〜Fate Hollow Early Days〜 

〜☆陸上部の朝練風景・氷室女史の憂鬱〜



朝食の片付けを終えて、学校へ向かう。今日は洗い物が少なかったせいか、いつもよりも早く登校できそうだった。
特にやる事もないし、弓道場にでもよってみるかな……美綴か桜あたりが寛いでいるかもしれないし。
そうと決まれば、急ぐとするかな――――俺は歩調を速めると、足早に学校への道のりを急いだのだった。

「おらー! たらたら走るなー! あと三週だ! 死ね死ね走れ、野郎どもー!」
「?」

校門をくぐり、ふと足を止める。グラウンドでは、陸上部の連中が朝練を行っていた。
相変わらず、必死の形相の一年坊を、蒔寺が発破を掛けながら追い掛け回している、その様は羊と牧用犬――――というか、逃げ惑う小ヤギと黒豹だな。
色々と、問題がないような気もしないでもないが――――まぁ、部員達が納得しているなら、俺の出る幕ではないだろう。

「……おや?」

グラウンドを見渡すと、他の部員に混じって休息をしている氷室の姿が見えた。
時間的に、そろそろ切り上げ時なのだろう。それぞれめいめいに、休息をとる者、校舎に戻る者と別れる中、氷室はどこか元気がなさそうに見えた。
俺のでしゃばる幕では無いかもしれないが、気になってしまったものは仕方が無い。一応、声を掛けてみようか。

「や、おはよう」
「――――ああ、誰かと思ったら、衛宮某か。何か用事でもあるのか?」

声を掛けると、一瞬遅れて俺に反応する氷室――――やっぱり、どこか元気がなさそうに見えた。
怪我している、というわけでは無さそうだった。とすれば、メンタル面の問題だろうけど――――……一応、聞くだけ聞いてみるか。

「いや、なんか元気ないみたいだから、どうしたのかなって思ったんだけど」
「ふむ……そう見えるのか。だとしたら、私も相当重症のようだな」

自嘲気味に唇をゆがめる氷室女史。本人にも自覚があるのか…………いったい、何があったんだろうか。

「なぁ、いったい何があったんだ? 俺でよければ、相談に乗るぞ」
「相談といってもな――――そもそも、今は、君と私は敵同士のはずだが」

しばらく前、商店街の公園で氷室の機嫌を損ねてから、氷室は俺とは冷戦状態に突入すると宣言していた。
といっても、実際はこうやって面と向かって話したり、時には談笑もするので、冷戦というのも忘れがちになるくらいだったけど。

「別に……氷室が俺を嫌ってても、構わないさ。俺が、氷室の役に立ちたいと思ってるだけなんだから」
「――――は。どうしようもないお人よしだな、君は」

俺の返答に氷室は冷笑する。とはいえ、彼女としては機嫌を少し直したのか、表情に生気が戻ってきたように見えた。
俺としては、無理強いする事も出来ないので、氷室の言葉を待つ事にする。氷室はそんな俺を見つめると、苦笑を浮かべて肩をすくめた。

「まぁ、別段、話してどうこうなる問題でもないが……ここ最近、練習に身が入らなくてね。それというのも最近、妙に注目を浴びるようになったためだが」
「注目? 氷室の練習を、誰かが見ているって事か?」
「ああ、それも、まっとうなものではない。いわゆる盗撮の類のようだな。時に衛宮――――君は、女性の胸をどう思う?」
「は!?」

いきなりすぎる、ぶしつけな質問に、俺は思わず、氷室の胸元に視線を向けてしまった。
氷室は俺のリアクションを見て、溜息を漏らす。なにやら失望させてしまったのかもしれない。

「まぁ、胸の大きい女性が好きという衛宮の嗜好はさておき、練習中に覗かれているせいか、妙に記録が伸び悩んでね。私としても悩んでいるのだよ」
「いや、別に大きいのだけが、好きってわけでもないんだが――――ともかく、氷室の悩みは分かった」

誰だって、覗かれているとなれば良い気分はしないだろう。ここは一つ、氷室を助ける必要がありそうだった。

「それで……今も覗かれているのか?」
「いや、どうも私の場合……視線を感じるのは、高飛びの練習中に限られているのだ。理由は何となく察する事ができるが」

なるほど、じゃあ、勝負は放課後って所だろう。視線を感じるくらいだから、遠隔のカメラとかじゃなく、自らが隠れて覗き見ているという事か。
グラウンド周辺を散策し、怪しい奴を捕まえるくらいなら、何とかなりそうだった。

「分かった。それじゃあ、その覗きというのは俺が何とかするよ。氷室は気にせず、練習に励んでくれ」
「――――そうか、すまないな。一人で解決するよりは、衛宮(キミ)に頼った方が良いか――――意外に頼りになる男だしな」

そう言うと、薄く笑みを浮かべる氷室。皮肉られているのか、それとも本心からの言葉かは判別できない。
ともかく、やるからにはちゃんと解決しないとな――――そんな事を考えながら、俺は氷室と分かれ校舎へ向かう。

…………さて、陸上部の練習を見ていたら、すっかり時間が過ぎてしまった。
授業に遅れないうちに、早めに教室に戻るとしよう――――。予鈴が鳴り始めた校内を俺は足早に、自分の教室に向かったのであった。