〜Fate Hollow Early Days〜 

〜プロローグ〜



そうして、いつも通りの朝を迎えた。秋の朝方――――妙な夢も、世界の営みの中に解け消えてゆく。
昨日の悩みも、悲しみも、いつしか忘却のかなたへと消えてしまう。それは、哀しい事でもあるが、脆弱な人間にとっては、忘れる事は救いなのかもしれない。

「とりあえず、今日は何をするかな」

明け方の薄暗い部屋で、俺は今後の事を考える。するべきことは、深い所で自覚していた。
いずれきっかけがあれば、それは表に出てくるだろう。だが、さしあたっては日々の生活を繰り返す事が大事である。

学校へ行くか、街をぶらつくか――――まずは朝食を作らないといけないな。
何もしないでも、日々は駆け足で過ぎ去っていく。何百回、何千回と似たような日々を過ごしたのだろう。
せめて、一日でも多く、実りのある日を過ごしたいものだが――――自覚してできるものじゃないからなぁ。

「シロウ、起きていますか?」

鈴が鳴るような清らかな声とともに、セイバーがふすまを開けて俺の部屋に入ってきた。
彼女は、上半身を起こしてぼうっとしている俺を見て、怪訝そうな表情を一瞬見せるが、すぐに優しい笑顔を浮かべた。

「おはようございます、シロウ」
「ああ、おはよう、セイバー」

セイバーと挨拶をして、ふと、こみ上げるような幸福感が胸の中から湧き出てきた。
そう、そんなたわいも無い事が、幸せな事だと忘れてしまっていたのは何故だろう。

「――――? いかが致しましたか? シロウ」
「ん、いや、朝からセイバーの顔を見れて、幸せだなって」

早朝で、頭のはっきりしない時だからか、素直な気持ちが、思わず口をついて出ていた。
セイバーも、その事を感じ取ったのだろう。普段なら怒るか照れるかする彼女は――――、

「はい、私も、シロウと一緒に朝を過ごせて、幸福を感じています」

普通の女の子のように、無邪気な微笑を浮かべたのだった。
それは、日々の凝りから生み出される幸せ――――彼女は間違いなく、今、ここに居たのだった。

「さて、それじゃあ朝飯の支度をしないとな……すぐに着替えるから、セイバーは、先に居間で待っていてくれ」
「はい、それではお待ちしています」

セイバーは一礼すると、ふわりと身を翻す。いつもの白と青の装いに身を包んだ少女が部屋から出るのを確認し、俺は布団から這い出した。
今日は朝から、いいことがあったな。今日一日、平穏に過ごせれれば良いんだけど。

箪笥から着替えを取り出し、もそもそと着替えながら――――俺は朝の幸福な一時に身を浸していたのだった。