〜Fate Hollow Early Days〜 

〜☆トラと釣り人〜



港を訪れてみる。空の蒼さに目がくらむ、絶好のつり日和――――今日はどうしたことか、赤い人とか子供達を連れた金ぴかとかの姿は見えない。
居るのは久々の平穏に上機嫌な、ランサーただ一人…………いや、ちょっと待て。俺とは別の方向から、ランサーの方にトコトコと近づくのは――――、

「こんにちはー、釣れてますか?」
「ああ、あんたか。今日の収穫はそこのバケツにあるから、好きなもんを取っていってくれ」

それがごく当たり前のように、ランサーに近づいて笑いかけたのは、冬木の虎こと、藤ねえである。
手持ちの某スーパーのビニール袋を片手に、どれどれ、とバケツの中を覗き込んでいる。

「藤ねえ、何やってるんだ?」
「ん? あ、士郎じゃない。どうしたの、こんな所で?」

声を掛けると、藤ねえは覗き込んでいた顔を上げて、俺がここに居ることに首をかしげたのだった。
いや、俺としては、藤ねえがこんな所に居ることの方が驚きなんだけど――――ランサーに視線を向けるが、彼はとりわけ何を言うわけでもなく、海原を見つめ、竿を垂らしている。
どうやらランサーに聞いても、無駄なようだった。ともかく、藤ねえに事の次第を聞いてみよう。

「俺は、何となく散歩してるうちに、ここに着いたんだけど――――藤ねえは何やってるんだ? なんか、ランサーのバケツを覗き込んでたみたいだけど」
「ああ、これ? このアロハのおにーさんって、釣りの名人なのよ。だから、時々こうやって、おすそ分けしてもらってるの」

お小遣いを使って魚を買うより、ずっと経済的だしねー、などと自慢げに胸を張る藤ねえ。
ああ、そう言えば――――どこかでそんな話を耳にしたような気がする。とはいえ、実際にこうして目の前で見ると、なんともいえない気持ちになるが。

「そういうわけで、いま私は忙しかったりするのよ。用事があるなら、ちょっと待ってなさいね」

そう言うと、真剣な表情でバケツの中を覗き込む藤ねえ、その目つきは、泳ぐ魚に狙いをつける、ネコそのものだった。
どうも、しばらくは何を言っても聞く耳もたなそうである。まぁ、とりわけ藤ねえに用事は無いから、別にいいんだけど。
とりあえず、そこで暇そうに釣りをしているアロハ男に、話題を振ってみるとしようか。

「で、いつもこんななのか、藤ねえは」
「ん? ……ああ、たまにふらっと来ては、魚を持ってどっか行っちまうんだよ。いつものことだから、今更どうこう言うつもりも無いけどな」

そんな事を言いながら、潮騒の音に耳を傾けるように、のんびりと竿を垂らすランサー。
しかし、いくら来るもの拒まずのランサーでも、藤ねえと一緒というのは想像の外だった。

「しかし、いったいどういう出会いだったんだ? 正直、想像できないんだが」
「そうだな――――ま、何てことは無い出会いだったぜ? 他のやつらのいない時は、一人じゃ食えないほど釣っちまうから、余った魚は海に戻すんだが――――」

その日も、ランサーが余った分の魚を海に返していると、妙な視線を感じた。そちらを向くと、そこには縞々模様の服を着た女性が、興味深げにランサーの方を見ている。
どうやら、魚を海に返す光景が、彼女の興味を引いたらしい。彼女は、ランサーを警戒するわけでもなく、無警戒にトコトコと近づいてきた。
どう対応しようか考えているランサーに、彼女――――藤村大河は、普段と変わらぬ笑顔を見せて、声を掛けたのだった。



「こんにちは、凄いですね。さっきから見てたんですけど、バケツ山盛りのお魚なんて、初めて見ました」



「――――で、話しているうちに……なし崩し的に魚を分けてやる事になっちまったんだよな」

改めて思い出すと、何でそんな約束したんだかねぇ……と、ランサーは呟く。きっと、藤ねえのペースに知らず知らず巻き込まれたんだな。
藤ねえは、誰とでも仲良くなれる。それはきっと、藤ねえの人徳――――というよりも、身にまとう雰囲気のせいかもしれない。
一緒に居るだけで、数年来の親友と一緒に居るような気になるのだ。それは、自覚してやっているわけではないだろう。

「それで、藤ねえとは仲がいいのか? 前に――――釣り仲間って、言ってたし」
「……何だ? ひょっとして、疑ってるのか? おいおい、勘弁してくれよ」

心外だ、という表情を見せるランサー。しかし、美綴を口説いた前科や、キャスターから言伝に桜にちょっかいを掛けていたのを聞いているので、疑うなというほうが無理である。
まぁ、藤ねえがランサーの射程範囲内に入っているかどうかは、俺自身には分かるはずもないんだが。

「そりゃ、確かに一緒にいて楽しい所はある。けどな、なぜか口説こうとか……そういう気分にゃならねえんだよ」
「そうなのか? ランサーにしちゃ、消極的みたいだけど」
「お前な、俺をどういう目で見てるんだ? ――――まあいいさ。ともかく、お前さんが心配してるような事は……的外れもいいとこだって事だ」

なにせ、師匠と同じ気配をまとってるからな、あのねーちゃんは……とよく分からないことを呟くランサー。
傍らで、俺たちのヒソヒソ話も耳に入らないといった風に、バケツの中で泳ぐ魚を覗く藤ねえを見る。

奇妙な間柄だが、ランサーと藤ねえの関係は、まずまず良好といえるようだった。