〜Fate Hollow Early Days〜
〜☆垣根の内の落ち葉炊き〜
お昼過ぎ、特にやる事も無かったので、屋敷内をふらふらと歩いていると、ふと庭に目が行った。
秋の紅葉、季節の変わり目に、早めの落ち葉が庭に散乱している。う〜ん、別に神経質になるほどじゃないけど、せっかくだから掃除してしまおうか?
掃除用具の置き場から、竹箒を取り出すと、俺は庭に出て落ち葉をさっさっと掃きだす。
「あれ、何やってるの? シロウ」
と、縁側からイリヤが、物珍しそうに俺の方を眺めてきた。俺は掃除の手を止めて、イリヤに答える。
「ああ、庭がちょっと散らかってきたからな。早めに掃除しようと思ったんだ」
「ふぅん、私は、こういう庭はけっこう好きなんだけどな――――色々と風情があって」
などと、にこやかに言いながら、縁側に備えてある、サンダルを履いて、イリヤは庭に下りてくる。
イリヤの住むアインツベルン城の庭に比べると、明らかに劣ると思うが、イリヤは楽しそうに周囲を見渡していた。
「春の桜、夏の向日葵、秋の紅葉、冬の雪――――……一年なんて、あっという間ね」
「そっか、イリヤと出会って、もうそんなに経つのか」
不意に、雪の中を舞うように踊る、イリヤの姿を思い出す。どこかその光景は鮮明で、物悲しかった。
ひとつ、息を吐いて気を取り直す。今は、悲しみに浸るときではないだろう。目の前には、ちゃんと彼女が居るのだから。
「ね、シロウ。私も一緒に、お掃除していい?」
「イリヤが、か? 別に、大して面白い事じゃないし、疲れるだけだぞ?」
「いいのよ、私がやりたいって思ったことだもの。自主的にやる事は、どんな事だって楽しいんだから」
そういって、嬉しそうに微笑むイリヤ。断わるのも悪いと思い、俺は一度屋敷に入ると、竹箒をもう一本もってイリヤに手渡した。
「〜〜〜〜♪」
さっそく、張り切って落ち葉を掃き始めるイリヤ。うーん、本当は効率よくやるなら、少し離れて掃除するのが一番なんだけど……。
楽しそうなイリヤを見ていたいという気持ちが、俺をその場に繋ぎとめていた。まぁ、急いでやる必要も無いものだし、構わないだろう。
「おや、シロウにイリヤスフィール……何をしているのですか?」
と、物音を聞きつけたのか、たまたま足が向いたのか――――セイバーがひょっこりと、庭に姿を現したのは、その時だった。
俺とイリヤは、掃除の手を止めると、セイバーに向き直る。俺が口を開くよりも早く、イリヤがセイバーに対して言葉を発した。
「シロウと一緒に、お掃除していたの。セイバーも、参加してみる?」
「――――そうですね。特にこれといった用事はありませんし……よろしいですか、シロウ?」
「あ、ああ。別にそれは構わないけど」
俺の言葉に、そうですか、と頷くと、セイバーは屋敷の中に入り、しばらくしてホウキとチリトリを持って、庭に出てきた。
そうして、落ち葉が多く残っている場所に陣取ると、さっさと落ち葉を集めだしたのだった。
「さ、私達も始めましょ。ちゃんと続きをしないとね」
「ああ、それにしても……あっという間に三人になったな。さっきまで、一人で掃除してたのに」
遠目にセイバーを見ながら呟く俺に、イリヤは楽しそうに、手に持った竹箒を弄びながら満面の笑みを浮かべる。
その表情は偽りのかけらも無く、彼女は心底、庭掃除を楽しんでいるようだった。
「三人じゃ、まだまだよ。どうせなら……サクラやリンも、タイガやライダーも一緒ならもっと良いのに」
「そうか? まぁ、人手が多いに越した事は無いけど」
さすがに全員集合ともなると、逆に窮屈になるかもしれないとも思う。そんな事を考えた俺だったが……しばらくして、イリヤの言葉は真実となった。
「あれ? 皆して一緒に、何をやってるの?」
物を置いてきたのか、それとも物を漁っていたのか、土蔵から出てきた藤ねえが、面白半分で参加したのをきっかけに――――、
遠坂や桜……ライダーと、残りの面子もまるで引き寄せられるように、庭に出てきたのだった。
そんなわけで、普段なら一人寂しくする庭掃除は一転――――我が家の家人が総出での、大掃除となったのだった。
「リン、こちらは終わりました。回収をお願いします」
「おっけー、ちょっと待ってなさい。桜、袋にはまだ余裕はある?」
セイバーが竹箒で集めた落ち葉を、遠坂が回収しつつ、桜に問いただす。回収した落ち葉を袋に詰めていた桜は、遠坂の問いに首をひねった。
「袋は、まだまだありますけど……リヤカーに、ちょっと乗り切らないかもしれませんね。ライダー、重くない?」
「大丈夫です。細かい作業ならともかく、力仕事でしたら得意の範疇ですので」
落ち葉を集めた袋を、リヤカーに乗せて運んでいるのは、ライダーただ一人。最初は俺も手伝おうとしたが、なぜか皆の猛反対にあったのだった。
理由はよく分からないが、桜曰く――――近づきすぎ、とのことらしい。
そんなわけで、俺はイリヤと一緒に、せっせと落ち葉の掃き掃除を続行する事にしたのだった。
そして、それから小一時間ほど経って――――リヤカーに一杯に積みあがったゴミ袋の山の前で、庭掃除は終了と相成った。
さて、本当なら買い置きの薩摩芋を使って、焼き芋でもしようかと思ったけど……人数が多いため、数が足りるかどうか不安だった。
といっても、ただ焚き火をするだけじゃ味気ないし――――いったい、どうしたもんかな?
「ところで――――この集めた落ち葉は、どうするのですか?」
「そうね〜、燃えるゴミに出すにしても、量が量だし――――そうだ、せっかくだから焚き火でもしましょうか?」
あれこれ考えている俺の隣で、セイバーの問いに藤ねえが答えている。明らかに、俺と似たようなことを考えてそうな藤ねえに一言、
「やるにしても、これだけの量はまずいんじゃないか? あと、焼き芋をつくろうって思うんなら、家にある分じゃ全員に行き渡らないぞ」
「え? なんで考えてる事、分かったの? 士郎ってSPY?」
藤ねえが、心底驚いたという表情をする。う〜ん、長い付き合いといっても、以心伝心するというのは何となく妙な気分だ。
と、藤ねえと俺の会話に聞き耳を立てていたセイバーが、興味深げに身を乗り出してきた。
「あの、焼き芋というのは何なのですか? 焚き火というのは理解できますが」
「そっか、セイバーちゃんは、焼き芋を知らないんだっけ? よし、ここは一つ、皆で焼き芋パーティでもしましょうか?」
「あ、いいですね――――じゃあ、アルミホイルとかの準備をしておきますね」
と、藤ねえの提案に、真っ先に賛同の意を示したのは桜である。焼き芋とか、スイーツは桜の好物だし、足取りも軽く屋敷に戻っていった。
遠坂はというと、やれやれ、といった風な顔。積極的賛成というわけではないが、否定派でもないらしい。
で、残りの二人はというと――――、
「「?」」
セイバーと一緒で、焼き芋、というのを理解していないのか、イリヤもライダーも、疑問符を顔に浮かべていた。
そんな中、行動派な藤ねえが、早速、リヤカーに詰まれたゴミ袋を地面に下ろし始めていた。
「あ、そうそう。士郎はひとっ走り商店街まで行って、サツマイモを20個くらい買ってきなさい」
「――――まて、いきなり無茶を言うなよな。小さいのったってサツマイモは結構かさばるし、一人いくつで計算してんだよ」
いきなりの物言いに、憤慨する俺。しかし、藤ねえはというと、きょとんとした表情で、俺を見返しただけである。
「え? だって、私だって五つは食べるのに、セイバーと桜ちゃんよ? 士郎、普通の感覚でものを考えちゃ駄目だってば」
「う…………それは確かに、そうかもしれないけど」
だけど、さすがに二十個は多すぎるんじゃないかな――――と、不平を漏らす俺。と、
「士郎、買い物でしたら、私が随伴します。自転車を使えば、それほど手間はかからないでしょう」
「ライダー……? そっか、ライダーが手伝ってくれるなら、そんなに大変にはならないだろうな」
自転車のかごに目いっぱい詰め込めば、一人当たり十個なら何とかいけそうである。
そんなわけで、俺はライダーと一緒に商店街に買い物に出かけることになった。自転車を押しながら庭のほうを今一度見ると、遠坂の指揮で作業が進められているのが見えた。
藤ねえはというと、セイバーやイリヤと一緒に落ち葉を運んでいる。どうやらあっさりと、指揮権を遠坂に乗っ取られたらしい。
「ね、遠坂さん、落ち葉はこの位でいいの?」
「ええ、一箇所に集めすぎるのも駄目だし、必要なら後で継ぎ足せば良いですから。イリヤとセイバーの方も、順調みたいですね」
…………ま、普段なら何事も、そつなくこなす遠坂だし、ここは任せて良いだろう。
俺たちは俺たちで、一刻も早く、買い物を終わらせて戻ってくるのが一番だし、見ていないでそろそろ出かけるとしよう。
「それじゃ、行くとするか、ライダー」
「はい、短い旅程ですが、楽しく行くとしましょうか」
冗談めかした口調で、そんなことを言うライダー。そっか、何のかんので、ライダーとツーリングするのはこれが初めてか。
そう考えると、どことなくウキウキしないでもないけど――――目的が買い物っていうのも、俺達らしいと言えるのかもしれない。
自転車にまたがり、ペダルを漕ぎ出す――――すぐに隣に並ぶライダーと視線が合い……互いに笑みを浮かべ、商店街への道を走りだしたのだった。
秋の黄昏空に、二つの煙がゆっくりと立ち上る。庭の一角に、落ち葉を積み上げた焚き火が二つ。
さすがに焚き火一つじゃ、山のような落ち葉を処理できないので、二つに焚き火を分けての焼き芋バーティだった。
ちなみに、それぞれの焚き火の番は、俺と桜。普段から台所で料理しているので、今回の焼き芋も、それぞれが総責任者に抜擢されたのである。
「焼っけたかな♪ 焼っけたかな♪ あまあま、虹色、サツマイモ〜」
「駄目ですよ、藤村先生」
「あいたっ」
焚き火に手を伸ばす藤ねえの手を、桜がぺしっと叩く。普段なら物怖じする桜だが、今は責任感のせいか、部長モードになっているようだ。
「ううう、なにするのよぅ、桜ちゃんってば」
「まだまだ、焼けてませんよ。焼き芋はもっと長く焼かないと、甘くなりませんから」
真面目な顔で藤ねえに駄目だしする桜。藤ねえはというと、ぐ、と桜に気おされるように後ずさる。
形勢不利と見て取ったのか、藤ねえは隣にいたライダーに、助けを求めるような視線を向ける。
「いいじゃないの、ちょっとくらい味見したって。ライダーさんもそう思うでしょ?」
「え、わ、私ですか?」
急に話を振られ、ライダーは困ったような顔をする。そんなライダーに、桜は笑顔で一言。
「――――ライダーは、つまみ食いなんてしないわよね?」
「ひっ……! も、もちろんですっ!」
なにやら、桜の笑顔にただならぬ怖さを感じたのか、ぶるぶる震えるライダー。
――――と、こんな風に……向こうの焚き火では、平穏に焼き芋作りは進んでいるようであった。
さて、所変わって俺のほうも、ある程度は焼けてきたのか、向こうと同じように、焼き芋の香りが周囲に漂いだした。
「ふぅん、いい香りね、これが焼き芋なの?」
「ああ、もうちょっとで焼けると思うから、ちょっと待っててな」
興味津々のイリヤに言うと、俺はくすぶっている焚き火に落ち葉を被せる。乾燥しているそれは、すぐに火を発し――――しかし、薩摩芋には届かない。
薩摩芋は、焚き火の下、いまだ熱を持った灰の中に埋まっている。実際、それは焼き芋というより、蒸し芋に近い。
石焼芋とかのトラックでも、実際に芋を焼いているかというと、そうでもなく……、熱した石で芋を調理しているのが正しいのだとか。
そうして、しばらくして――――俺は火のおさまった灰の中から一つ二つ、とアルミホイルで包まれた芋を取り出す。
十分に熱されたそれは、ホイルを剥くと、ほこほこと湯気を立て、甘い香りが惜しげもなく辺りに漂った。
「はい、熱いから注意してな」
「うん、このまま食べていいのね――――……わぁ、おいしいっ!」
焼き芋を一口かじるなり、イリヤはキラキラと目を輝かせる。隣では、セイバーが無言で焼き芋を口にし、コクコクと頷いていた。
順繰りに灰の中から焼き芋を掘り出しては、皆に手渡す。俺から熱々の焼き芋を受け取った遠坂は、ご満悦といった表情で微笑を浮かべた。
「ま、たまにはこういうのも良いものよね。あ、イリヤ、焼き芋は皮ごと食べときなさい」
「え〜……なんだか、皮はあんまり美味しくないんだけど」
「そこが良いんじゃないの。口直しには最適だし――――……セイバーやライダーには必要ないかもしれないけど、私達には必須なんだから」
よく分からない事を言う遠坂に、イリヤは小首を傾げたが――――従っておいて損はないと考えたのか、皮ごと焼き芋を食べだした。
三者三様で、焼き芋をかじる女性陣。向こうでも焼きあがったのか、藤ねえもライダーも、もちろん桜も、楽しそうに談笑しながら焼き芋を食べていた。
俺も、自分の分の焼き芋を取り出して、アルミホイルを剥いてかぶりつく。熱々の芋と、甘い香りが口中に広がった。
「本当に、美味しい――――こんなに美味しいの、初めて食べたかもしれないわ」
どこか寂しさすら感じるほどに、幸せそうに微笑むイリヤ。確かに……こういう団欒を味わう事は、そうそうないだろう。
普段よりも美味しく感じる料理は、皆がいてこそなのかもしれない。だとすれば、思いつきで始まったこの話も、無駄なことじゃなかったんだろう。
「そっか、だったら、やって良かったな」
「うん! あ、シロウ、もう一つくれる?」
「はいはい」
早々と食べ終わったイリヤに急っつかれ、俺は焚き火から次の芋を掻き出す。と、横にいたセイバーが、おずおずと声をかけてきた。
「あの、シロウ――――私にも、もう一つ……」
見ると、セイバーの手には既に焼き芋はない。食欲旺盛な彼女らは、芋一つじゃ満足できないようだ。
セイバーの隣に視線を移す。遠坂はというと、焼き芋は食べ終わったようだが、次のを頼むかどうか悩んでいるようだ。
さすがに、自らの体重の事になると、即断即決派の彼女でも悩むらしい。と、そんな遠坂と目が合った。
「何よ、なにか言いたそうね?」
「――――……いいや、別に。遠坂も、食べるんだよな」
「ぐ…………ええ、そうするわよ。せっかくの料理だもの。残したら罰が当たるわ」
ふん、と悔しそうにそっぽを向く遠坂に苦笑し、俺はセイバーと遠坂の分を取り出して、二人に取り出す。
待ちわびた顔と、怒り顔。そんな二つの顔も、新しい焼き芋を手に取ると、不思議と笑顔になった。
そんなこんなで、日は暮れていく。世界は黄昏と夕焼けに包まれる、平穏としか言い表せないひと時。
火には良い思い出のない俺だったが、今日、このときの焚き火の記憶は――――大切な思い出として心の隅に残ったのだった。