〜Fate Hollow Early Days〜
〜☆衛宮家地獄の鍋大会〜
ぐつぐつぐつ……真っ暗闇にしたなかで、鍋を煮込む火だけが、わずかな明かりとなって食卓を照らしている。
煮込んでいる鍋の中からは、食欲を誘う芳醇な香りがしている。しかし、その鍋の中に箸を突っ込む勇気は、なかなか沸いてきそうに無かった。
「それじゃ、皆が持ち寄った材料は全部入ってるな? そろそろ開けるぞ」
周囲が無言で頷く気配。俺はそれを確認した後、鍋つかみを使って、鍋のふたを取り払ったのだった。
――――さて、事の発端はというと、夕方に鍋物の準備をしていた頃に時間は巻き戻る。
いつも通り分担で食事の支度に取り掛かっていた俺と桜。そこに、今日は日がな一日家でゴロゴロしていた藤ねえが姿を現したのだった。
「お、やっとるやっとる。今日は鍋かなー?」
「はい、今日は海鮮鍋にしようと思います。期待して待っててくださいね」
藤ねえの問いに、桜が答えながら、次々と野菜を切っていく。そんな様子を見ながら、藤ねえはポツリと――――、
「んー、なんか今日は気分的に、お肉が食べたいんだけどなー」
「我がまま言うなよ、藤ねえ。もう材料も切り終わる頃だし……いまさら、変更は出来ないぞ」
俺の問いに、藤ねえはむー、と唸る。どうやら要求が聞き入れられなかったので、少々不満のようである。
と、いいアイディアでも思いついたのか、藤ねえはそうだ! と瞳を輝かせながら、こっちににじり寄ってきた。
「ね、それじゃさ、材料にお肉も加えてよー。それなら問題ないでしょ?」
「そんなわけあるか。今日作るのは海鮮鍋だぞ。それなのに、肉まで入れたら……まんま、ちゃんこ鍋じゃないか?」
「…………ちゃんこ鍋、ですか」
俺の言葉をおうむ返しに呟き、考え込む桜。どうも桜のような女の子にとっては、ちゃんこ鍋というのは鬼門らしい。
なんというか、相撲取りの食べるものだけあって、太るという第一印象があり、そのことに対して、過敏になっていそうである。
そんな桜とは違い、体重なんて気にも掛けない冬木の虎は、俺の言葉に名案とばかりにポンと手を打ったのであった。
「あ、それいいわねー。そうだ、ついでに闇鍋みたいに電気を消して、各自いろんな材料を入れるってのも面白いかも……」
「ちょっと待てよ、藤ねえ。誰もそんなこと、許可して――――」
「よし、決定! そういうわけで、イリヤちゃんや遠坂さんに連絡付けてくるから、あとはよろしくねー!」
言うが早いか、藤ねえはあっという間に居間から出て行ってしまった。残されたのは、途方にくれた俺と桜である。
「あの……先輩、どうしましょうか?」
「うーん、藤ねえを無視して料理を作るってのもありかと思うけど……それだと遠坂やイリヤに、どう説明していいか分からないしな」
こういうお祭り騒ぎが大好きなイリヤと、なんだかんだでノリの良い遠坂――――気合を込めて材料を持ってこられたら、こちらとしても気まずいだけである。
仕方ない、当初の予定を変更して、藤ねえのプランに従うとしようか。俺は包丁を握りなおし、助手である桜に指示を出す。
「桜、鮭はソテーにでもしておいてくれ。ご飯は炊いてあるし、蟹とかは湯掻いて、そのまま食べれるようにしよう」
「はい、それじゃあ生のまま食べれる野菜類で、サラダを作っておきますね」
闇鍋というからには、とんでもないシロモノが出来る可能性もある。そうしたとき、せめて普通の食事が出来るように逃げ道を作っておくのも、料理担当の勤めであった。
――――そんなこんなで、急遽始まることになった衛宮家開催の闇鍋大会……波乱含みの展開になりそうな予感はあった。
真っ暗闇の居間に、鍋の薫りが立ち込める――――幸い、危惧したような危険物の香りはしなかった。
「あーぶくたった、煮え立った〜、煮えたかどうだか食べてみよ〜」
どこかで聞いたようなフレーズを口ずさむのは、藤ねえだろう。携帯用のガスコンロの火は、鍋を囲む俺達の顔が見えるくらいの明るさはある。
しかし、上に乗っかった鍋の中身――――泡立つそれを照らすことは無く、それがいっそう不安にもなった。
ま、いくらなんでも死にはしないし、とりあえず食べてみるとしようか。
「よし、それじゃあいくぞ――――」
俺は勇気を出していの一番に、鍋の中に箸を突っ込んでみる。取り出した塊を、口の中に入れて咀嚼してみた。
口の中に広がる味わい――――これは……、
「――――ふぅ、何が入ってたんだ? 何だか、鶏肉の味がしたけど」
「ああ、それは――――Taubeよ。リズが森で採ってきて、捌いたのを持ってきたの」
俺の声に答えたのはイリヤである。聴いたことの無い単語だが、どうやらちゃんとした食べ物だったらしい。
とにかく、俺が食べ始めたのをきっかけに、それぞれのペースで食事を始めたのだった。
「闇鍋って変わった趣向だけど、たまにはこういったものも良いわね」
「はい、そうですね……ライダー、お醤油をとってくれる?」
「お任せください、サクラ」
ノンビリと寛ぐ遠坂の声と、向こう側では仲の良い桜とライダーの会話。セイバーは無言で食事を進め、イリヤは藤ねえとワイのワイのとやっている。
それは、いつも通りの団欒の風景だった。何だ、別に心配するほどのことじゃなかったな――――俺はホッとして、鍋の仲の具をほおばり……硬直した。
なんというか、鍋の中の具が、非常に辛い物に入れ替わっている。さっきまで普通の鍋だったのに――――どういうことだ?
「ぐわっ、か、か、辛い――――なんでだ?」
「よっ、面白そうなことやってるみたいだな。参加させてもらうぜ」
辛さに悶絶する俺の近くで、そんな声が聞こえた。この声は――――、
「ランサー!? どこから入ってきたというのです!?」
「あ? どこからって、玄関からに決まってるだろ。虎じまのねーちゃんに誘われたもんでな。マスター同伴で参加しに来たんだ」
驚くライダーの声に、答えるランサー。しかし、真っ暗なせいか、声はすれども姿は見えず…………そんなことを考えていると、床に倒れた俺の身体に、何やら布が巻きついた。
ああ、なるほど――――鍋の異様な状況は、こいつが原因か。しかし、文句を言おうにも、ぐるぐる巻きにされ、口も聞けないありさまである。
「ふぅ、なかなかに燦々たる有様だな。こういうとき、夜目が利くというのも困り者だが」
「アーチャー!? 貴方も参加しに来たっていうの?」
「ふぅん、みんな英霊を連れてきてるのね……せっかくだし、バーサーカーも呼んでみようかしら」
次から次へと、闇鍋の訪問者は後を断たない――――そんな状況でも、もくもくと食事を続けているのはセイバーただ一人だったが。
なんにせよ、参加者が増えるたび、鍋に新たな食材が投げ込まれ、到底、終わりというものが見えない状況だった。
ああ、せめて食卓が破壊されないうちに、この騒動が治まりますように――――。
簀巻きにされて転がされ…………なぜか丸太椅子のように、腹部辺りに座られながら、俺は切実に、そんな事を考えていたのだった――――。