〜Fate Hollow Early Days〜
〜☆穂群原、偉人伝説〜
昼休み、一成と昼食をとる約束をした。今日は弁当の持ち合わせが無いので、俺は購買に行き、一成は一足先に生徒会室に向かった。
購買でマーガリン・イチゴジャムサンドとメンチカツパンを買い、俺は一成との合流場所に向かう。
「…………ん?」
生徒会室の前の廊下で、一成と見たことの無い女生徒が話をしているのを見かけた。
女生徒がなにやら聞くと、一成は朗らかに笑って受け答えする。その笑顔は、余所行きのものではなく、親しい相手に笑いかける自然なものだった。
(ふぅん、あの一成がね……)
驚く反面、半ば納得したように、俺はうんうんと頷いていた。校内では遠坂ほどではないにしろ、一成の名声と人気は高い。
文武両道、正義一貫を地で行く現役の生徒会長――――肩書きだけでなく、本人が善人という事もあって、結構コアなファンがいたりもするのだ。
もっとも、一成自身が恋愛ごとにさほど興味を示さないこともあってか、そういった光景を見ることは、めったに無かったのだが。
そんな事を考えているうちに、話は終わったのか、お互いに手を振ると、女生徒は廊下の向こうへ、一成は生徒会室に入っていった。
よし、俺も部屋に入るとするか。酒の肴――――というわけじゃないが、昼休みの時間帯、話題が出来たのは結構なことだった。
「おお、衛宮、昼食は無事に買えたようだな。待ってくれ、今、お茶を出す」
「ああ、ありがとう。なぁ、一成――――今さ、廊下で女子と話してただろ?」
「何だ、見ていたのか。ああ、向こうから話しかけてきてな……少々、長く話し込んでいたが、なに、衛宮を一人で待つよりは、実りの多い時間ではあった」
そっけなく説明をする一成。仲が良さそうに見えたが、どうもあの女子と一成が付き合っているとか、そういう類ではなかったらしい。
まぁ、それもそうか。一成のことだし、もし付き合うにしても、友人にはきちんと話を通してから付き合い始めそうだからな。
「で、何を話してたんだ?」
「そうだな、別に隠し立てするようなものでもないし、言っても問題は無いだろう。先ほどの女生徒は新聞同好会に所属していて、自分に取材を申し込んできたのだ」
流れるような手つきで二人分の茶を淹れ、自分の分のお茶を飲みながら、一成は一息つく。どうやら、喉が渇いていたようだった。
「穂群原の偉人という題目でな、自分と零観兄……兄弟二代に渡っての生徒会長というのが、興味を引いたらしい。零観兄の事を細々と聞かれてな」
「ああ、だから楽しそうに受け答えしていたのか――――零観さんって、一成の自慢の兄貴だもんな」
「さよう。豪放磊落に生きるのであれば、零観兄のような生き方こそ、自分の理想に近いからな。最も、到底まねできぬからこそ、理想であるのだが」
そう言って笑う一成の顔は、どこか誇らしげで――――心底、零観さんを慕っているのが感じ取れた。
「そういえば、藤村先生の所にも取材に行くといっていたな。零観兄の時代には、偉人が多かったらしい。蛍塚という女史も、調べてみたいと言っていたが」
「ネコさんか――――そこの所は、藤ねえに聞いても悪口しか出てこなそうだよな。ま、悪口って言っても、毒の無い軽口なのが藤ねえらしいけど」
「――――そういえば、衛宮は知り合いなのだったな。衛宮の所にも、取材と称して聞き込みに来るかもしれないぞ」
からかうような一成の言葉に、俺は渋面になった。取材とか、そういったものはどうにも苦手である。
遠坂みたいに話術に長けてるわけで無し、一成みたいに落ち着いているわけでもない。何を聞かれても、通り一遍等の答えしか出来ないと思う。
「それにしても、藤ねえと零観さん、それにネコさんか――――随分と目だって居たんだろうな」
「うむ、同好会の女史の話では――――今で言う、自分、衛宮、遠坂のような関係だったらしい」
「――――は? ちょっと待て、何でそこで俺の名前が出てくるんだよ。俺は別に、何も目立ったことはしてないぞ」
一足先に、弁当をつつき始めた一成に聞くが、一成としても、その点は不服なのか、少々険しい顔をしながら食事を続ける。
「遠坂と関わった時点で、誰であれ否応にも目立つものだ。自分としては、人前で争うさまなど見せたくも無いのだが」
「――――……」
「そこで、仲裁役の衛宮も皆の注目を浴びたというわけだ。過去の話では、藤村先生と、某蛍塚女史の争いを、零観兄が宥めるのが常だったらしい」
もっとも、場合によっては藤村先生が零観兄に突っかかって、それを蛍塚女史が諌めることもあったらしいが。
「人に歴史あり、だな。あと十年もすれば、自分と遠坂、衛宮も穂群原の伝説として歴史に名を残すだろうよ」
「――――勘弁してくれ」
憮然とした表情で、俺は購買のパンをかじった。そんな俺を見て、一成は溜飲を下げたのかカラカラと笑った。
物事を深刻に考えそうで、実は楽天家になる時もあるのは、やっぱり零観さんの実弟だからだろう。あの兄にして、この弟あり、か。
――――とりあえず、本当に取材に来られた時のために、少し考えたほうがいいかもな。
昼食をとりながら、俺はそんな事を考えた。幸いなことに、その心配は杞憂に終わるのだったが。
…………自分の偉業、というか、過去の恥を衆目に晒されたくない虎の叫びが、校舎の内外に響き渡ったのは、昼休みの半ばのことである。
「そんなの、だめー!!」
かくして、藤ねえの横暴――――もとい、正当な防衛行動により、文化祭の新聞同好会の活動から、穂群原偉人伝説の項は削除されたのである。
しかし、それと引き換えに、生徒達の興味に火をつけたのも事実であり、それからしばらくの間、藤ねえは生徒達から質問責めにあったのだった。
「ねぇねぇ、タイガーって昔は悪だってって本当?」
「藤村先生が、駅前で大立ち回りを演じたって聞きましたけど――――」
「藤村先生って、昔、ダンディなオジ様にあこがれてたって、ネコって人が……」
「タイガー先生、学生のとき――――」
「タイガーって、いうなー!!」
かくして、しばらくの間、校内では藤ねえが一躍、時の人となったのである。本人は甚だ不本意のようであったのだが……閑話休題。