〜Fate Hollow Early Days〜
〜☆キャスター、料理修行〜
タントン、タントン…………リズミカルな音とともに、包丁でまな板の上の野菜を刻む。
水洗いした野菜を一定の大きさに刻み、器の上に盛り付ける。流れるような丁寧な作業をするその左手には、結婚指輪が光っていた。
「どうかしら? 十分に、見栄えのよい物に仕上がっているとも思うけど」
「ああ……ずいぶんと、ちゃんとした物が出来るようになったんだな」
得意げに言うキャスターは、俺の答えを聞き、満足そうに微笑んだ。最初のころは、とんでもない代物を作っていたキャスター。
明らかに、これって料理じゃないだろーといいたいものから、食べれはするが、壊れたプラモデルのような代物まで多々あった。
最近では、きちんとした家庭料理を作れるようになって、俺も一安心といったところだ。ただ、煮崩れてたり、不恰好なものも、まだまだあったけど。
そのあたりは、経験の問題だし、何度も作るうちに慣れてくるだろう。味付けなどは、香草や薬草類にキャスターが詳しく、俺が教えてもらったくらいである。
「これなら、桜に見せたって恥ずかしくはないだろうな」
「ええ、といっても、実際に見られるとなると、やっぱり身構えちゃうんだけどね」
苦笑して、エプロンをはずすキャスター。今日はおさらいに野菜サラダを作り、それで一連の料理教室を終えることとなったのだ。
俺も料理は修業中の身だし、これ以上の本格的な勉強は、専門の学校に通ったほうがいいだろうと、互いに意見が一致したのだ。
我が家の台所を使っていると、セイバーやライダーなどにからかわれ、遠坂に呆れたような視線を毎回向けられたのも、理由の一つではあったが。
キャスターを送るため、玄関にでる。キャスターの小脇に抱えたクーラーボックスには、先ほど作った野菜サラダが入れられている。
早速夕飯に、葛木先生に食べてもらうつもりとの事だ。
「それじゃあ、お世話になったわね。一応は感謝してあげるから、覚えておきなさい」
「そんなに気にする事でもないけどな……そうそう、一つ言いたいことがあったんだが」
「――――何かしら、坊や?」
俺の言葉に、小首をかしげるキャスター。料理の腕はかなりの上達を見せたものの、今ひとつ気がかりなことがある。
それは、少し前に一成と昼食を取ったときのこと――――キャスターがトンデモな出来の料理を、葛木先生に作っているとのことだ。
「葛木先生のための料理だけど……あまり気張らないほうが良いと思うぞ。一成が悲観していた」
「ああ、そのことね……」
俺の言葉に、キャスターは苦笑する。どうやら自覚はあるらしかった。
まぁ、俺が口出しする問題じゃないし、声を掛けておくだけに留めるつもりだった。そんな俺に、キャスターは笑みを消して一言。
「でもね、だからって手は抜けないわ。坊や、貴方だってセイバーのための料理を一生懸命作るでしょ? 同じことよ」
「――――」
まいった。そう言われれば反論の余地はない。今度は俺が苦笑し、そうだな、という番だった。
「さて、私はこれで失礼するわ。桜さんによろしくね」
そういうと、今度こそ、キャスターは玄関から出て行ってしまった。もう、この家の敷居を踏むこともないだろう。
年上で、色々と問題ばかりの生徒だったけど――――いなくなると、感慨深くなるのも確かだった。
「ただいま帰りました」
「あ、お帰り、桜」
と、キャスターと入れ違いになるように、桜が玄関に入ってきた。出迎える俺に、桜は「あれ?」といった表情を見せ、小首をかしげる。
「先輩、さっき、キャスターさんが出て行きませんでしたか?」
「ああ、キャスターならさっき来てたぞ、料理――――」
言ってから、しまった、と思った。キャスターが料理を習うことに関しては、機密事項だったのだ。
セイバーやライダー、遠坂にはキャスター直々に口止めをしていたが、俺がばらしては意味ないことである。
と、その瞬間、まさに一秒に満たない葛藤の中で、不思議と思いついた名案があった。
「――――を教えてもらってた。味付けとか、珍しいからな」
「へぇ、そうなんですか。私も教えてほしかったなぁ」
これは、嘘ではない。キャスターにも取り柄はあったし、味付けならさほど悪くはなかったからだ。
そんなわけで、つつがなくキャスターの料理修行は終わる。後に、キャスターが味付け教師として、我が家に招かれることになるが――――それはまた、別の物語であった。