〜Fate Hollow Early Days〜 

〜☆きのこのこのこ〜



――――自室に戻ると、何故か先程よりも物が増えているように感じられる。
部屋の中央に無造作に置かれた段ボール箱、それを設置した犯人は、視界の隅からこそこそと部屋を逃げようとしている。

「ちょっとまて、今度は何を不法投棄したんだ? 藤ねえ」
「不法投棄、って、人聞き悪いわねー……ちゃんと、士郎が片付けやすいように、目立つところに置いてあるだけじゃないの」
「…………」

ちなみに、ここは俺の部屋である。先刻、どうにも部屋が散らかってきたなと思い、詰め込まれた荷物の大半を土蔵に移してきたばかりなのだった。
で、繰り返すようだが――――部屋に置かれた荷物は、先程片付けた荷物よりも、さらに多くなっているのだ。
そんな状況で、にこやかに出来るのは……余程の掃除好きか、聖人君子だろう。

「だから、俺の部屋に置くなって言ってるだろ。土蔵だって物が溢れそうだし、これで部屋まで物置になったら、俺の住む場所がなくなる」
「む、そうは言ってもしょうがないじゃない。最近は、遠坂さん達が部屋をどんどん使ってるから、置く場所も減ってきたんだから」

ちなみに、客間の半数以上は、藤ねえの収集品――――ガラクタ置き場になっているのが現状だ。
屋敷の掃除係としては、一回は大掃除なるものをしたいのだが――――皆の都合がつかないため、延び延びになってるのが現状だった。
ともかく、今度はいったい何を持ってきたのか、確かめておく方がいいだろう。

「とりあえず、中を検めさせてもらうからな。ゴミにしかならないなら、捨てることにする」
「いいわよ。そんじゃ、後はよろしくね〜」
「って、こら、数が多いんだし、藤ねえも手伝って――――って、駄目か」

言うが早いか、藤ねえは、あっという間に部屋から逃げ出してしまった。まぁ、どのみち後で顔を合わせる事もあるだろうし、文句はその時言えばいいだろう。
俺はため息をつき、兎にも角にもダンボールを開けてみる事にした。梱包されたダンボールを開けて、中を覗き込む。すると、そこには――――、

「これって、キノコの苗床か? 何か、通信販売とかでやってるのを、見たことあるような気がするけど」

ダンボールの中には、木の丸太が置かれ、その表面に、キノコがぽつぽつと群生していた。
しかし、開けてみたから良いものの……放っておいたら、どうなっているか分からない代物だよな。
ある日、ダンボールを開けたら、中にキノコがびっしり生えていたなんて、精神衛生上にも問題があるだろうし。

「どれどれ……? ちょうど、食べれそうなのが幾つかあるみたいだけど」

キノコを手にとってみる。瑞々しいそれは、調理さえしっかりすれば、ちゃんと食べれるんじゃないかと思う。
保存方法はよく分からないし、ここは一つ、食べ頃なのは、今日の昼食にまわす事にしよう。そんなことを考えていると、ふすまの向こうから声が聞こえてきた。

「先輩、ちょっとよろしいですか?」
「ん、桜か。入ってきて構わないぞ」

返事をすると、桜が「失礼します」と部屋に入ってきて――――俺の部屋のあまりの惨状を見て、絶句した。
そうして、ほんの数秒の考察の後、考え込むような仕草から、桜は顔を上げると…………そのものズバリ、原因を言い当てたのだった。

「ひょっとして、また、藤村先生ですか?」
「ご名答――――桜も藤ねえに会ったのか?」

問いかけてみるが、桜は首を振ると――――どこか苦笑いを浮かべながら、小さく肩をすくめた。

「先輩の部屋は、いつも片付いてますから――――藤村先生が、物を置くとき以外は。ですけど」
「ああ、俺としては整理整頓してあった方が、気が楽なんだが」

しかし、我らがタイガーは、どうやら何も無いのは気に入らないらしい。俺の部屋に物を置くのは、にぎやかしの意味も兼ねていそうだった。
ただ、無作為に物を置かれるのは、やはり困る。せめて、もうすこし調度品らしきものを持ってきてくれれば……こちらとしても、やりようはあるのだけれど。

「それはそうと、桜は何でここに? いや、いつでも歓迎はするんだけど」
「はい、そろそろ昼食の準備をしようかと思うんですけど……先輩は、どうするんですか?」

休日は、特に用事がないときは、俺と桜のどちらかが昼食の準備をするのが専らである。
桜の問いから察するに、一緒に昼食の支度をしようと、誘いに来たらしかった。

「ちょうどよかった。この前、藤ねえが柿を山ほど持ってきただろ? 今日は、柿じゃなくてキノコだけど……また、山盛りにあるから、今日はこれをメインに使うとしよう」
「キノコ、ですか……いいですね。色々と、工夫しがいがありそうですし」

秋の味覚を目の前に、桜の顔が輝く。俺の隣でキノコを手に取ると、うーん、と考えを巡らせだした。

「卵を混ぜてあんかけ風にして、キノコ丼にするのと――――あとは、御吸物に、お刺身や、七輪で焼いたり……そんなところでしょうか?」
「いや、土瓶蒸しを忘れちゃいけない。風味を味わうなら、やっぱり欠かせないからな」

改めて考えると、柿のときとは違い、けっこう多彩なラインナップになりそうだった。
キノコって、意外にどんな料理にも使えるからな――――汎用性のある食材に、腕の振りがいがありそうだ。

「よし、それじゃあ使えるキノコはどんどん台所に持っていくとしようか。桜、スーパーの袋でいいから、キノコを詰めれそうなやつを見繕ってきてくれ」
「はい、ちょっとお待ちくださいね、先輩」

俺の申し出に桜は頷くと、袋を取りに部屋から出て行ってしまった。さて、桜が戻ってくる前に、残りのダンボール箱もあけて、中身を確認しておくとしよう。
俺はガサゴソと、ダンボール箱を開けて、中を漁っていく。多種多様なキノコのうち、椎茸や松茸など、見知ったキノコを選んでより分ける作業をしながら、最後のダンボールを開ける――――、

「?」

そのダンボール箱の中には、なぜか縫い包みが入っていた。ダンボール一つを隙間なく占拠しているヌイグルミ……いや、まてよ?
俺は、顔を近づけて、しげしげと眺めてみる。それはよくよく見ると、まだら模様のキノコ、に見えなくもない。

「――――食べれるのか、これ?」

思わず呟くと、なぜか、それと目が合った。なんとなく、嫌な汗が流れる。
ひょっとして俺は、とんでもない生物と遭遇したのかも知れない。ともかく、このままじゃ危険だと、本能が告げている。

「先輩、どうしたんですか?」
「!?」

反射的、だった。背後から掛けられた桜の声に、俺は思わず、力いっぱいダンボールの蓋を閉めていた。
自分じゃ動けなかったので、桜の声が引き金になったのは、行幸といえるのかもしれない。

「――――」
「え、どうしたんですか、ガムテープなんて持ち出して……?」

戸惑う桜に説明するのも、もどかしく――――俺はガムテープでダンボール箱をグルグル巻きにすると、二度とそれが出てこないように封をした。
まったく、いくらなんでも……あのキノコは食える代物じゃないからな。

「?」
「ああ、何でもないんだ。ちょっと食べれるものじゃなかったからな。間違えて開けないようにしたんだよ」

戸惑う桜に説明すると、そうですか。と桜は納得したように頷いて、それ以上の言及は控えてくれた。
――――とにかく、アレは後で燃えるごみにでも出すとしよう。

「それじゃあ、始めるとするか。桜もよさそうなのを選んで摘み取ってくれ」
「はい、分かりました」

気を取り直し、俺と桜はキノコを袋に入れて、台所に持っていくことにした。
今日はいつもより風変わりな、ちょっと豪勢な昼食になりそうである。セイバー達が驚くくらい、すごい料理を作るとしよう――――。