〜Fate Hollow Early Days〜 

〜☆衛宮家の人々〜



昼食を終えて、後片付けを終えた後、何とはなしに暇になってしまった。
とりわけ、何かする予定もないし、今日はこれから、どうやって過ごそうか。時間をつぶすなら、ライダーの部屋によって、読書をするって手もあるけど……、

「おかしいわね、どこに置いたんだっけ……」
「――――遠坂、何やってるんだ?」

と、廊下を歩いているところで、何かを探している遠坂に出くわした。遠坂は、俺を見るなり、ちょっと驚いたような表情を見せた。
普段はめったな事じゃ取り乱さない遠坂が、なにやら慌てている。いったい、どうしたんだろうか?

「あ、え、衛宮君? いったいどうしたの、こんな所で」
「いや、ここは我が家の廊下だし、俺がいたっておかしくないだろ。それより、どうしたんだ? 何か探してるみたいだけど」
「凛、駄目ですね。居間には見つからな――――あ」

と、俺が遠坂に問いただしているところで、居間からひょっこりと顔を覗かせたのは、セイバーだった。
セイバーも、俺の姿を見るなり、言葉をとめる。いったい、どうしたんだろうか、二人とも――――俺、何か二人の気に触った事でもしたんだろうか?

「セイバーも、一緒か――――何を探してるんだ?」
「あ、いや、大したものじゃないのよ、本当に」
「ええ、シロウには意味の無いものです」

俺の問いに、さりげなく視線を一瞬合わせ、そんな事を言う遠坂&セイバー。そんな事されると、ますます気になるんだが。
ま、あまり深く問い詰めるのも良くないだろう。二人が言いたくないっていうなら、彼女達の意思を尊重すべきだろうし――――、

「そっか、まぁ、俺で協力できるようだったら、声を掛けてくれ」

俺はそう言って、話を切り上げると廊下を歩き出した。何を探しているのか知らないけど、邪魔をしちゃ悪いだろう。
とりあえず、さっき考えていた、ライダーの部屋に行って時間をつぶすというのを実行するとしようか。

廊下を歩き、ライダーの部屋に向かう――――と、こちらの方にも見知った二人組が、廊下のあちこちを探っている。
どうも、先ほどのセイバーや遠坂のように、何かを探しているような雰囲気だった。

「ふぅ、駄目ですね……イリヤさん、見つかりましたか?」
「全然。あーあ、こんな事なら、リンに管理を任せるべきじゃなかったわね」

空き部屋の奥から出てきたイリヤは、桜にそんなことを言っている。どうやら、話を聞く限り、遠坂が何かを無くしたらしかった。
とりあえず、声を掛けずに通り過ぎるのもなんだし、桜とイリヤにも何を探してるのか、聞いてみる事にしようか?

「二人とも、廊下の真ん中で何をやってるんだ? さっき、セイバーと遠坂も、同じことをやってたけど」
「あ、せ、先輩――――これはその……大掃除をしてるんですよ。ほら、ホウキとチリトリで」
「サクラ、それじゃあ誤魔化せないと思うけど……シロウ、私達が探してるのは、あるノートなの」
「イリヤさん!?」

両手にホウキとチリトリを持って、あわあわと慌てる桜。そんな桜を一瞥して、イリヤはおかしそうに微笑を浮かべる。

「いいじゃない。別に、シロウに見られて都合の悪い事、私は書いてないもの」
「――――それは、イリヤさんだけですっ。姉さんもセイバーさんも、先輩には見られたくないと思ってるはずですっ」

ばたばたを両手を振る桜。何気にヒヨコの雛みたいで、ちょっと可愛らしいのだが、言わぬが花というやつだろうか。
何はともあれ、遠坂とセイバー、それに、桜とイリヤは共同で、あるノートとやらを探しているらしい。

「……で、そのノートって、どんなやつなんだ?」
「青い紙で外側がくるんである、無地のノートよ。拾ったら、私たちの誰かに返したらいいから。でも、私としては、返す前にシロウに目を通しておいて欲しいけど」
「――――! それは、困りますっ! 先輩、もし見つけたとしても、絶対に中を見ないでくださいね!」

悪戯っ子な笑みを浮かべるイリヤと、必死な表情の桜――――ともかく、みんながノートを探している事は分かった。
まぁ、俺には探されたくないみたいだし、一応、覚えているだけにしておこう。

「話は分かった。俺は別に探す気はないから、皆で思う存分探してくれ。でも、後片付けはちゃんとしてな」
「――――なんだ、つまんないの」
「もう、イリヤさんったら……それじゃ、先輩、私たちは別の所を探してみますから」

拍子抜けしたような表情のイリヤを連れて、桜は居間の方へと歩いていってしまった。遠坂たちと合流して、情報交換をするつもりなのかもしれない。
さて、思わぬところで足止めを食ってしまったが、当初の予定通り、午後はライダーと一緒に、読書に勤しむとする事にしよう。



「ライダー、お邪魔するぞ」
「はい、どうぞ――――散らかってはいますが」

一声かけて、ライダーの返事を受けてから、俺はライダーの部屋に足を踏み入れた。言葉どおり、雑然と本が積み重なっているのは、ライダーらしいと言えるのかもしれない。
そのライダーはというと、部屋の片隅で、何かをしきりに観察しているようである。

「ん? 何をしてるんだ、ライダー」
「はい、先ほど……そこの廊下で、奇妙な本を拾ったものですから」

その言葉に、ライダーの手元に注目すると――――そこには、先ほどイリヤに説明を受けたままの、青いノートが握られていたのであった。
そのノートは、何と言うか――――見ていると妙に背筋が寒くなるような、妙な雰囲気をまとった代物である。

「何重にも、魔術による施錠が掛けられていて、外すのに苦労をしましたが、ようやく残り一つという所まで漕ぎ着けました」
「――――そうなのか、あのな、ライダー。それって……さっき廊下で桜達が探していたノートみたいなんだが」

俺の言葉に、ピタリとライダーの動きが止まる。桜に関わりのある物だと聞いて、自制心が働いたらしい。
しかし、ライダーの言葉を聴いて、逆に俺の方に、興味がわいてきた。何重にも封をしたノート、その中身はどんなものか――――。

「ま、いいよ、開けちゃってくれ。イリヤの許可ももらってるし――――桜には、後から俺が断わっておくから……ライダーも、苦労して解除して、ここで止めるのは心残りだろう?」
「そうですね……興味が無いというわけでは有りませんし、士郎の言葉に従うとしましょう。少々、お待ちください」

そういって、ライダーはじっ、と眼鏡越しに青いノートを見つめると、なにやら呟きのようなものを発する。
とりわけ、青いノートに何かしら変化はないが、どうやら無事に、解除に成功したようだった。ライダーは大きく息をつき、肩を落とす。

「お疲れ、なんだったら、肩を揉もうか?」
「いえ、それは遠慮します。ともかく、中身を検分しましょうか――――士郎も近くに来てください。一緒に見るとしましょう」

ライダーはそう言うと、女の子座りをして、手元にノートを置くと、俺を差し招いた。
あまり近寄ると、彼女の色香にあてられそうだけど、ノートにも興味があるので、俺はライダーの隣に腰を下ろし、彼女の手元を除き見ることにしたのだった。
畳の上に置かれたノートが、ライダーの手によって開かれる――――さて、いったい中身はどのような事が書かれているんだろう?

そうして、奇妙な期待を胸に、最初のページを見ると、そこには――――何かしら、外国語で文章が書かれていたのだった。
――――何語だ、これ? 少なくとも、英語ではないようだ。しかし、アルファベットや文章の構成は、英語と似通っていたりする。

「これは、ドイツ語ですね。書き記したのは、イリヤスフィールでしょうか?」
「ライダー、読めるのか?」
「はい、日常会話をしろというのは無理ですが、ドイツの文献を読んだこともありますので、簡単に意味合いを付けるくらいなら出来ると思います」

俺の質問に、ライダーはそう答えると、床に広げたノートのページを見つめ、ゆったりと言葉を組み上げていった。


○月○○日。

今日から、交代で日々の記録を取ることになった。正直に言って、私はこういうのをよく知らない。
誰かといっしょに、何かをするということ。また、他人と同じ目的で動く事は初めてで、少し楽しみでもある。

とりあえず、今日は特に何かがあったわけでもない。
印象に残ったのは、今日のお昼くらい――――タイガと一緒に、商店街を散歩した事くらいだった。
タイガは事あるごとに、あっちにこっちにと遊び歩き、私は気が休まらない。まったく、どっちが年上か、時々分からないくらいだった。

他には、思い起こせる事もないくらい、平穏な日々だった。




ライダーの言葉を聴きながら、俺は内心で小首をかしげる。この文章って、なんか、日記みたいだよな……?
読み終わり、次のページを開くライダー。そこには、流暢な英語で、先ほどの文とは違う筆跡で文章が綴られていた。
ライダーは、確認するかのように、俺の方を見る。俺は、首を一つ、縦に振った。

「俺に確認しなくていいよ。続けてどんどん言ってくれ。ライダーの声を聞いてると、何となく落ち着くし、自分で読むより、理解できるような気がする」
「――――そうですか? 特に、私の声には魅了の力は宿っていないと思いましたが――――ともかく、続けます」

一瞬、怪訝そうな顔をしたライダーだが、気を取り直し、ノートをめくりつつ、朗読を再開した。



○月○○日。

今日のお昼時、つい手を滑らせて、茶碗を割ってしまった。特に愛着があるというわけでは無かったが、自分の持ち物が壊れるのは、少なからず悲しい。
結局、お昼はお代わりをするのを止めてしまった。お腹が空いて、気分が滅入っていたので、道場で気を落ち着けていたら、シロウが尋ねてきてくれた。
何事かと思ったら、私の新しいお茶碗を買ってきてくれたらしい。ライオンの絵付きで、少し和んだ。

おかげで、夕飯はいつもよりたくさん食べる事が出来た。シロウの心遣いがとても嬉しい一日だった。


ライダーが、ページをめくる。次のページは、きっちりとした文体の、日本語で書かれていた。


○月○○日。

――――イリヤへ。 もっと、砕けた感じで構わないわよ、精密な観察記録ってわけじゃないしね。
――――セイバーに一言。 いい機会だから、今度、士郎を誘って、どこかへ遊びにいきなさい。良い口実が出来たんだし。

…………今日も可もなく不可もなく、思い出に残る事も無い一日だった。
といっても、こうやって日記に書いている以上、今日はちゃんと、こうやって記録に残る事になるんでしょうけど。

そういえばさっき、お風呂に入ったら――――私の使用するシャンプーが、ごっそりと無くなってたんだけど、いったい誰が使ったのかしら?
もし自分がそうだと言うなら、ここにその旨を書いておくように――――シャンプー代の弁償だけで、勘弁してあげるわ。



○月○○日。

――――姉さんへ。

多分それって、衛宮先輩が使ったんだと思います。今日のお風呂上り、肌が敏感になって困ってましたから。
私も、慣れないシャンプーとかを使うと、時々お肌がチリチリするから、間違いないと思います。

さて、今日は朝から学校に行ってきました。みんな、朝から張り切って練習をしてくれます。
遅刻気味の藤村先生を除けば、やる気いっぱいのようです。これなら、大会にも良い成績を残してくれるかもしれません。

下校するとき、先輩が弓道場に来てくれたので、一緒に帰る事にしました。
今日の献立を、あれこれと――――互いに意見を出しながらの下校は、いつもと違って、ちょっと楽しかったです。


「ライダー、もういいよ。読むのを止めてくれ」
「――――はい、分かりました」

俺の言葉に、ライダーの朗読は止まる。といっても、本人の興味は尽きないようで、ノートの続きをパラパラと捲って見ていたが。
しかし、交換日記か――――確かに、誰かに見られたら気恥ずかしいものがあるよな、こういうのって。
とはいえ、見てしまったものは仕方ないし、正直に言って、彼女達にノートを返却する事にしようか。

「――――……」

あれ? ライダーが険しい表情をしてるけど、どうしたんだろうか? ひょっとして、交換日記に参加していないのを残念がっているのかもしれないな。
ライダーとしては、仲間はずれにされた気がして、寂しいのかもしれない。こういうのって、参加できるかどうかはタイミングの問題だからな――――。

「ライダー、そんなに険しい顔をしなくてもいいだろ。なんなら、俺が桜に言って、ライダーも参加できるように言っておくからさ」
「――――? 何のことか分かりかねますが。それはそうと、士郎。なにやら読み進める度に、文章がきな臭いものに変わっていっているようなのですか」
「……え?」

○月○○日。

今日は稽古のとき、シロウが足を滑らせて、私のほうに倒れこんできた。意識してやってのことではないのだろうが、私の胸をわしづかみにしたのは問題だ。
そのせいで、思わず本気でシロウを攻撃してしまった――――今日、シロウがボロボロで、原因を黙して語らずなのは、そういうことだったのだ。
料理は美味しかったのだが、シロウが目を合わせてくれないのは、少し悲しい。


○月○○日。

何があったかと思ったら、士郎ったら、そんな事をしてたのね。まったく、本人に悪気が無いのは、困ったものよね。
そういえば、今日は士郎に久々に肩を揉ませたんだけど――――本人は落ち着かないみたい。
女所帯で、色々と溜まっちゃってるのかもしれないわね……今度、少し息抜きさせてあげようかしら?

ま。方法とか考えてないし、良い意見とかあったらよろしく。


○月○○日。

あの、その、えっちなのは良くないと思いますっ。といっても、確かにここ最近の先輩は、少々落ち着かないみたいですけど。
やっぱり、アプローチの仕方がよくないんでしょうか。先輩に何かしてもらうより、先輩のために何かをしてあげた方が良いかも。
そうそう、私、マッサージとかが得意なんですよ。今度、先輩にマッサージをしてあげようと思います。


○月○○日。

私としては、おにいちゃんは落ち着かないでオドオドしてる位がちょうどいいんだけど。
そういえば、今日、街中でシロウが変なのとデートしているのを見かけたわ。
見た感じ、代行者みたいな服装だったけど、外でいったい何をやってるんだか――――いっそ、タイガが言ったみたいにキョセイってのをする方がいいかもね♪


○月○○日。

――――その話は初耳だ。聖杯戦争が始まったかもしれないというのに、そのような見知らぬ女と逢引するなんて…………。
去勢というのは、やりすぎかもしれないが、少しはシロウも、気配りのようなものをもって欲しい。


○月○○日。

デート、ねぇ…………まったく、衛宮くんったら、あまりお外で羽を伸ばしすぎるなら、コロシちゃっていいかもね♪
それとも、逆転の方法もありだと思うけど。士郎を屋敷に閉じ込めて、私達の魅力で他の女の事を考えられないようにするとか。
いっそ、肉体改造でも行っとく?


○月○○日。

うふふ、センパイったら、しょうがない人ですね、本当に――――それはそうと、肉体改造なら手っ取り早い蟲がありますよ?
寄り代の身体の中で、常に興奮物質を出し続けるものですけど、これを使えば、センパイは外に出歩けない身体に――――……。
そうして、後は屋敷の中で私達で教育しなおせばいいんですよ。ね、いいアイディアだと思いませんか?




「…………」
「…………私が言うのもどうかと思いますが、士郎は日常生活をもう少し改めては?」

ライダー、適切なアドバイス、ありがとう。しかし、もう手遅れだと思う、なぜなら――――周囲の空気が、剣呑なものに変わってるし。

「ふーん、読んじゃったんだ、おにいちゃんったら♪」

やたら楽しそうな声にそちらを向くと、いつから居たのか、ふすまを開けて、ずらりと勢ぞろいした我が家の女性陣。
セイバーや遠坂が怒っている反面、イリヤと桜は満面の笑み――――どっちかというと、普通に怒っているほうが精神的にましです。

「うふふ、ライダーも共犯だったんですね。本当に、しょうがない英霊なんだから、もう」
「さ、サクラ…………私は別に――――」

反論しようとして、桜に睨まれ、ガクガクブルブルと震えるライダー。
いや、おびえるのはいいんだが、俺にすがりつくのはやめてくれっ――――!
おや、俺にすがりついた時に、放り投げられた青い本、カバーが取れかかって――――こ、これって、「じゃぷにか暗殺帳」……バッドエンドねたか、これは――――!

怯える俺達を、セイバー、遠坂、桜、イリヤと取り囲む。普通にボコボコにされるならともかく、一人一人が、トンでもスキルを持ってるんだから、手に負えないっ!

「さて、覚悟はいいですか、シロウ?」
「そうね、読まれたものは仕方ないし、いっそ、肉体改造でも行っとく?」
「そうですね、ついでだから、ライダーも一緒に調教しちゃいましょうか?」
「おにいちゃんは、私の人形にしてあげるんだから、壊さないようにしてよね」

ワイのワイのと、俺達の料理法を相談している遠坂達。さながら俺とライダーは、まな板の上の鯉というところか。
――――ああ、せめて、目が覚めたらこれが、すべて夢でありますように……。