〜Fate Hollow Early Days〜 

〜☆二人のうわさ話・その後〜



新都と深山町を隔てる未遠川。川に掛かる大橋の袂にある公園で……何やら、たそがれている二人組を発見した。
普段なら、アイスクリームなり何なりを買い食いしたり、しょうも無い話で盛り上がっているのだが――――今は、ため息混じりに地面に座っているだけである。

「なんか、二人とも暗いな……いったいどうしたんだ?」
「何だ、ボウズか」
「あ、おにーさんでしたか」

ランサーと子ギルは、声を掛けた俺を一瞥しただけで、再び川向こうへと視線を移し、二人揃って深いため息をついたのだった。
うーむ……係わり合いになると、何だか面倒なことになりそうな気もするけど…………一応、聞いてみるか。

「で、二人とも――――何で、そんなに落ち込んでるんだ?」
「ああ、ちょっとな…………厄介事が出来ちまったんだよ」

ランサーは憮然とした表情で、肩をすくめる。子ギルの方も、同じ意見だったらしく、傍らでうんうんと頷いている。

「この前、マスターに頼まれて買い物をしたんですけど、それからしばらく経って、急にボク達に食事を作ってくれるようになったんですよ」
「ふぅん――――いいことじゃないか。なんだかんだで、マスターとしての仕事をちゃんとやろうとしてるんだろ」
「ええ、食事を作ってくれると聞いたときは、ボクもランサーさんもそう思ったんです。だけど…………」

ねぇ? とランサーに振る子ギル。ランサーもその時の事を思い出したのか、げっそりとした表情で首をすくめた。

「奴さん、いったいどうやって調べたのか、言峰の料理を再現しやがったんだ。マスターが変わって、あんなシロモノはもう食わなくてもいいと安心してたんだが」
「本当に、油断してました。まさか、買い集めた香辛料を全部使うなんて……こんなことなら、空輸なんかするんじゃなかったなぁ」

顔を突き合わせて、愚痴をこぼす英霊二人。どう見ても一騎当千の猛者がするような光景ではない。
まぁ…………、つまりはそのマスターの料理とやらが口に合わなくて、二人揃って逃げてきたらしい。

「それで、けっきょく何の料理を作ったんだ、そのマスターは」

料理人として興味をそそられ、俺は二人に聞く。ランサーと子ギルは、異口同音に――――、

「麻婆豆腐だ」
「麻婆豆腐ですよ」

その言葉に、某中華料理店での一幕を思い出した。レンゲを手に、極辛の麻婆豆腐をかっ込む神父。
見ているだけで胸焼けがしそうな光景は、忘れようにもあまりにもインパクトの強いものだった。

「それは、何と言うか――――大変なんだな、二人とも」
「まぁな、最近の最大の敵は、マスターってところだ」
「ボクはそんなつもりは無いですけど、さすがにあの料理は、ちょっと困るんですよね」

反旗を翻すかのように、言い切るランサーと、曖昧ではあるが、まだマスターを擁護するかのような子ギル。
この辺りは、令呪の縛り云々と言うよりも、それぞれの性格が対応を分けているのだろう。

「ま、向こうも悪気があってやってるわけじゃないんだ。大目に見てやってくれよ」
「そうかぁ? どうみてもありゃ、こっちが辛さにのたうつさまを見て、楽しんでるぜ?」

ランサーは首を傾げながら、そんな事を言う。どうやら、言峰の後釜のマスターは、相当にランサーとそりが合わないようであった。

「おかげで、舌がおかしくなって――――アイスクリームの味が分からないのは、困っちゃうんですよねー」
「ああ、せっかくのベリーベリーストロングが台無しだぜ、ったく……」

なおも不満を口に出す二人、どうやら一番不満なのは、買い食いが出来ないからということのようだ。
しかし、結局は空回りか――――彼女は彼女なりに頑張っているだろうに……とことん報われないのは、いったい何が原因なのだろう。
とりあえず……今度、もし出会うことがあったら――――麻婆豆腐は止めて置くように忠告しておこう。

「じゃ、そろそろ行くからな――――元気でやれよ、二人とも」
「おう、もし俺のマスターに会ったら、よろしく伝えといてくれな」
「あ、そうそう――――ボク達がここに居たことは、なるたけ秘密でお願いしますね、おにーさん」

話に区切りを付けて、ランサーと子ギルを残し、俺は公園をあとにした。時間は午前中の半ば――――そろそろ帰って、昼食の準備に取り掛からないとな。

(しかし……相変わらず、とんでもない事をしてるみたいだな……。ランサー達も気の毒に)

家へ帰る道すがら、俺はぼんやりと、ランサー達のマスターである、彼女の事を考えつつ、自宅へと戻ることになった。
さて、お昼の準備をしないとな……今日は、何を作ろうか――――とりあえず……麻婆豆腐だけは、やめておくとしよう。