〜Fate Hollow Early Days〜 

〜お茶の時間〜



昼過ぎの駅前……生活用品でも買出ししようと思って訪れた駅前は、人でごったがえしていた。
老若男女、人種も性別も違う人々が、駅前であてもなく戯れている。あるいは目的の場所に歩を進めているのか――――。

「なんか、息苦しいな……」

人の多さに酔ったのだろうか、人ごみの中に立っていると、頭が乾いてどうにかなりそうだった。
張り詰めた気を抜くために、場所を変えたほうがいいだろう……俺は人ごみに背を向けて、町の中心へと歩き出した。
中央公園に場所を移す。新都の中ほどにあるこの公園は、休日だというのに、人がほとんどいない。

一時は新都の中心街だったであろうこの場所は、過去の大火災により、人の住まぬ場所へと成り果てていた。
公園の芝生の上に寝そべって、大きく息をつく。雲ひとつない空は、はるか遠く……蒼穹の色を広大なキャンバスに塗りこめてあった。
そうして、まどろむうち――――秋の日差しに誘われてか……睡魔が音もなく俺を眠りの淵に引き込んでいった。



焼け焦げた大地、空には漆黒の孔……地面には、壊れたオブジェのような炭化した人の残骸がある。
夢の中、俺が目にした光景は、十年前のあの光景そのものだった――――ここしばらくは、この光景を見ることもなかったんだが。

「誰か、いないのか……?」

息苦しさに歩を進める。これが夢だとわかったのは、俺の身体が明らかに違うこと。
あの時、小さな身体で地獄を這いずり回っていたときとは違い、今の身体は大きく、地獄をよりいっそう遠くまで見渡せていた。

一歩一歩が大きく、景色が動く。そうして、あてもなく彷徨っていた時、不意に視界を何かが掠めた。

「?」
「ごきげんよう。ずいぶんと疲れているのね」

視線を移すと、そこには見知らぬ少女がいた。薄い赤みがかった髪に、くすんだ琥珀色の瞳、特徴的なのは、片方の瞼がぴったりと閉じていることか。
年は、イリヤと同じくらいだろう……黒色のドレスを身にまとい、少女は馬鹿にするように、俺を見て肩をすくめた。

「本当に、呆れるわ。報われないと分かっていながら、こんな世界を認めて、それでも世界を愛している。正気を伺うわね」
「――――君は、誰だ?」

始めてみる少女に、俺は戸惑いを隠せない。そんな俺を一瞥し、少女は不機嫌そうに肩をすくめた。

「誰かなんて、知ってもどうなるものじゃないわ。どうせ、私と貴方は『未来永劫、出会わない』関係なんだから」
「?」

夢の中のせいか、少女の言っている意味が、どうにもこうにも理解できなかった。
そんな俺を見て、少女はふんと鼻を鳴らし、蓮っ葉な口調で言葉を続ける。

「まあいいわ、出会ったついでだし、名前くらいは教えてあげる。私の名前は『紫陽 真由』よ。覚えておきなさい」
「――――……?」

聞いたことのない名前。それを聞くとともに、急速に意識が遠くなる――――いや、これは、眠気が覚めてきたのか……。
見知らぬ誰かと出会った夢の中から、俺はそうして、現実世界へと引き戻されたのであった。



――――、子守唄が聞こえる。聴いたことのある賛美歌を、ゆったりとした口調で謡う。
赤子をあやすように、静かな旋律で紡がれるその歌を聴いていると――――なんだか、気分がムカムカしてきた。

「起きましたか?」
「ああ、気分は最悪だがな」

目を開けると、そこにはカレンの覗き込む顔。どうも、後頭部が温かいのはカレンがオレに、膝枕をしていたからのようだ。
しかし、普段なら驚くか喜ぶかだが、あいにくオレにとっちゃ、とりわけ気にするほどのことでもなかった。

「――――貴方は、夜にしか現れないと思ってましたが」
「はん、そんなわけあるか。オレはどこにだっているし、いつだって出てこれる」

驚くわけでなく、淡々と聞いてくるカレンに、オレは得意げな口調で言った。といっても、自慢することでも何でも無いわけだが。
オレはよっ、と身を起こすと、目の前の女をじろじろと眺め回す。まったく、いったいどういう風の吹き回しだ?

「で、お前さんはいったい何をしてたんだ? 寝ているオレに、膝枕をして歌まで謡うなんて、よっぽど暇だったのか」
「そういうわけではないのですが――――性懲りもなく逃げ出した使い魔達を捜し歩いているうちに、貴方を見つけたので」

随分うなされていましたから、気を落ち着かせようとしただけです。などとカレンは言う。
こいつにとって、それは当然の行為であるんだろう。押し付けがましい意思ではなく、そうするのが当然という判断の元、行動したんだろうが……。

「――――ま、確かにおかげで頭はしゃっきりしたんだけどな」

言って、大きく伸びをする。言葉にしたとおり、何故か気分は爽快だった――――あの子守唄のせいだとは思えないが。

「それに…………どの道、使い魔達を見つけるのは困難でしたので、貴方が起きるのを待って、約束を果たそうと思ったのです」
「ん? 約束???」

オレが問い返すと、なんとなく不機嫌そうになるカレン。ああ、そういえば、士郎(コイツ)とカレンは出会うたび、お茶の約束をするんだったよな。
まったく、物好きというかなんと言うか――――本当に女に甘い所は誰に似たんだか――――、

「…………言っとくが、オレは無関係だからな」
「そう言うわけにもいきません。約束は約束ですから――――安心してください、貴方に喫茶店に連れて行けなんて、無茶は言いませんから」

ただ、ずっと歌い続けましたし、喉が渇いたのも事実ですから――――などと、しれっとした表情で言う。
くそ…………子守唄を歌ったのはそっちの勝手だろうが。とはいえ、さっき、頭がすっきりしたなどと、感謝めいたことを言ってしまったからなぁ…………、

「ったく、わかったよ。どうせ痛むのは士郎(コイツ)の財布だしな。ちょっと待ってろよ」
「はい、正直、足がしびれて立てませんし、ここで待つことにします」

そういうと、足を伸ばして芝生に座るカレン。まったく、妙なやつに引っかかったもんだ。
――――ま、いいだろ。とっとと茶でも買って、後はその場の成り行きに任せるとしようか。

とりわけ急ぐこともなく、公園内にある自販機へと歩きながら、オレは突然の出会いをそれなりに楽しんでいたのだった。