow Early Days〜
〜☆故人の系譜〜
朝の団欒時、今日は全員がそろっての朝食となり、いつも通りの賑やかさで、時はゆったりと流れていく。
大きなトラブルこそ無いものの、行き交う言葉に停滞は無く、のんびりとした空気が流れていた。
「あ、そうそう、士郎……今日のお昼ご飯はいらないから」
そんな話の合間――――藤ねえが、お代わりの為に、お茶碗を俺に差し出して来ながらそう言ったのであった。
「ああ、分かった。どこか出かける用事でもあるのか、藤ねえ」
藤ねえの場合、休日の昼は何かしらの理由で出かけることが多く、別に今日が珍しいというわけでは無かった。
どうせ今日も、深山町の商店街をうろつくか、新都の方の港辺りに足を運ぶんだろうと思って聞いたのだが――――、
「うん、ちょっと切嗣さんのとこにね」
――――と、何のかげりも無い笑顔で、藤ねえはそんなことを言ったのだった。
「――――んくっ。キリツグ?」
ちょっと驚いた顔で……それでも、きちんとご飯を咀嚼して飲みこんでから、セイバーが藤ねえの言葉に反応する。
俺の隣では、イリヤも驚いた表情で、藤ねえを見つめていた。切嗣に関わりの深い二人だけど、藤ねえの口から切嗣の名が出るとは思ってなかったようだ。
「ええ、そうよ。町のお寺にね、切嗣さんのお墓があるの。たまにだけど、お墓の掃除もしなくちゃいけないしね」
「――――……」
藤ねえの言葉に、セイバーもイリヤも無言。遠坂と桜、ライダーは事の次第を傍観するつもりか、黙っており……妙な沈黙が居間を支配していた。
と言っても、場の空気など、あまりに気にしない冬木のトラは、のんびりとした表情で、俺に話を振ってきたのだが。
「そうだ、士郎も暇なら、一緒に行ってみない? 士郎が顔を出せば、切嗣さんも喜ぶと思うんだけど」
「俺が――――う〜ん……」
普通なら、何かしら理由をつけて断る所だった。今までも、俺が切嗣の墓に行くのを断ったのは何回かあった。
藤ねえだって、そのことを忘れているわけじゃないだろう。ただ、確認の為に俺に話を振って来たに過ぎない。
ただ――――どことなく考え込んだ表情のセイバーや、ほんの少し翳りを見せたイリヤの表情を見て、気が変わった。
「そうだな……たまには良いかもしれないな」
「「シロウ!?」」
俺の言葉に、驚いた表情を見せるセイバー&イリヤ。二人とも、俺が断るものだと思っていたらしい。
セイバーは怪訝そうな表情で、イリヤはポカンとした表情で、それぞれに俺に視線を送ってきた。
「セイバーとイリヤも、一緒に行かないか? 面白い場所じゃないだろうけど、一人で行くよりは気がまぎれると思うんだが」
「――――そう言われましても……」
どことなく気乗りしない表情で、呟くセイバー。イリヤの方はというと――――満面の笑みを浮かべていたりする。
「私は行くわっ! ね、ね、シロウ。 それってご報告って言うんだよね? 『娘さんを僕にくださいっ』て。もー、シロウったらー!」
「「「「「な」」」」」
わーい、と大喜びで俺に抱きついてくるイリヤ。あまりの曲解に硬直する俺。で、一瞬の硬直の後――――、
「は、離れなさい、イリヤスフィールっ!」
あわてた様子で、セイバーが俺とイリヤを引き剥がしたのだった。当然、引き剥がされたイリヤは、むー、と不満顔。
「何よ。セイバーったら、ヤキモチなんて見苦しいわよ。一緒に行かないなら、邪魔もしないでほしいのに」
「だ、誰が一緒に行かないと言いましたかっ! シロウ、私も当然、お供をさせていただきますので!」
「あ、ああ」
セイバーの剣幕にたじたじの俺。イリヤの問題発言に、一瞬、精神がどっかに飛んでいた藤ねえだが、セイバーも参加すると聞いて、表情を綻ばせた。
「わ、二人とも一緒に来てくれるんだー。嬉しいなー、みんなで仲良く行きましょうね」
「――――」
「――――」
毒のない藤ねえの言葉に、無言で睨みあうセイバーとイリヤ。やれやれ、とんだ墓参りになりそうだな。
気分的に、毒を食らわば皿までの状態なので、俺は他の皆も誘おうと、遠坂や桜、ライダーを見ながら苦笑交じりに声をかけてみることにした。
「遠坂や桜も、ライダーも……皆も一緒に行かないか? まぁ、無理にとは言わないけど、一緒に来てくれると心強い」
何せ、パーティが感情的なタイプばかりなのだ。この状態で墓参りなど行こうものなら、大騒ぎになるのは目に見えている。
俺個人としては、誰か一人でも、抑止力になりそうな人に付いてきて欲しいんだが――――、
「あ、ごめん。私はパスね」
「え?」
「姉さん?」
こういう事に、いの一番に首を突っ込んで来そうな遠坂の返答に、驚いたのは俺だけでなく、桜も一緒だったらしい。
皆の注目を浴びた遠坂は、大騒ぎの皆をよそに一人、食後のお茶をすすりながら、のんびりとした表情をしている。
「まぁ、そりゃ確かに、不肖の弟子の御父様に挨拶をするってのも大切なんだけどね。ほら、一応は優先順位として、やらなきゃならないこともあるから」
――――不肖の弟子ってのは、俺の事なんだよなぁ。まぁ、遠坂に迷惑かけっぱなしだし、
「けど、やらなきゃならないことって、何だ?」
「まぁ、大したことじゃないんだけどね。いい加減、屋敷のほうも一度、大掛かりな掃除をしなきゃと思ってたから」
――――この前、遠坂が不在のときに、一度は大掃除をしたのだが、どうやら家主さんは、まだまだ掃除したりないと思ってるらしい。
まぁ、掃除をしたと言っても、徹底的に隅から隅までを一日で完璧にはできなったからな。
「――――それなら、姉さんのお屋敷のお掃除に、私も参加させていただけますか?」
「……え? 桜、いいの?」
桜の申し出に、ちょっと驚いた表情の遠坂。桜はと言うと、どこか照れたように、微笑を浮かべていた。
「前のお掃除じゃ、ちょっと物足りないところもありましたから――――それに、姉さんのお屋敷を、もう少し見てみたいなぁと思って」
「…………ま、そんなに見るべきところもないけど、労働力の提供なら歓迎よ、桜。ビシビシと使ってあげるから、覚悟しなさいね」
「あはは、お手柔らかにお願いしますね」
照れ隠しなのか本気なのか、言うからには……本当に、こき使われるのを分かっているのか、桜はちょっと苦笑顔。
で、そんな桜を彼女の護り手が放っておくはずもなく――――、
「それでは、私も桜に同伴いたしましょう。 家具類など、私の力が必要になることもあるでしょうから」
「ありがとう、ライダー」
そんなわけで、俺とセイバー、藤ねえにイリヤの墓参り組と、遠坂&桜&ライダーの遠坂邸清掃班に、振り分けが決まったのだった。
しかし、一体どんな墓参りになるのやら……セイバーが冷静に行動してくれるなら、俺としては安心できるんだけど。
柳洞寺に向かう前に、商店街に立ち寄って、お参りのために必要なものを買うことにした。
菊の花と香の花……あと、お供えのお団子を買って、お線香やマッチは、家にあった物を拝借して持ってきていた。
うーん、確かに、こうやって荷物を手に持つと、気分的に厳粛として――――
「ねーねー、シロウ。お昼ごはんは何にするの?」
「あ、そうか、お昼はどうしようか、士郎」
「私としては、シロウが作ってくれる料理が、味、量ともに最適なのですが」
…………先ほど食べたばかりだと言うのに、すでに思考は昼食へと向いている欠食児童が三名。
やっぱり、人選的に間違っていたのかもしれない。これで、ちゃんとした墓参りが出来るのか、さすがに不安にもなろうと言うものである。
「分かったよ。帰りに食材を調達するか、食っていくかは多数決で決めるから、それぞれ考えててくれ」
俺の言葉に藤ねえとイリヤが頷く。しかし、セイバーはというと、別のものに興味が移ったのか、そちらのほうをじっと見ていた。
商店街の傍らに燦然と輝くそこは、見ての通りの大判焼きの店――――江戸前屋である。
「セイバー……いや、そんなもの欲しそうな目をしても駄目だって。さっき飯を食べたばかりだろ」
「ですが、これから危険な山岳地帯を踏破するのです。食糧の備蓄は欠かせないと思うのですが」
至極、生真面目な表情でセイバーは自信満々に言い切る。まぁ、確かに山中には食料店や自販機も置いてないので、何かを持っていくなら、ここで買い物していくべきなのだが。
「タイガ、私達もおやつを物色しましょ」
「そうね、ついでだから、いろいろ買い込んじゃおっか?」
などと、藤ねえとイリヤが不穏当な発言を俺の隣でしていたりする。これは、荷物持ちはやっぱり俺なんだろうなぁ。
「――――分かったよ、藤ねえ達も買い込む気だし、セイバーも好きな物を買ってきてくれ。ついでに俺の分もな」
財布の中から数枚の紙幣を取り出して、セイバーに渡す。さすがに財布ごと渡したら、全部使われそうな気がした。
といっても、セイバーが満足できるくらいの量は、十分に買えるだろう。
「ありがとう。それでは行ってきます、シロウ」
セイバーは満足げに微笑むと、江戸前屋に突貫する。大判焼きばかりを買い込まなきゃ良いけど――――、
「あ、シロウったら、セイバーだけずるーいっ! 私も私も!」
「そっか、ごめんな、イリヤ。ほら……」
その光景を見てたのか、不満そうに俺に詰め寄るイリヤに、セイバーと同じ額を手渡す。
お小遣いを貰ったイリヤは……さっそく、あちらこちらを見ながら、何を買おうか考え始めているようだった。そして――――
「――――藤ねえは駄目」
「えーっ、何でようっ!」
ニコニコ笑顔で、俺に手を差し出してくる藤ねえの手をぺしっと叩いて言うと、縞々のトラは、不満げに唸ったのであった。
「差別は駄目よ、いじめの温床なんだからねっ、士郎ったら!」
「何を言う。社会人なんだから……学生から、たかるなよな」
「うう、ごめんなさいね、切嗣さん。あなたの息子は、女の子を泣かす悪い子になっちゃったんです」
「――――誰が女の子だよ」
……まったく、しょうがないな、藤ねえは――――どのみち、このままじゃ実力行使に来るだろうし、財布ごと持ってかれる前に、渡しちゃうことにしよう。
「ほら、言っとくけど、お釣りは返すんだぞ」
「やった、士郎ってば、やさしーっ! イリヤちゃん、待ってー」
俺の差し出した紙幣を受け取ると、藤ねえはイリヤの方に走って行ってしまった。
しかし、本当に騒々しいなぁ……これでちゃんと、目的地にたどり着けるんだろうか?
「シロウ、お待たせしました」
と、山ほど大判焼きを詰めた袋を持って、セイバーが戻ってきた。さっそく一つ、袋から取り出すと、幸せそうに齧り付くセイバー。
…………ま、いいか。どうせ時間は十分にあるんだ、ゆっくりと墓参りに行くことにしよう。
「って、セイバー。俺の分は?」
「あ、大丈夫です。もちろんこれは、シロウの分も入っていますよ。といっても、両手がふさがっているようですが」
大判焼きの袋を抱えて、しばし黙考するセイバー。と、彼女は一つの大判焼きを取り出すと――――
「それではシロウ、口を開けてください」
「な、ちょ、ちょっと待て、いきなり何なんだ、セイバー!」
ずい、と大判焼きを手に持って、俺の顔に近づけるセイバー。セイバーはキョトンとした顔で。
「いえ、シロウの両手は使えない。ですから私が、あなたの手の代わりになろうとしたのですが」
「――――」
いや、しかしそれは、世間一般では、非常に恥ずかしい行為だと思うわけでして――――
「あーっ、シロウに何してるのよっ、セイバーっ!」
「士郎っ、往来の真ん中で、何をイチャイチャしてるのよぅっ!」
「やばっ、藤ねえたちに見つかったっ。逃げるぞ、セイバー!」
「え、は、はいっ」
商店街を巻き込んだ鬼ごっこは、それからしばらく続き――――結局、切嗣の墓にたどり着いたのは、日も中天に差し掛かる、お昼時になったのだった。