〜Fate Hollow Early Days〜 

〜慎ちゃんのアルバイト〜



夜の見回りで、駅前を探索する。探索といっても、今日はまだ、街に異常は見受けられない。
人気の無い公園や、夜の街角ならともかく、煌々と明かりのつく駅前では怪異も姿を顰めているようである。

「ここは、探しても無駄っぽいな、別の場所にでも行ってみるか」

一人ごちて、歩を進める。時刻は日付の変わろうかという時間帯。これくらいの時間になっても、新都では何軒かが店を開いている。、
それは、二十四時間営業のコンビニであったり、あるいは――――、

「あれ、どこかで見たような奴が通ったかと思ったら……やっぱ衛宮じゃん。何してんの、こんなとこで?」
「え、慎二――――?」

すぐそこにある牛丼屋――――名称、喜多邑茶家からひょっこりと顔を覗かせたのは、桜の兄の慎二だった。
いったいどういう事なのか、慎二は普段着の上にエプロンをつけ、頭には喜多邑茶家のロゴつきの縁無し帽をかぶっていた。

「――――どうしたんだ、その格好? 飯を食ったのはいいけど、財布が無いのに気づいて、しょうがなしに働かされでもしてるのか?」
「なにいってんだよ、そんな間抜けなこと、僕がするわけ無いじゃないか。そもそも、こんな庶民の代名詞のような店で、僕が食事を取ると思う?」

ハッ、と鼻で笑う慎二。しかし、学校帰りに庶民の味方、江戸前屋で大判焼きを買い食いしている所を何度か目撃しているので、説得力はあまり無かった。
しかし、無理やりじゃないとすると、慎二の格好の意味は――――あ、そういえば少し前…………。

「そういえば、バイトしてるとか何とか言ってたよな。ひょっとして慎二、喜多邑茶家でアルバイトしているのか?」
「そのとおり、僕としては、もう少しセンスの良い職場で働きたいんだけど――――まぁ、背に腹は代えられないしね」

やれやれ、と首を振る慎二、しかし、こんな時間にアルバイトって――――学校じゃ許可されてないと思うんだけどな……?

「まぁ、とにかく入ってくれよ。狭いし、窮屈なところだけどな」
「――――そうだな、夕食をとったのも随分前だし、何か腹に入れておくとしようか」

慎二に促され、俺は牛丼屋のドアをくぐる。休日とはいえ、深夜に近い事もあり、喜多邑茶家の店内は込み合っておらず、閑散としていた。
とりあえず、カウンター席に座ることにする。食券を買い、俺が席に腰を下ろすと、向こうからハンドタオルとコップに入れた水を持って、慎二がこっちに歩いてくるのが見えた。

「――――それじゃあ、食券を預かっとくから、雑誌でも読んで待っててくれよ」

慎二は食券を受け取って、奥へと引っ込んでしまった。さて、どの雑誌を読んで時間をつぶそうか――――そう考えてると、慎二が戻ってきた。
丼のいくつか乗ったトレーを両手に持って、他の客の所に行くのかと思ったら、まっすぐ俺のほうに歩いてきたのである。

「はい、とんぎゅーセット、一丁! 適当に混ぜて食べてくれよ」
「そうか……って、なんかすごく早かったな」
「ああ、早い、安い、うまいが喜多邑茶家(うち)の特徴だからな。ほら、冷めないうちに食っちまいなよ」

ほかほかご飯と、味付けされた豚肉、牛肉の皿がそれぞれ分けられている。本人の好みで肉を載せて食べろって事なのだろう。
俺は煮込まれた豚肉と牛肉をそれぞれご飯に乗せ、かっ込んでみる。ピリリとしたタレと、甘みのある肉が口の中いっぱいに広がった。
なかなか、旨いな――――気がつかず、一口、もう一口と食べてしまう素朴なおいしさの、そんな料理だった。

「いけるだろ? ここの料理長って、うちでお抱えのシェフにしたいくらい腕は立つからね。もっとも、無愛想が手足をつけて動いてるようなものだけど――――っと、ちょっと待ってな」

慎二が何かに気づいたのか、店の奥に行ってしまった。奥まった所でよく見えないけど、大きな何かと話をしているように見える。
俺が料理を全部平らげ、食後のお茶をすすっている頃――――といっても、数分しか経っていないが……飄々とした様子で慎二が戻ってきた。
なにやら頭の後ろ辺りに手をやり、しきりに気にしているようである。

「おかえり。何か、あったのか?」
「は――――まいったよ、どんな話しかと思ったら、いきなり頭をひっぱたかれるし…………どうも、ほかのお客をほっといて、衛宮と世間話してたのが悪かったみたいだな」
「頭を――――って、大丈夫なのか!? というか、よくそれで怒ってないな、慎二」

普段なら、手を出されたら数倍にして返すのが慎二である。なよなよとした立ち振る舞いとは裏腹に、運動部の元副部長は伊達じゃない。
喧嘩っ早いというわけではないが、度胸はそれなりにあるし、一般人相手なら、それこそ束になってかかっても適わないくらい強いのだ。
――――……まぁ、普段から俺たちの付近にいるのが、常識離れした連中なので、そういった面よりもヘタレっぷりが強調されているんだけど。

「そうは言ってもな――――、一応、悪いのはこっちだし。別に、悪意で叩いてるってわけじゃないみたいだしな……衛宮と似てんだよ」
「へぇ、少しは丸くなったんだな、慎二も」

俺と似てる、って物言いがよくはわからないけど、慎二は少しは我慢強くなったらしい。
バイトって、けっこう人間的に成長することもあるからな――――俺も、我慢強さとかはバイト先で鍛えられたようなものだし。

「ま、そういうわけだから、衛宮をこれ以上かまってやれないんだ。悪いね――――っと、いらっしゃいませ」

カランコロンとベルが鳴り、お客が入ってきたのを見計らって、慎二はそっちの方へと行ってしまった。
それなりに、ちゃんと接客はできているようだ――――といっても、女性客に色目を使うあたり、慎二らしいといえなくもないんだけど。

「――――そろそろ行くかな」

最後にお茶を一啜りして、喜多邑茶家を出る。満腹感に満たされた体に、夜の風が心地よい。
味も量も合格点の喜多邑茶家――――これからも機会があったら、ちょくちょく寄る事にするとしよう。