〜Fate Hollow Early Days〜 

〜☆陽だまりの詩〜



借り受けた部屋に戻り、火照った身体を休ませる。温泉の効能のせいか、身体の中から熱が出ているような気分だ。
部屋にしつらえてある冷蔵庫から、烏龍茶のペットボトルと、カップを二つ取り出すと、なみなみとカップに液体を注ぎ、一気に飲み干した。

「くはぁ――――……やっぱ、風呂上りには何か飲むに限るな」

窓から外の風景を見ながら飲むお茶は、格別である。
普段は何かにつけ、やらなきゃならない事に追われている日々――――たまにはこうして、のんべんだらりとするのも悪くないだろう。
俺は畳の上に横になると、うーん、と大きく伸びをする。夕食までは時間は十分あるし、もう少しのんびりしていてもいいだろう。

「お待たせしました。先輩」
「ん、桜も風呂上りか」

掛かった声に上半身を起こすと、俺と同じように、浴衣に身を包んだ桜が部屋に入ってきた。
風呂上りということもあって、豊かな髪がしっとりとぬれて、何となく色っぽい。
ああ、そうだ。桜が風呂から上がったら、是非ともやらなきゃならない事があったんだっけ――――。

「はい、烏龍茶で大丈夫だよな」
「あ、ありがとうございます」

なみなみと注いだ透明な液体を、桜はコクコクと喉を動かして飲む。
さりげなく、片手がうなじに当てられているのは、そこが熱を持っているからだろうか。
そんな桜を見ながら、俺は意を決して彼女に声を掛けた。

「桜、ちょっといいか?」
「はい、んくっ――――なんですか、先輩?」
「ちょっと、横になってほしいんだけど」

俺がそう頼むと、桜は無意識に残りのお茶を飲んで――――ケホケホと、むせたのか何度かせきをした。

「え、ええっ!? 先輩、あの、今じゃなきゃ、駄目ですか?」
「別に今じゃなきゃいけないって訳じゃないけど、せっかくの機会だからな」

普段は誰かしらが屋敷には居るし、わざわざ桜の部屋に尋ねに行くのにも気を使うのだ。
その点、今は邪魔の入る心配はないし、時間もたっぷりある。良い機会だから、思い切ったことをしようと思ったのだ。

「わ、分かりました……その、よろしくお願いします」

桜はそう言うと、ころん、と浴衣で仰向けに寝転がる。じっと目を閉じ、俺の行動を待っているようだった。
うーん、しかし、横になってくれとは言ったが、ちょっと違うんだけど――――……。

「いや、桜、うつ伏せになってくれないと困るんだが。それじゃあマッサージできないし」
「――――はぃ? マッサージ、ですか?」
「ああ、桜も最近は疲れてるだろうから、身体をほぐしてあげようかと思ったんだけど――――どうした?」

俺の言葉を聴いて……桜は、はっと呆けた状態から立ち直ると、とってつけたように苦笑いを浮かべた。

「あ、いいえ、なんでもないんです。私の勘違いですから」
「?」
「――――ええと、それじゃあ改めて、お願いしますね」

そう言うと、桜はくるりと身体を回してうつぶせになった。さて、それじゃあ始めるとしますか。
俺はうつぶせの桜に立ち膝で近寄ると、その肩に手を当てて、くっ、と指に力を込める。桜の身体がびくっ、と跳ねた。

「――――と、強すぎたか?」
「ん、いえ……気持ちいいです」

はぁ…………と鼻に掛かったような声を上げる桜。いかんいかん、平常心で行かないと。
俺は両手を桜の腰に当てて、少しずつ力を込めていく。肩や腰は、けっこう疲れが溜まるからな。

「ん、はぁ……」

気持ちよさが無意識に声に出ているのか、桜は妙に色っぽい声を上げる。平常心、平常心……。
肩、腰、足首、太腿と一通り揉みほぐして、マッサージを終了する。本当はもう一巡くらいした方が良いかもしれないけど、俺の精神が持ちそうに無かった。

「ふゃぁ……あ、ありがとうございます、先輩」
「いや、お礼はいいから、とりあえず身繕いをしてくれ、な?」

よろよろと身を起こす桜だが、浴衣がはだけて、正直、目のやり場に困る。視線をはずして呟くと、桜がごそごそと何かをする音が聞こえる。
と、その時、どんっ、と何かがぶつかってきて、俺は仰向けに倒れた。天井を見上げる目に映るのは、どこか上気した桜の顔。
どうやら、目を放したその隙に、桜に押し倒されたらしい――――桜は、なにやら妙なスイッチでも入ったのか、とろんとした表情で妖しく微笑む。

「次は、私の番ですね。先輩にも……悶えるくらい気持ちいい、マッサージをしてあげますから」
「いや、俺は別にいいから――――って、聞いてるか、桜?」

うふふ――――と黒っぽい笑みを浮かべる桜。いかん、さまざまな意味でやばすぎる。ここは逃げ――――ごげっ!?

「駄目ですよ、先輩。私だけが気持ちよくちゃ、不公平じゃないですか」
「や、そこは――――気持ち良いよりむしろ痛い…………!」
「あれ、ちがったかなぁ……?」

まだ頭がぼうっとしているのか、どこぞの拳法家のような台詞を呟いて、桜の指先にさらに力が――――!
うぁぁぁぁぁぁぁ…………死ぬ死ぬ死ぬ死ぬっ!

「さ、桜、止め――――!」
「うーん、開発中のツボは確か……」

不穏な言葉とともに、秘孔を衝かれて、俺は意識を失った。うう、今度から桜にマッサージするときは、お返しを受けないようにしよう……。



結局、それからもう一度お互いにお風呂に入りなおし、休憩してから銭湯を出ると、外はとっぷりと暮れ始め、夕暮れが町を覆っていた。
俺と桜は、まるで鏡合わせのように、お互いにうーんと伸びをした。

「ふぅ…………なんだか、疲れちゃいましたね」
「ああ、リフレッシュに来て、疲れるのもなんだけどな」

とはいえ、疲れたのは慣れない場所だったからだけで、差し引きで言えば、十分にリフレッシュできたといえるだろう。
桜の表情も、幾分か元気を取り戻したかのようだ。うん、温泉ってのは偉大だよな。

「さて、それじゃあ商店街で買い物をしてから帰るとするか。いこう、桜」
「はい、お供します――――先輩、また来ましょうね」

夕暮れの光を身体いっぱいに受け、微笑む桜。その微笑につられるように、俺も自然と微笑んで、ああ。と頷きを返したのだった――――。