〜Fate Hollow Early Days〜 

〜☆薄乃月夜〜



――――その日の夜。よく晴れた天気だったので、お月見をしようと、誰かが言った。
それは、遠坂かもしれないし、桜かもしれないし、セイバーかもしれないし、俺かもしれない。
誰が提案したかは、大して問題でもなく、土蔵に浴衣があったのを思い出したので、即日、お月見大会と相成ったのであった。
広い庭に面した縁側の窓を開放して、即席のお団子と、熱々の緑茶を用意して、皆で縁側に腰を掛ける。

空には、純白の月の光、太陽のよな煌々とした明るさはないものの、それは俺達を、穏やかに照らしていた。
漆黒の空にポツンと浮かぶ、真白の月――――まるで手を伸ばせば、それに触れられるかのように、引き寄せられる魅力を感じていた。

「……こういうのも、風情があっていいわよね」
「――――そうですね、色々と感じ入るものがあります」

そんな事を言いながら、空を見上げるのは、遠坂とライダー。それぞれ思うことがあるのか、月を見上げ、過去に思いを馳せているかのようだった。
が、そんな雰囲気ぶち壊しの、のんびりとした声が、隣の方から聞こえてくる。さりげなく遠坂もライダーも聞かないようにしているが、騒ぎの原因は――――、

「ちょっと、タイガ! 私の分のお団子、食べちゃダメ!」
「む、いいじゃないのよぅ。一人一本なんて足りないし、桜ちゃんも、分けてくれるわよね」
「だめです。そもそも藤村先生は、いつも食べすぎですし――――あまり我がまま言うと、没収しちゃいますよ?」
「…………」(はむはむ)

大騒ぎするイリヤと藤ねえ。それをなだめる桜と、一人無言で団子を咀嚼するセイバー。
実に皆らしい光景に、俺は知らず知らず笑みをこぼしていた。と、どこか面白く無さそうなイリヤが、庭にサンダルで降りると、くるりと回る。
セイバーに負けす劣らず、浴衣に身を包んだイリヤは、明らかに日本人とは違っていて、だからこそ可愛らしいのだが、その表情は不満そうだった。

「あーあ、退屈ね。ただ月を見るだけなんて、すぐに飽きちゃうわ。ね、シロウ。何か面白い物ないの? 花火とか」
「いや、浴衣を着てるからって、夏祭りじゃないんだぞ、イリヤ。それに、花火なんて今の時期に売ってるわけ――――」
「え、花火? あるわよ」

……あるのかよ。 俺は呆れきった表情で、発言者である藤ねえを見返す。当の藤ねえはというと、イリヤの発言に興味を示したのか、桜との団子交渉はストップされていた。
とはいえ、その手に持ったお皿には――――ちゃっかりと新しい串団子が乗せられていたりするのだけれど。

「……なんであるんだよ? 夏の間に、花火は処分したと思ったけど」
「や、ちょっと前に商店街でセールがあってね、売れ残りの花火が、一袋百円で売ってたから、つい」

奮発して十袋も買っちゃったのだー。と、えっへんと胸を張り、藤ねえは得意そうに言う。
で、そのまま使う機会も無かったため、土蔵に放り込んでおいたらしい。しかし、油断すると何でも土蔵に入れるよな、藤ねえは。
今度、土蔵を漁ったとき、とんでもない物が出そうな気がして、俺はげんなりした表情になった。
そんな俺とは対照的に、キラキラと顔を輝かせたのは、もちろんイリヤである。

「わぁっ、じゃあ、今からやりましょう! いいでしょ、シロウ」
「花火か……うーん」

ワクワクと顔を輝かせるイリヤ。俺はそんなイリヤに返答する前に、考え込む。
個人的に、別に花火は嫌いではないが――――風情を楽しみたいのも確かである。そもそも、遠坂やライダー達はのんびりしたいだろうし。
そんな事を考えていたのだが、思わぬところから、イリヤに助け舟が入ったのはその時だった。

「あら、いいじゃないの。秋にやる花火なんて、乙なものじゃない」
「……風情はどうしたんだ、遠坂」

俺の隣で、先程はしみじみと秋の夜長を楽しんでいた遠坂は、イリヤの提案を楽しそうに承諾したのである。
俺の問いに、遠坂はくすりと笑みを漏らすと――――それはそれは可愛らしく、小首を傾げたのだった。

「風情なら、もうお腹いっぱいね。だいたい、嫌な昔の出来事なんて思い出すくらいなら、今を楽しんだ方が効率的よ」
「――――」

実に、魔術師らしい論理を振りかざす遠坂さん。しかし、その気持ちはなんとなく分かった。
俺を含めて皆、昔よりも今が楽しいのは間違いなかった。過去は確かに大切だが、それよりも、今はこの時間を楽しく過ごしたいと思うのは間違いじゃないだろう。

「そうだな、花火を無駄にするのももったいないし、それじゃあ、やるとしますか」
「やったー!」

俺の言葉に、元気いっぱい両手を上げるイリヤ。遠坂は楽しそうに微笑み、桜とライダーも穏やかな笑みを浮かべる。
藤ねえは、その隙にみんなの団子を奪おうとして――――無言で、セイバーが藤ねえを手をつかんで阻止をしていた。



――――そうして、お月見の会場である庭を使って、秋の夜中に花火大会を開催したのであった。
藤ねえがまとめ買いしたのは、よくいうファミリーパックという奴で、打ち上げ式の奴とかは含まれないタイプだった。
最初、その事に残念そうな顔をしたのは、遠坂だったが、気を取り直し、今は普通に花火を楽しんでいる。

「いくわよ、イリヤちゃん!」
「ふふん、負けないんだから!」

一般的な手持ち花火を使って、どちらが長く火をつけていられるか競っている藤ねえとイリヤ。
――――ちなみに、相手の花火への直接攻撃もOKで、まるでチャンバラのように火の粉が散っている。
もちろん、良い子も悪い子もまねしてはいけないぞー、などと考えながら視線を移すと、そこにはセイバーと桜の姿。
手には、こよりの様な線香花火――――パチパチとはぜる花火に、セイバーが目を丸くする。

「これは、実に面白いですね。このような遊戯があるとは」
「ええ、これって、落ちそう落ちそうって思っても、なかなか落ちないんですよ。ほら、頑張れ、頑張れ!」

セイバーの持った線香花火を一生懸命応援する桜。セイバーも真剣に、線香花火を見つめて、なにやら念じているようである。
と、そんな光景を見ていたのは俺だけではなかった。向こうの縁側では、一人。ライダーが桜たちの様子を楽しそうに眺めていた。
俺は、場所を移動して、ライダーの隣に移る。ライダーは俺に視線を向けるわけでもなく、桜を見つめ続けているようだった。

「ライダーは、参加しないのか?」
「士郎、お気になさらずに。私は私で、参加したくなったら自主的に動きますので」

今は、これで充分です。と笑みを浮かべるライダー。まぁ、花火の楽しみ方も人それぞれである。
自分でやるより、人のやってるのを見て楽しむタイプもいるということかな。俺はそう結論付けて、ライダーから身を離す。
あまりライダーにべったりというのも、色々問題だし――――このままだと俺の遊ぶ分も使われてしまいそうなので、庭に戻って花火を再開する事にした。

「そうだ、ライダー。何かやりたい花火はないか? あるんなら、皆に使われる前に取り置きしておくけど」
「――――そうですね、一つ、興味のある花火はあるのですが」
「どんな花火だ?」

重ねて聞くと、ライダーは、しばし思い返すように首を捻ると、ぽつりと一言。

「へび花火、というものがあると聞いた事があります。一応、名が名なだけに、興味が無いと言えば嘘になりますが」
「……すまん、今日の花火には、それは入ってないんだ」

俺が謝ると、そうですか。とさして残念そうでもないそぶりで、ライダーは桜のほうを見続けていた。
だけど、もし有ったとしても、ライダーにへび花火は似合いそうにもなかった。だって、明らかにイメージと正反対の花火だったからだ。
まぁ、確かにあのヘンテコ花火は、へび花火と証するのが似合ってるのかもしれないけど……ライダーを知る俺には、どうもそれが不満に思えていたりするのだった。

そうして、中庭に戻った俺は、花火で遊んでいた一角に戻る。そこには手付かずの花火が無造作に置かれ、一緒に花火をしていた遠坂が、笑顔で俺を出迎えてくれた。

「お帰り、士郎。どう、みんな楽しんでた?」
「ん、ああ。皆、それなりに楽しんでるみたいだな」

俺の答えに満足そうに頷くと、遠坂は新しい花火に火をつける。プラスチックの幹に、光の穂がさがる。
まるで月の光を反射する薄(すすき)のように、遠坂の手に持ったそれは光り輝いていた。

「こういうのも、いいわよね――――ずっと、こうやって皆で楽しめればいいんだけど」
「そうだな」

俺は新しい花火を手に持つと、遠坂の花火から火を分けてもらう。まるで、遠坂の気持ちを分け与えられたような、そんな暖かい気分。
中秋の名月――――そんな夜中、歓声をあげながら、あるいは静かに、俺達は花火に興じる。

光の薄と、真白の月…………秋の夜長はそうして、穏やかに更けていったのであった。