〜Fate Hollow Early Days〜 

〜☆間桐兄妹の恋愛事情〜



昼休み、購買へ行こうと廊下を歩いていると、桜と慎二がなにやら話しているところに出くわした。
普段は学校ではあまり見かけない取り合わせ。桜が慎二の元を訪れる事はそうそう無いので、慎二が桜のもとに出向いたのだろうか。

「そういうわけだから、今日は別に家に帰ってこなくていいよ。といっても、お前はどうせ、衛宮の家にしけこむんだろうけどな」
「――――兄さん、人前でそういう言い方をしないでください」

なにやら、穏やかじゃない雰囲気だ。慎二が桜に絡んでいるようにも見えるが――――傍観を決め込むわけにはいかないな。
桜は家族も同然だし、最近は鳴りを潜めたものの、慎二と桜の間には、時折、嫌な空気が漂う事がある。
ただ、俺が出て行くことで緩衝材になるかどうか心配だが――――逆に、さらに場の空気を悪くしてしまうかもしれない。

「二人とも、何をやってるんだ?」

けど、このまま手をこまねいているのも良くないと思い、俺は会話をする二人に声を掛けた。

「あ、先輩」
「何だ、衛宮じゃないか。これから昼食なのか?」

と、桜はホッとした表情で、慎二は上機嫌に俺を出迎える。どうやら、場の空気は和んでくれたようだ。
想像していたような、喧嘩話というわけじゃ無さそうだ…………しかし、そうするとさっきのは何だったんだろう。

「ああ、購買に行くところ。それはそうと、さっきの話の節々が聞こえたんだけど……なんか、俺の家の事、言ってなかったか?」
「あの、それは――――」
「それは、今日の桜の泊まる場所について話してたんだよ。何日かに一度、家に帰ってくるのはいいけど、今日は帰ってこられると拙いからね」

だから、衛宮の家に止まるように言ってたのさ。本人も乗り気だし――――と、慎二は薄く笑いながら言う。
桜を見ると、慎二の物言いが恥ずかしかったのか、無言でうつむいてしまっている。しかし、家に帰ってこいって言うなら兎も角、帰ってくるなって……何かあるな。

「で、桜を追い出して、何をしようって言うんだ?」
「ん? いやなに、最近コンパで知り合った女の子を招待するだけさ。せっかくの機会だし、二人っきりになりたいと思ってね」

相変わらず、何気に女性にもてている慎二は、平然とそんな事を言う。どうやら、今回が初めてってわけでも無さそうだけど――――。
ま、慎二の恋愛に俺が口を出す理由はないか。それに……桜が泊まってくれるのは、料理のレパートリーが増えて大歓迎だし。

「二人っきりで何をするかは、敢えて聞かないけど――――桜に迷惑を掛けない程度にしておけよ」
「はいはい、分かってるって――――しかし、衛宮も桜の事になると口うるさくなるよな」

呆れたような、慎二の顔。だけど、別におかしくないだろ? 桜は家族同然だし、大事な後輩なのだから。

「やっぱ、衛宮って桜にも気があるのか? 遠坂と付き合ってるのに、お盛んだね」
「兄さんっ! 私と先輩はそういう関係じゃないって、あれほど言ってるじゃないですかっ」

と、黙って俯いていた桜が、語気も荒く、慎二に食って掛った。おお、何と言うか……珍しい光景だ。
しかし、慎二の方はというと――――桜を正面から見据えると、心底呆れきった表情で、肩をすくめたのだった。

「は、なに言ってるんだか。遠坂は卒業したら外国に行くんだろ? だったら衛宮に接近するチャンスだろうに」
「――――……それは、でも」
「そんな風にウジウジと考えてると、横合いからトンビに油揚げを掻っ攫われると思うけどなぁ」

慎二の言葉に、桜は思い当たる節でもあるのか、深刻な表情で考え込んでしまった。
これ幸いにと、慎二は言葉を続ける。

「衛宮と恋人になれば、四六時中、一緒に居られるんだぞ? 朝、おはようの挨拶とか」

いや、それは時々やってもらってるし。

「一緒に手をつないで買い物に行ったり、料理とかも一緒に作ったりして――――」

それも、時々やってる。いや、さすがに手を繋ぐというのは、気恥ずかしくて、した事は無いんだが。
桜はというと、慎二の言葉にどこか遠くを見るような目になってきた。どうも、桜の脳内で慎二の言葉のシーンが展開されているらしい。
その様子に気をよくしたのか、慎二は調子に乗って、ペラペラと言葉を連ねて並べ立てる。だが、

「まぁ、そうすると遠坂の役どころは、留学しつつ、時折り帰りながら、未だに衛宮に気があるそぶりをするってとこだけど――――」
「――――!? そんなこと許しませんっ、断固、阻止です!」

不意に、桜が大きな声で、慎二の言葉を叩き潰すかのように叫んだ。いきなりの事に、周囲の生徒が何事かと注目する。
かくいう俺と慎二も、桜のいきなりの発言に、驚いた表情で桜を見つめた。桜はというと、注目されているのに気づいたのだろう。
はっ、と自分のとった行動に気がついて、急に恥ずかしそうに俯いたのだった。

「ぁ――――わ、私ったら何を…………ごめんなさいっ、先輩!」

心底恥ずかしそうに言うと、桜はたたた……と、廊下を走っていってしまった。
その原因を作った慎二はというと、特に気にした様子も無く、涼しげな顔である。

「まったく、何やってんだか……とにかく衛宮、桜を気に掛けるんなら、ちゃんと相手してやれよ」
「いや、慎二に言われるまでも無いけど――――いったいどういう風の吹き回しだ? 桜を後押しするような発言をするなんて」

しばらく前、慎二は桜が俺に近づくのを嫌っている節があった。それでもここ最近は、しぶしぶながら容認するそぶりを見せてはいたのだが――――、
だからといって、いきなり俺と桜のカップル論に飛躍するのは、少々きな臭い気がする。

「だって、衛宮と桜がくっつけば、必然的に遠坂がフリーになるだろ? だとしたら、僕にもチャンスが巡ってくるかもしれない」
「――――そんな魂胆か。いくらなんでも、都合が良すぎる考えだと思うけど」
「……まぁね。遠坂にはあまり好かれてないみたいだし、そこまで期待してないさ。ただ、どうも最近の桜は歯がゆくてね」

フッ、と笑いながら目を細める慎二。その表情は、明らかに桜のことを小馬鹿にしている表情だった。
とはいえ、常日頃から誰彼構わずにそういった表情をしているので、今更注意してどうにかなるわけじゃないんだが。

「恋愛に関しては、桜は素人だからね。仕方なしに手伝ってやろうと思ったんだよ」
「……そうだったよな。基本的に……優越感を抱く相手にしか、親切に出来ないもんなぁ、お前って」

慎二の場合、対象が格上の場合、無条件で敵意を見せるけど――――意外にこれで、後輩とか格下の相手には優しい所があるのだ。
――――まぁ、格下といっても、優しくするのは決まって女性に限ってるんだけど。

「でも、もし俺と桜がくっついたりしたら、その時はどうするんだ?」
「――――決まってるだろ、僕を差し置いて、桜(あいつ)だけ幸せになるなんて、不公平じゃないか。全力で邪魔してやるよ」

……うぁ、なんて歪んだ愛情だ。俺は呆れきった顔をするが、慎二はさして気にしたそぶりはない。
もともと、人の言う事を聞かないタイプだからな。そのせいで、トラブルも絶えないんだけど。

「それじゃあ、僕も行くよ。早めに学校を切り上げて、色々と準備をしなきゃいけないからね」

などと言いながら、軽快にスキップを踏みつつ慎二は廊下の向こうに歩いていく。あの様子だと、午後の授業をサボるつもりなのだろう。
知り合いが居なくなり、いつもどおりの喧騒が廊下に戻ってくる。そんな中で、俺は廊下の隅っこに立ちながら、ポツリと呟きを漏らした。

「――――まいったな」

ため息混じりの呟きは、桜に向けたものか、慎二に向けたものか……俺自身、よく分からないものであった。