〜Fate Hollow Early Days〜
〜☆陽だまりの詩〜
秋口は、空にたなびく秋刀魚雲――――青い空に、細長い雲がいくすじも流れていく。
淡い色の空を見上げながら、今日の昼食は、秋刀魚でも焼いてみようかと考えた。
先日、藤ねえが七輪を土蔵から発掘したおかげで……我が家の焼き魚に、ほんの少し風情が加わる事になった。
――――といっても、実際は燃料に炭を使うし、焼く手間も掛かるので、頻繁に七輪を使う事は無かったが。
まっすぐ伸びる、商店街のアーケード。通行の邪魔にならないように片隅に立ちながら、待ち人を捜す。
「先輩、お待たせしましたっ」
弾んだ声に顔を向けると、片手にビニール袋を持って、こちらに歩いてくる桜の姿があった。
――――今日の買出し当番である桜に、付き添いを頼まれたのは、朝食の席での事――――さしたる様子も無かったので、俺は快く引き受けた。
買出しは、セイバーとライダー、俺と桜が順繰りで行うようになっている。ちなみに、遠坂やイリヤはお客様扱いであり、藤ねえは、余計な買い物をするので除外している。
「おかえり、桜。セイバー達に頼まれてたものは、全部買えたのか?」
「はい、先輩に見せるわけにはいきませんけど――――、一通りは」
買出しは、基本的に食料品関係が主だが、時折、住人の都合で別のものを頼まれる事もある。
セイバーの場合、彼女のお好みのお菓子だったり、ライダーなら、小説や雑誌の類――――また、細々とした化粧品などがあがる事もあった。
さすがに、そういった関係は門外漢という事もあり、そういうのは桜に任せっきりにしている。
――――遠坂曰く、「そういう関連も熟知しないと、立派な小間使いにはなれないわよ」だそうだが、余計なお世話である。一応、俺の目標は魔術師なのだ。
まぁ、俺が選んだ服とかをセイバーや遠坂が着てくれると、凄く嬉しいことも確かなんだけど……慎二みたいにそっち方面に詳しくないのだから、仕方が無い。
「それじゃあ、行くとするか。今日のお昼は何がいいと思う?」
「そうですね……季節ものなら、茄子とかが良いかもしれませんね……でも、イリヤさんとか余り好きじゃなさそうですけど」
「まぁ、茄子は子供の味覚には、きついからな――――本人に面と向かって言うと、怒るだろうけど」
献立を話し合いながら、肩を並べて商店街を歩く。普段は、どちらかが用事があったり、遠慮したりして……一緒に買出しに来る事は、ほとんど無かった。
まぁ、その原因の一つとして……商店街の連中に、『新婚夫婦ごっこ』などと、不名誉な名称をつけられたせいもあったんだが。
そういう今も、あちこちから視線を浴びているので、気のせいというわけではないだろう。
「――――? どうかしましたか、先輩?」
「いや、なんでもない。それじゃあ、昼は秋刀魚と茄子、あとはお買い得品をうまく組み合わせて作るとしようか」
「はい、頑張ってお買い物しましょう!」
元気いっぱいの桜。普段は大人しいけど、やっぱり闊達な桜もいいよな――――こうして、昼の街中で微笑む桜を見るのは心が躍る。
陽だまりの中で咲き誇る満開の桜のような――――優しい笑顔がそこにはあった。
買い物を終え、スーパーから出る。先日、米をまとめて買っておいたため、背中に米袋を背負う破目にはならなかった。
とはいえ、俺の両手には、ズシリと重い複数のビニール袋――――桜に重いものを持たせるわけにもいかないため、頑張った結果であった。
「先輩、大丈夫ですか? やっぱり少し、持ちましょうか?」
「いや、これ位は何てこと無いさ――――桜こそ、重かったらすぐに言うんだぞ」
桜は、一つのビニール袋を両手で持っている。その分量でも、けっこうな重さはあるだろうし、可愛い後輩に荷物を押し付けるつもりは無かった。
俺の返答に、桜はちょっぴり呆れ顔――――それでも、最後は微笑んで、俺と一緒に家路につくのが常であった。
そうして、商店街の買い物を終え、たわいも無い世間話に花を咲かせながら、交差点に差し掛かった時である。
「…………はぁ」
会話の合間、俺は桜が短くため息をついたのに、気をとられた。ここ最近は文化祭の準備やら何やらで、桜も少し煮詰まり気味のようだ。
遠坂みたいに、負担になりそうなのは要領よく避けて――――というわけには行かないだろう。
慣れてきて、以前のように――――必要の無い負担まで、背負い込んでしまうような事は減ったといっても……負担がそれで無くなったわけではない。
相も変わらず、一途に不器用なのが、桜という少女なのだった。
「桜、疲れてるのか?」
「え、いえ、そんなこと無いですよ? ほら、こんなに元気ですからっ!」
俺の問いに、慌てたように元気いっぱいをアピールする桜。疲れていると知ったら、俺が家事当番から桜を外すと思っているのかもしれない。
確かに、あまりに無理がたたって倒れられると困るし、頃合を見計らって桜に休息を勧めるつもりはあった。
といっても、桜のことだし、普通に休みをあげても、こっそり働いちゃいそうだしな――――きちんと休める方法があればいいんだけど。
――――あ、そうだ、そういえば…………、
「いや、もし疲れてるんなら、温泉に一緒に行って、寛ごうかと思ったんだけど」
「――――温泉って、先輩と二人っきりですか!?」
驚いて、真っ赤になる桜。う、そういうリアクションされると、こっちも照れる。あくまでも俺は、桜の休息のために提案した事なんだが。
たしかに、温泉というと、妙な展開になる可能性もあるし――――ここは思いとどまるべきだろうか?
「いや、無理にとは言わないんだけど。思い付きで言ったことだし、桜のほうの都合もあるしな」
「いえ、それは全然オッケーです! あ、でも……アインツベルンの温泉は、今は使用できないと思うんですけど」
町外れにある、秘湯――――日帰りでくつろぐなら手頃な場所だけど、先だっての大騒ぎのせいで、しばらく使用できないと、イリヤが言っていたのは知っている。
まぁ、使用できるなら、第一候補として推すだろうけど、今回は違う場所に心当たりがあるので、問題は無かった。
「それは大丈夫。最近、海浜公園の付近に、銭湯がオープンしてたから――――名前は知らないけど、そこそこ繁盛してるみたいだし、行ってみたかったんだよ」
「へぇ、そうなんですか。町内なら、夕方には戻れるだろうし――――お昼ごはんの後なら、時間的にも空いてそうですね」
興味をそそられたのか、顔を輝かせる桜。どうやら、銭湯に行くことは彼女の中で確定済みらしい。
俺としても、桜と温泉に行くのに不満は無い。あとは、途中で横槍が入らなきゃいいんだけど――――そこまで心配しても、しょうがないか。
「それじゃ、昼御飯の後で――――海浜公園付近まで、散歩がてらに行くとしようか?」
「はい。それで、着替えとかはどうします? タオルや洗顔セットとかも必要かもしれませんし」
邸宅へ向かいながら、俺と桜は午後の予定を話し合う。……そうして、なし崩し的に、日帰り温泉ツアーが組まれる事になったのだった。
昼食を終え、俺と桜は並んで家を出る。幸か不幸か、セイバーや遠坂、イリヤも藤ねえも、午後は予定があったため……当初の予定通り、二人きりの出発になったのであった。
「行ってきます。 火を使う時は、気をつけてな――――!」
「それじゃ、行きましょうか、先輩。どんな所か、ワクワクしますね!」
家の中に向かって、声を掛ける俺の横――――ウキウキと弾むような仕草で、桜は伸びをする。
必要なものは借りればいいということで、俺も桜も、財布以外は荷物を持たずに出発することにした。
秋の空はつるべ落とし――――それでも、まだまだ日の高いこの時間、俺は桜とともに、温泉へ遊びに行くのであった。