〜Fate Hollow Early Days〜
〜☆さるべーじ・ぺんだんと〜
「ふぅ……いい天気だなぁ」
午前中、授業の合間の休み時間――――俺は息抜きをするために、廊下に出て大きく息をついた。
手と顔を洗って、授業中に湧き出た眠気を吹き払う。やれやれ、進学しないとしても、勉強はしっかりやれって藤ねえからの命令だしな。
懐からハンカチを取り出して手を拭きながら、俺は何とはなしに周囲を見渡し、見知った顔を発見した。
廊下の向こうから歩いてくるのは、学園のアイドルこと、遠坂である。何やら考え事をしているのか――――うつむきながら、こっちに歩いてきた。
うん、ここは…………挨拶しておかないといけないな。しばらく前、人が多いからって、挨拶もせずに通り過ぎようとしたら、後で延々と絡まれ続けた記憶がある。
周囲の視線も気にはなるが、遠坂を怒らせるほうが怖い。俺は意を決して、遠坂に挨拶をすることにした。
「よう、遠坂」
「――――いったいどこに……廊下も何度も見て回ったし――――」
しかし、俺の挨拶は見事に空振り。遠坂はぶつぶつと呟きながら、俺の横を通り過ぎて行ったのであった。
おおおお……! と周囲からざわめきが起こる。その大半が、嬉しそうな男子生徒の声である。
「衛宮がシカトされたぞ! ついに衛宮―遠坂間で破局かっ!?」
「うんうん、こうなるんじゃないかーって、思ってたんだよねー」
「ついに、ついに俺の時代が!?」
そんな声も耳に入らず……俺はと言えばそれなりにショックを受けて、遠坂の歩いていったほうを見ていたのだった。
しかし、どうしたんだ、遠坂――――少なくとも、無視されるようなことをした覚えは無いんだけど。
予鈴がなり、俺は仕方なしに教室に戻り、授業を受けることにした。しかし、脳内ではさっきの出来事が、何度も何度も繰り返されていたのだった。
何か悩んでいるような遠坂。挨拶にも気づかないなんて、よっぽど悩んでいたんだろうか――――あるいは、本気で俺のことを無視していたとか。
「う〜……」
考えたくない可能性だが、考えまいとすると、無意識にストレスがたまって胃がきりきりと痛む。
ただ、悩んでいたって何も解決しないということは、今まで生きてきた中で、学んでいたことだった。
よし、次は昼休みだ。授業が終わったら、ひとっ走り遠坂の所に行って、話しを聞くことにしよう。
ざわざわと、周囲から注目を受けるのを……亀のように身を縮めてやり過ごしながら、俺は早く時間が過ぎるのを願っていたのであった。
授業が終わり、昼休みになる。普段ならお弁当を広げるなり、購買に行くなりしているところだが……今日はそれどころではない。
ともかく、一度、遠坂と会って話をしてみよう。全てはそれからだ、と思い、廊下に出ると――――、
「…………思い当たる所には無い、か。じゃあいったい、どこに行ったのかしら? 学校に持ってきたのは確かだし」
昼休みが終わってすぐ抜け出したのか、一人で廊下をうろついている遠坂を発見した。
最初は、声を掛けようと思ったが、どうも様子が変だという事に気づいた。何やら床ばかり見ているし、気もそぞろである。
――――これじゃ、声を掛けても気づくはずも無いか。俺は考えた挙句、実力行使に出ることにした。つまり――――、
「ちょっとこい、遠坂」
「!? え、衛宮君!?」
俺は遠坂の手をとると、ぐいぐいと引っ張りながら廊下を歩く。遠坂は虚を突かれたのか、大人しく俺の後についてきた。
さて、余計な邪魔が入らないところで、少し話をするとしよう――――。
屋上のドアを開ける。夏ならともかく、秋では利用者も皆無な屋上に、俺は遠坂を引っ張ってきて向かい合った。
遠坂はというと、キョトンとした表情で俺を見る。その仕草は、いつも学園内で見ることのある、普通の遠坂であった。
「なに、どうしたの? 急にこんなとこに連れてきて……お昼のお誘いにでも来たの?」
「いや――――ちょっと聞きたいことがあって」
遠坂の問いに、俺はどうやって聞こうかと、頭を巡らす。おそらく……遠坂は話したくない事は、上手にはぐらかすだろうし、小細工は通じないようにも思える。
そうだな……回りくどいことはせず、ストレートに聞いてみることにしようか。それが一番よい方法だと思うし。
「遠坂、何かトラブルでもあったのか? 午前中の休み時間から、なんか様子がおかしかったけど」
「え、うそ――――何で知ってるの!?」
「何でって言われても……直接見たからに決まってるだろ? 声を掛けても返事はしないし、ひょっとして、無視されてるんじゃないかって思ったんだが」
俺の言葉に、遠坂は心底驚いたような表情になった。どうやら、わざと無視したわけじゃないらしい。
遠坂は、小さく「ごめん」と呟くと、苦笑いの表情になった。
「そうね……衛宮君も一応関わりのあったことだし、話しておくべきかも。 ね、衛宮君……あなた、私のあげたペンダントって持ち歩いてるの?」
「ペンダント――――? ああ、確かポケットに入ってるけど…………って、ちょっとまて。 ひょっとして、何か探してるみたいだったけど――――」
恐る恐る聞くと、遠坂も困りきった口調で、ふぅ、とため息をついて肩をすくめた。
「ええ、その通り。あのペンダントが、どこかへ行っちゃったのよ。値打ちとしてもそうだけど、あれって一応、父の形見だから」
「これを代わりにする――――ってわけにもいかないもんなぁ」
ポケットから取り出した、ペンダントを遠坂に見せながら、俺は考える。一応、俺が持つこのペンダントも、もともとは遠坂の所有物である。
もし、遠坂が欲しいって言うなら、ためらうことなく差し出すけど……律儀な遠坂の事だから、受け取ることは無いだろうな。
「ええ、それは衛宮君にあげたものだし、まったく同じ物といっても、落とした方を放っておくわけにもいかないから」
ほら、あれに込められた魔力も、ちょっと見過ごせないシロモノだしね……などと、遠坂は呟く。
どうやら、暇を見つけては……遠坂は自分の魔力をあのペンダントに――――正確にはペンダントについた宝石に込めていたらしい。
魔術師でもない限り、ペンダントに込められた魔力を悪用する事はないだろうけど……何かの拍子で魔力が開放される可能性もある。
つい最近の、アインツベルン城を半壊させた事件も、遠坂の魔力の暴走が原因だった。あれほど規模は大きくないとはいえ、学校が吹っ飛ぶ可能性も否定できない。
それは、遠坂も分かってるのだろう。だから、周囲に気を配る余裕も無く、必死にペンダントを探していたのだ。
そうだな、聞いた以上は聞かなかったことにはできないだろう。なにより、遠坂の落ち込んだ姿を見たくはないし――――、
「そっか、それで、次はどこを探すんだ? 俺も付き合うよ」
「え、でも……お昼休み、潰れちゃうわよ? 下手したら、授業をサボる羽目になるかもしれないし」
「別に、俺はかまわないけど……まぁ、午後は藤ねえの授業だし、理由をしっかり言えば、藤ねえも許してくれるだろうからな」
その代わり、放課後にしっかりと補修を受けさせられる羽目になるけど――――それくらいはどうってことはない。
決めあぐねている遠坂に、俺は勤めて明るく、励ますように声をかけた。
「ほら、考えてるより行動、だろ? 探すんなら、ちゃんとペンダントを見つけような」
「――――うん、ありがとう、士郎」
遠坂は、安心したように、朗らかに笑った。一人で当てもなく探すのは、精神的につらかったのだろう。
こうして、俺と遠坂は紛失したペンダントを探し始めることとなった……のだが――――順調に事は運ばなかった。
俺と遠坂の会話を、屋上の隅で盗み見ていた何名か……彼らのせいで、学校中を巻き込んだ大騒動に発展しようとは、このとき誰も、思いもしなかったことであった。