〜Fate Hollow Early Days〜
〜☆さるべーじ・ぺんだんと〜
「ふぅん、なるほどね……遠坂さんのお父さんの形見か――――それじゃ、探さないってわけにも行かないわよね」
昼時の職員室……自分の机にコンビニのオニギリを山ほど積み、それを一つずつ食べながら、藤ねえは真面目に頷く。
オニギリくらいなら、我が家で作った方が安上がりだと思うんだが、前にそう提案した時は……藤ねえはにべも無く、俺の提案を却下した。
――――本人曰く、無駄に贅沢っぽいところが良いらしい。まぁ、本人の出費だから、俺がとやかく言う必要も本来は無いんだけどな。
「分かったわ。今日の授業は欠席しても構わないわよ。その代わり――――」
「ああ、休み明けに、ちゃんと補修を受けるよ。それで良いだろ?」
機先を制して言うと、藤ねえは不満顔。藤ねえの立場からすれば、授業を休む生徒というのは、厄介な存在なのだろう。
「本当は、授業をちゃんと受けてくれるのが一番なんだけどね――――だいたい士郎は、女の子に甘すぎるというか――――」
「はいはい、それじゃ、行ってくるよ」
藤ねえのお説教が始まりそうだったので、俺は早々に職員室から退出した。さて、遠坂をあまり待たせるわけにも行かないし、早く待ち合わせ場所に戻るとしよう。
「遠坂、お待たせ――――って、なんだ、こりゃ」
待ち合わせの三年廊下に戻ると、そこには床に這いつくばる生徒、窓から外を見渡してる生徒、教室をのぞくと、室内でも似たような光景が展開されていた。
ちなみに、男女比率は……ほとんどが男子生徒のものだった。なんか、妙な熱気が廊下に満ちているように思える。
そんな中、一人廊下の片隅で、ポツンと立っている遠坂の姿を発見した。俺は彼女に駆け寄ってみる。
「あ、衛宮君。藤村先生との話は終わったの?」
「ああ、それは大丈夫……それで、これはどういう状況なんだ?」
俺の質問に、遠坂は困惑したような顔。どうしたのかと思っていると、廊下の向こうから意気揚々と走ってきた生徒がいる。
「あ、なんだ、衛宮も参加してるのか? 遠坂のペンダント探し」
「え、慎二? 何でそのことを知ってるんだ?」
「何で、って、学校中の噂だよ。遠坂の大切にしてるペンダントが無くなって、見つけたらお礼にキスしてくれるって話だよ」
「は…………?」
慎二の言葉に、俺はポカンと遠坂を見た。当の遠坂はというと――――、否定も肯定もせず、そっぽを向いて口笛を吹いている。
「ともかく、そういうわけだから、僕も少しは本気を出すことにするよ。下級生の女子たちにもコナを掛けて、情報網を作らないとな」
やる気満々で、慎二は廊下を走っていってしまった。と、今度は廊下の向こうから、数名の女子がこっちに近づいてきた。
あれは――――遠坂と同じクラスの、陸上部の女子三人組だな……何やらワイのワイの言いながら、廊下を見回しながら歩いてくる。
「うーん、犯人は現場に戻るのが鉄則だっていうけどなぁ」
「蒔の字、そもそも犯行場所が分からないこの状況の場合、その鉄則は当てはまらないと思うんだが」
「だめだね、やっぱり見つからないみたい――――あ、衛宮君と、遠坂さんだ」
三人の中で、一番大人しそうな女の子、三枝の言葉に、残り二人も俺達のほうを見て、氷室は無表情、蒔寺は心底嫌そうな表情を浮かべた。
「げ、遠坂だけじゃなく、衛宮も一緒か――――アンタも、遠坂のペンダントを探すくちかい?」
「ああ、そうだけど――――ひょっとして、蒔寺達もか?」
「うん、遠坂さんが困っているって聞いて……助けになるんじゃないかって」
陸上部の良心こと、三枝がほにゃん、とした表情でそんな事を言う。
もっとも――――他の二人は、その言葉に全面的に賛同して、行動しているわけじゃないようだが。
「ま、本音を言うと、遠坂に恩を売るチャンスだからな。遠坂、ペンダントを見つけたら、売ってる所を教えてもらうからな!」
「ふぅん……それで、氷室は何で参加しているんだ?」
「私か? 私はさしたる理由は無い。まぁ、強いて言えば、宣言を実行する良い機会だと思ったからな」
宣言? と俺が聞き返すと、氷室は薄い笑みを浮かべて、ニヤリっと俺を見つめた。
「しばらく前に、言っただろう。私は楓につくことにした、と。今までは対立する理由も無かったから、普通に接していたが――――今は敵同士だと覚悟してもらおう」
ああ、そういえば少し前……ちょっとした食い違いがあったよな……あれから時折、氷室と話す機会があったが、向こうが普通に接してきたので、俺はその事をすっかり忘れていた。
なんにせよ、蒔寺と氷室のタッグか――――体力と知識の噛み合った、けっこう相性の良いペアかもしれないな。
「さて、それでは行くとしよう。遠坂嬢の行動範囲から、もっとも落し物が出るであろう場所からあたってみるか」
「おう、そんじゃ、楽しみに待ってなよ、遠坂。 あと――――衛宮、あんたには負けないからな!」
「もう、二人とも……こまったなぁ。 あ、衛宮君もペンダント探し、頑張ってね」
そんなふうに騒ぎながら、蒔き寺達も向こうへ歩いていってしまった。しかし、どういうことだ、これは?
遠坂に今一度、問いかけの視線を向けると、遠坂はおかしくって堪らないといった風に、満面の笑みを浮かべていた。彼女としても、笑うしかないのだろう。
「やー、どうも誰かが私達の会話を盗み聞いて、その話が一人歩きしちゃったみたいね」
「そ、そうみたいだな…………しかし、いいのか、放っておいて。なんか、キスがどうのって話にもなってるけど」
「大丈夫でしょ? 後で否定すればすむことだし、他の男子全てを敵に回してまで、キスをせびる相手はそういないと思うわよ?」
いや、それは過小評価じゃないだろうか? 遠坂は、自分の魅力に気づいてないのかもしれない。
だいたい、慎二とかなら平気で、キスをしろって遠坂に迫ることは目に見えている。 ここは、事を円満に収めるためにも、俺がペンダントを探し出すしかないようだった。
「まぁ、これだけ人手があるなら、すぐに見つかるだろ――――遠坂は、どこか……くつろげる場所で待ってたらどうだ?」
「うん、そうね――――それじゃ、屋上で待ってるから、何か変化があったら教えに来てちょうだい」
「分かった、それじゃあな」
俺は手を振って、遠坂と別れる。さて、ライバルは多いし、手がかりも無い……どこから手を付けるべきかな。
悩みながら俺も、他の生徒達のように――――遠坂のペンダント探しを、開始することにしたのであった。
午後の開始を告げる、予鈴が鳴り――――そして、昼休みが終了した。
思っていた以上に捜査は難航しており、結局、遠坂のペンダントは見つかっていない。
どうやらそれは、他の生徒も同じようで――――いまだ、誰かが遠坂のペンダントを見つけたと言う報告はされなかった。
ちなみに、あまりにも多くの生徒がペンダント探しに参加していたため、ペンダントを見つけたら、放送部が校内放送でニュースを流してくれるとの事だった。
放送部まで自主的に動くとは――――やっぱり、遠坂って人気あるんだよな……何はともあれ、今はペンダントを探す事に集中しないと。
「うーん、弓道場にも無いか」
弓道場とその周りを一通り探し回ったあと、俺は外に出て、ため息をついた。 時々、何となく弓道場付近をうろつく遠坂を見かけることもあるので、ここかと思ったのだが。
どうやら完全に、あてが外れたようだ。 しかし、そうすると、どこにあるんだろうな……遠坂のよく行く所とかは、もう他の生徒が探しているだろうし。
「あと、見ていないといえば、裏の雑木林か」
校舎の裏手にある雑木林に視線を向ける。昼休みも終わったせいか、周囲には生徒の姿はない。
ちゃんとした許可をもらった俺とは違い、他の皆は、藤ねえとかに教室に追い返されでもしたのだろう。
だとしたら、今なら妙な邪魔が入ることもないな――――今のうちに、探せるところは全部探すとしよう。
俺は気合を入れて、雑木林に踏み込んだ――――ところが、である。
「――――お前は、どうしてこんな所にいる」
「それは、こっちのせりふだ」
なんと言うタイミングの悪さか、雑木林に踏み込んだとたん、見知った顔に出くわした。
赤い外套こそ着込まないが、黒色の上下に、俺よりも頭一つ以上は高い背丈……アーチャーは俺を見て、胡散臭そうな表情を見せた。
「何だ、授業がいやで、抜け出して来たのか? まったく、不甲斐ないものだな」
「そんなわけあるか、俺は、遠坂のペンダントを探しに――――」
そこまで言って、俺はふと口をつぐんだ。アーチャーの表情が真面目なものに変わっている。
なんだかんだで、こいつも遠坂のことを気にかけているのは間違いない。 普段は我関せずな風に装っているが、こういう時に表に出るようだった。
「詳しく、話してもらおうか」
「――――まぁ、別に黙っている理由もないんだけどな……遠坂なんだけど、午前中の休み時間から――――」
遠坂が元気が無かったこと、ペンダントを無くしたと言う話を聞いて、一緒に探そうと思ったこと、それを聞きつけた他の生徒も加わっての大騒動になった事を、ざっと話してみた。
俺の話を一通り聞いて、状況を把握したんだろう――――アーチャーは納得したように頷いたのだった。
「なるほどな、確かにペンダントはアレにとって、大切な物には違いないだろう。探すのは当然だろうな……少々、解せないところもあるが」
「解せないって――――何がだ?」
「なに、単純なことだ。あのペンダントは、彼女の魔術礼装の一つと言っても良い。いわゆる切り札の一つでもあるわけだ」
なにを言いたいのか、今一つ分からない俺に、アーチャーは筋道を立てるように淡々と言葉を続けた。
「それほど重要なものを、何の保険も無く管理しているはずも無い。今回のように、うっかり紛失した場合の対応も、彼女は用意しているはずだ」
「そうなのか? でも、あても無く探していたみたいだけど」
「――――さて、事の次第は分からないが、一度聞いてみたらどうだ? 私の言っていたことを伝えれば、何か思い出すかもしれないぞ」
どこまでも、悠然とした口調で言うと、アーチャーは歩き去っていってしまった。しかし、どうするかな……もう少し探してみようか、それとも――――、
「まぁ……一人であても無く探しても、そう簡単には見つからないだろうし……一度、遠坂に話してみるかな」
先ほどのアーチャーの言葉も妙に気になる。俺は、ペンダント探しを一時中断すると、遠坂に会うために、屋上へ向かうことにした。
人気の無い廊下を通り、階段を上って屋上に向かう…………屋上のドアを開けると、秋の木枯らしとともに、屋上に佇む、遠坂の姿が目に入った。
彼女は、扉を開ける音か、気配で気づいたのか、屋上に出てきた俺に視線を向けると、ゆったりとした歩調でこちらへと、近づいてきたのだった。
「お帰りなさい、どう、見つかった?」
「いや、ペンダントは見つかってない。けど、さっきそこでアーチャーと会ってな」
「アーチャー……あいつ、学校に来ていたの?」
驚く遠坂に、俺は先ほどのアーチャーの言葉を伝える。伝言を伝え聞いた遠坂は、しばし考えた後――――あ、と何かに気づいたように声を上げた。
「そういえば、そうだったわ。紛失防止用に、ペンダントに探知用の魔術を施してたんだっけ」
「そうなのか、それじゃあ――――」
「ええ、それを使えば、近くにあるなら確実に見つけ出せるはずよ」
遠坂は左腕を突き出して、口内で呪を紡ぐ。そうしてしばらくして、俺のほうをびっと指差して、おもむろに言い放った。
「近いわ、すぐ近くにペンダントはある!」
「いや、それって――――俺の持ってるこのペンダントの事じゃないのか?」
同じものだから、間違えたのだろうか。しかし、俺の言葉に、遠坂は頭を振って、きっぱりと言い切った。
「それはないわ。私が、探知用の魔術を施したのは、ちょっと前だもの。衛宮君の持っているペンダントに、反応することはないわ」
「そ、そうなのか」
こういう時の遠坂は、なんだか気圧されるものがある。普段は表に出すことがない、遠坂凛の素顔を垣間見た気がした。
「でも、変ね。気配からして屋上にあるみたいだけど……ここだって、たまに足を運ぶし――――真っ先に調べたはずだけど」
そう言って、俺の背後を覗く遠坂、俺も釣られて、後ろを振り向く。だだっ広い校舎の屋上――――よくよく見ると、その屋上に、何かがいた。
そいつは、ぽかぽかと陽気を浴びながら、タイルの上に寝そべって、なー、という声を上げる。
「…………子猫? どこから来たのかしら」
怪訝そうな顔で言う遠坂の言葉通り、屋上の上で寝そべっているのは、どこかで見たような子猫――――あいつは確か、少し前、雑木林で木の上に登って下りられなかった猫だ。
あの時は木の上、今度は屋上――――どうやらこの子猫は、とことん高い所が好きなようだった。
「遠坂、あの子猫、なんか身体に巻きつけてるぞ…………あれって――――」
「――――どうみても、私のペンダントよね。いったいどうやったら、あんなふうに巻きつくのかしら?」
子猫は、なんというか表現しづらい感じに、ペンダントと絡まっていた。誰かのせいでそうなったのか、遊んでいて絡まったのかはわからない。
ともかく、目的のペンダントは見つけたことだし、回収するとしよう。
「動かないでくれよ――――よしよし、いい子だな」
「ふぅん、意外に扱いなれているのね」
猫を抱き上げて、ペンダントを外している俺に、遠坂はそんなことを言う。まぁ、猫っぽい相手にいつも振り回されてるしな、耐性がついたのかもしれない。
――――よし、ペンダントが外れた。大人しく様子を見ている――――というか、俺の手もとでじゃれている子猫を見ている、遠坂に返すとしよう。
「ほら、今度は無くさないようにしろよ」
「…………ありがと。ふぅ、ようやく安心できたわ」
ペンダントを受け取ると、遠坂は安堵の笑みをこぼす。やれやれ、ようやくいつもの遠坂に戻ったみたいだな。
「それにしても……ペンダントを持ってたのが子猫とはなぁ――――こいつは意識してやってじゃないだろうけど、今日のお手柄はこいつだよ」
「あら、衛宮君にも感謝しているわよ? なんなら行動で示して見せましょうか?」
「う」
遠坂のからかうような口調に口ごもる。まったく、さっきの慎二の話を聞いたせいか、妙なことを考えてしまいそうだった。
本当に……自覚があってからかっている分、遠坂は奔放極まりないよな。
「――――ま、お礼はまた後でね。今は、ペンダントが見つかったこと、みんなに知らせに行きましょ。ずいぶん心配させちゃったみたいだしね」
「ああ、そうだな」
時刻は午後の授業が始まってから、たいして経っていない。もう少し屋上でくつろいでもいいのに、遠坂は戻る気満々であった。
即断即決の遠坂に従い、俺は屋上を出る――――と、その前に…………、
「どこから入ってきたか知らないけど、今度は、降りられないところに行くなよ」
腕に抱えた子猫を地面におろす。分かっているのかいないのか、子猫は俺を見上げると、なー、と一声鳴いたのだった。
そうして今度こそ、遠坂と一緒に俺は屋上から出る。ペンダントを巡る一騒動は、こうして幕を閉じたのであった。