〜Fate Hollow Early Days〜 

〜☆少年と魔術使い〜



昼下がりの午後、銀杏並木を通り、グラウンドにたどり着く。
夏の熱気も、冬の寒さも感じられない秋分の昼時――――ポーンとは寝るボールに、それを追う子供達の歓声。

「やってるやってる、しかし、本当に元気だよなぁ」

ふと心づいて足を向けた予想通り、そこには、子供達に混じってサッカーに興じるセイバーの姿があった。
白亜のシャツに、群青のジーンズ。こざっぱりとした服装の彼女は、心のそこから楽しそうに、ボールを追い掛け回している。
かすむような昼の日差しの中、彼女の周りだけがまるで、一つの絵画のように鮮明に浮き彫りに見える。
まるで太陽の祝福を全身に浴びるように、彼女はどこまでも笑顔で、はつらつと身体を弾ませていた。

「――――あれ? そういえば子ギルの姿が見えないけど」

何か用事があるのか、セイバーと一緒に遊ぶ子供達の中に、見知った英雄王(小)の姿は見えなかった。
――――まぁ、基本的に気ままな奴だし、きっとどこかでノンビリと釣りでもしているんだろう。
埠頭に佇む灯台の下、青いアロハと赤い釣り人と一緒に釣りに興じる小さな英雄王と……あれ?

「――――なぜに藤ねえ?」

想像していた光景は途中で、渋面のランサー、憮然としたアーチャーの横で、藤ねえと子ギルが魚を釣りまくっている光景に差し換わっていた。
あの二人が組むなんてことは有り得ないだろうけど、実現したらけっこう最強のコンビかもしれないな。
行動力の塊な藤ねえと、魔力(ちから)は他の追随を許さない英雄王――――精神年齢的にも近そうだし、気が合いそうにも思えた。

「……ま、考えても仕方ないか」

あくまで想像というだけだし、あまり深く考える気もなかったので、俺は脳裏の想像を消して、セイバーたちのほうへと改めて視線を向けた。
はっ、ほっ、と軽快なステップで、セイバーは少年たちのマークを掻い潜る。
セイバーの運動神経は、いまさら言うまでも無いけど、どうやらしばらく見ない間に、サッカーのテクニックを習得してしまったようだ。

経験者だろう少年のマークをはずし、ゴール前にパスを上げるかと思えば、一転、姿勢を低くして切り込む。
身体を入れてブロックをする別の少年だが、セイバーは軸足を基点に、まるで闘牛士のように少年の身体を受け流す。
そして、そのまま間髪いれずにシュート! キーパーの少年が手を伸ばし……なんとかそのボールを弾くが、転がったボールにいち早く詰め寄っていたのも――――、

「はっ!」

掛け声とともに、ゴールネットを揺らすボール。少年たちの歓声が上がり、その中心にいるのは、セイバーだった。



「しかし、セイバーがこうやって他人に馴染むってのは……」

その光景……まるで当然のように子供達と談笑し、笑うセイバー。それは、俺が望んでいた願いの一つ。
セイバーに人並みの幸せを与えたいという願いは、かりそめながらも実現していた。今のセイバーは、どう見ても普通の女の子だ。
しかし、それと同時に、多くの人と関わるという事で、セイバーを独占できない一抹の寂しさを感じるのも確かだった。

「ふぅ、駄目だな、俺」
「――――シロウ?」

ため息をついて肩を落とすと、聴きなれた言葉が耳に飛び込んできた。顔を上げると、そこにはセイバーの姿があった。
いつから気がついていたのか、セイバーは俺がここに居ることに然程の疑念も見せず、俺の元へ走ってきたようだ。

「ああ、セイバーか。悪いな、散歩してたらサッカーしているのが見えたんで、見学させてもらってる」
「いえ、それは構いませんが――――調子が悪いのですか? 先程、疲れたように溜息をついていましたが」

よく見ているな――――思わず感心して、俺はセイバーを見る。まっすぐ、俺を見つめる彼女と視線が絡まりあって、しばし沈黙が流れた。
うーん、何だか気恥ずかしい。純粋に俺の事を心配してくれるセイバーにドキドキするのも、おかしな話だと思った。

「そいつ、誰?」
「「!」」

と、見詰め合っていたのは数秒にも満たなかっただろうけど、唐突に不満そうな声を掛けられ、俺とセイバーは慌てて視線をそらした。
逸らした先は同じ方向――――声のした方には、ゲロスと皆に呼ばれている少年が、むすっとした表情で俺とセイバーを見比べていた。
他にも短髪のつんつん頭の少年や、眼鏡を掛けた男の子が、少し離れた場所から興味深げに俺達を――――というより、俺を見ていた。

「あ――――とにかく、俺は平気だから。セイバーも気にしないでほしい」
「そうですか……シロウがそう言うのなら。ですが、無理はしないでくださいね」

苦笑混じりに言う俺の言葉に、セイバーは優しげな笑みを浮かべた後……少年達の方へと歩いていってしまった。
後に残ったのは、俺とゲロス少年の二人。そのゲロス少年はというと、相変わらず険しい表情で俺を睨むように見つめている。

「ん、何か用かい?」
「――――兄ちゃん、ねーちゃんの友達か?」

まっすぐな視線が、じいっ、と俺に注がれる。敵意とかそういったものとは無縁の、俺に対する問い。
俺は、ああ、と頷いて笑う。なんとなく、少年の心境が理解できたのだ。それは、セイバーに対する憧憬と、そんなセイバーと親しげな俺に対する、ちょっとした嫉妬。

「そうだな、セイバーとは良い友達だし、これからも、そうしていたいと思う」
「……そっか」

しばらくの沈黙の後、どう解釈したのか、少年は相変わらずぶっきらぼうな口調で頷くと――――俺に向かって手に持ったボールを放った。
思わず受け止める俺に、少年はむすっとした表情で呟く。

「兄ちゃん、さっきから俺達の事、見てただろ? 人数は多い方がいいし、一緒にやろうぜ」
「――――いいのか?」
「ああ。ねーちゃんの友達なら、サッカーも、うまいんだろ?」

……まぁ、昔はこの公園でよくサッカー遊びとかをやったんだけど……セイバーの友人なら、サッカーがうまい筈って、どういう理屈だろうか?
ともかく、誘われたのを断わる理由もない。セイバーもいることだし、たまには子供心に帰って遊ぶのも悪くないだろう。

「おーい、ゲロス! 何してんだよ、ボール!」
「――――ああ、分かってるよ! ほら、行こうぜ、兄ちゃん」

グラウンドから、少年たちの呼び声が聞こえる。それに少年が応じ、傍らの俺を促した。
俺は一つ頷くと、リフティングの要領で、ボールを宙に浮かせる。足元が傾斜した土手よりは、宙に浮いたボールのほうが蹴りやすい。
その光景を遠目に見たセイバーが、ちょっと驚いた表情を浮かべているのが、なんとなく分かった。

「シロウ?」
「行くぞ、セイバー!」

聞き足を振り、ボールを蹴り飛ばす。俺の手から離れた玉は、一直線にセイバーの元へと飛んでいったのだった。
グラウンドに、子供たちの歓声が響く。何の変哲もない昼下がり、たまにはこういうのも良いなと、セイバーとともにサッカー遊びに興じながら、そう思ったのだった。