〜Fate Hollow Early Days〜 

〜☆黒豹と青豹、再び〜



昼前の空白の時間帯――――俺は、午前中の商店街を闊歩していた。そろそろ買いだめをしないと、家のほうの貯蓄が心もとないからである。
しかし、毎度毎度だけど、何か上手な買い物のコツはないものだろうか。両手に荷物を持って、背中に米の袋を背負うのは、傍から見ても格好悪いことは自覚している。
とはいえ、何度も自宅と商店街を往復するのは、体力と時間の浪費であることも分かりきっていた。

「自転車じゃ、どうやってもこれ以上は運べないしなー、自動車を運転できるようになるまでは、不便なのはしょうがないけど」

両手の重みに耐えながら、俺はそう一人ごちる。車を運転できるようになれば、重い荷物も楽々と運べるのだ。
職を得るにも、最低限……車の免許は必要になるだろうし、冬休みなどを利用して、免許を取ろうとは考えていた。

そんなこんなと考えつつ、俺は商店街をうろつく。昼のメニューに頭をひねりながら、交差点を曲がり……数歩戻って、頭だけを向こう側に向けた。
何故そんな事をしたかというと、商店街の一角に、見知った顔が複数あったからだ。

「あれは、蒔寺とランサーか……?」

確認するように呟いたとおり、俺の視線の先にいるのは、制服姿の蒔寺と、こざっぱりとした服装をしたランサーであった。
今日は一緒に行動していないのか、氷室と三枝の姿は近くになかった。で、蒔寺はというと親しげにランサーと会話をしているようである。

「……何を話してるんだ?」

興味をそそられた俺は、物陰に隠れつつ、声が聞こえるくらいの位置に移動する。
本当は、様子を見て確認もしたいところだが、ランサーの探知能力を考えると、不用意に近づきすぎないほうがいいだろう。

「いやー、悪ぃね。おごってもらっちゃってさ」
「ああ、この前は色々と有耶無耶になっちまったからな。あん時の侘びだと思ってくれ。他の嬢ちゃん達にもよろしくな」

弾んだような蒔寺の声と、それ以上に鷹揚なランサーの声。女性相手には気前の良いランサー、それに乗じて、ちゃっかり蒔寺がおごってもらったんだろう。
二人の立っていた位置は、大判焼きの店の前――――どちらが先かは分からないが、意外に甘いもの好きなランサーと、蒔寺がそれぞれ立ち寄って、偶然出くわしたのだろう。

「それで、俺に聞きたい事ってのは何なんだ? 随分、真面目そうにしてたが」
「ああ、その事だけど……」

問われた蒔寺の声が、真剣な響きを帯びる。しかし、問いただしたランサーの方に、緊張した様子はない。
どんな事を聞かれるのか、むしろ楽しそうに目を輝かせているのが目に浮かぶ――――なにせ、奔放な性格なのだ。

「青豹の兄さんも、陸上競技やってるんだろ? 槍投げとか……それで、どうやったら自信を付けれるのか聞きたくってさ」
「はぁ?」

そのランサーが、蒔寺の問いに困惑したような声を漏らした。とはいえ、聞いてた俺も少し驚いている。
何せ、陸上部の鬼コーチにして、穂群原の黒豹こと、蒔寺である。普段から自信満々な態度の蒔寺が、そんな事を言うとは思わなかったのだ。

「いや、あたしだって……人よりは少し早く走れるとは思ってるけどさ、それと競技会は別なわけ。全国から、凄い奴が集まってくるし、自信なんて持てないからね」
「その競技会ってのは、お前さんにとってそんなに大事なのか?」
「んー……まぁ、推薦とかにも関わるんだけど。大学にいっても、陸上は続けるだろうし……誰より早く走れる自信が、あったらいいなーと思って」

ランサーの質問に、歯切れの悪い返答をする蒔寺。本人としても、何でそんな事で悩んでいるのか分からないようだ。
プレッシャーとは無縁の蒔寺だが、受験も迫る昨今、自分の得意なものに少しでも自信を付けておきたいと思っているのかもしれない。
と、蒔寺の言葉を真面目に聞いていたのか、それとも右から左に聞き流していたのか分からないが、ランサーが口を開いたのはその時だった。

「誰よりも、か――――俺は、そんな事……考えた事はなかったな」
「そんなの? でも、兄さんってかなりの腕前でしょ? 体つきをみれば、すぐに分かるし」

困惑したような蒔寺。同じ豹類として、同類と思っていたのか、ランサーの言葉が意外であったようである。

「まぁ、嬢ちゃん達とは違って、俺は、いちおう国に仕えてたからな。国の名を背負って戦う以上、負ける事なんて考えれない」

もとより、負ければ死という戦場で、そういったものは不要だろう。特に彼の場合、背負ったものは、あまりにも巨大すぎた。
だからこそ、誰よりも純粋に、誰よりも命を掛けて、彼は戦い続ける事が出来たのだろうが――――。

「ある意味、嬢ちゃんが羨ましいぜ。そうやって、色々と考える事が出来る……余裕ってのがあるからな」
「それは、どっちかっていうと……余裕があるのは、青豹の兄さんの方だと思うけど」

どこか釈然としないような表情で、余裕綽々といった感じのランサー相手に呟く蒔寺。
しかし……これ以上、立ち聞きするのも、何だか悪いような気がするな。けど、ランサーの場合、話がナンパの方にいつ行くか分からないのが心配だ。
自販機の影に身を隠し、そんな事を考えていると、くいくいと服の裾が引っ張られた。

「――――ん?」
「何をしているのですか? 衛宮士郎……あ」

引っ張られた方に振り向くと、いつの間にか、俺にぴったり密着するように、カレンが俺のそばにいたのだった。
いきなりな事に硬直した。気配をまったく感じなかったんだけど……ただ、カレンは俺のそんな様子に気が回っていなかった。
カレンの視線は俺の身体ごし――――向こうで話をしている、ランサー達に向けられているようだ。
どうやら、俺を見つけて近づいた時、意外な人物を発見して動きを止めたのだろう。それがランサーか、蒔寺かは判別できないが。

「よし、そんじゃまぁ……そこの所を詳しく話し合うとするか? どこかで飯でも食いながら」
「あ、いいね。ひょっとしておごってくれるの?」
「おう、別にいいぜ。普通に食えるもんなら、なんだって構わないさ」

ぴく、とカレンの眉が跳ね上がった。どうやらランサーと蒔寺の言葉じりに、気に食わない所があったようである。
不穏だ。ニゲロニゲロニゲロ――――と脳裏に警報が鳴り響いている。

「まったく……餌付けから逃げ出したかと思ったら、こんな所で何をしているのか――――」
「あの、カレン?」
「駄犬なだけでなく、さかりもついているとは救い様がないわ。いっそ、保健所にでも連れて行こうかしら……」

そういうカレンの表情は、何と言うか、その――――凄く愉しそうなんだけど。
なんとなく、俺はランサーに同情した。駄犬だの、さかりだのを連呼されては、英霊だって逃げ出したくなるだろう。

「さて、行くとしましょうか。使い魔の躾は、早いうちにしないと」
「そうか、俺は関係ないから」

じゃ、と手を上げる俺の腕に、ピンポイントで赤い布が絡まりつく。捕獲されてしまった。

「何を言っているの? あの女の拳に対する盾の役割は、貴方にしかできないんだから」
「って、人を盾扱いするな!」

人の話なんて、聞いちゃいない。カレンは、ずるずると俺を引っ張りながらランサー達の方に向かう。
いち早く、俺たちの存在に気がついたのか、ランサーはこちらを見て顔をしかめる。逃げ出すか、迎え撃つか迷っているようだった。

「ん、どうしたの……げ」

蒔寺も、こちらの方を見て、嫌そうな顔をする。それが、俺を引っ張るカレンにか、引っ張られる俺にかは、判断できないところだったが。
何にせよ、友好的には程遠い、言うなれば修羅場に近い空気が辺りに漂いだす。

青豹と黒豹、二人を相手にしなきゃいけないのか――――絶望的だな。
カレンに引っ張られながら、逃げ場のない事を悟り、俺は天を見上げる。何と言うか、今日も良い天気だ。

昼飯は何にしようかな――――などと、現実逃避気味に考える俺の傍で、カレンと青豹+黒豹とのトンでもバトルが開始されようとしていた。
あー、またデッドエンドか……すでに気が遠くなりかけた状況で、俺はそんな事を考えてみたのだった。幸い、死ぬことはなかったが。