〜Fate Hollow Early Days〜
〜☆不振人物、現る?〜
夜の見回りのため、交差点を訪れた。見回りを始めて3日目の夜。なんとなく今日は、嫌な予感がする。
どこからか、物陰から見つめられているような、そんな感じ…………交差点の先に、得体の知れない化け物がいるかのようだった。
「そんなわけないよな……馬鹿馬鹿しい」
自分に言い聞かせ、歩を進める。今日は、まだ3日目。街を覆う怪異など、現れるはずがない――――。
だと、いうのに…………俺の後をつけてくる足音がある。コツコツと、アスファルトを叩く音。
セイバーではないだろう。遠坂でも、桜でもない。単調で無機質とも取れる足音は、一定のリズムで俺の後をつけてきた。
俺は歩を早める――――しかし、背後から聞こえてくる足音はそのままだ。
さらに足を速めても、足音は消えない。一定の距離を置いて、俺の後を追跡しているようだ。
「くっ――――はぁはぁ…………」
得体の知れない焦燥感に駆られ、俺は走り出した。ひとけの無い欲の街角…………振り向くとそこには、大きな牙を持った『何か』が――――、
「う、わぁぁぁぁぁぁぁっ!」
俺は後ろを振り向かず、駆け出した。人の居ない夜の町、誰に助けを求めることもできず、俺はただひたすらに逃げた。
ああ、誰もいない世界というのは、こんなにも寂しくて――――孤独。
逃げ回る俺を、嘲笑するかのように、足音はどこまでも、どこまでも追ってきた。
逃げに逃げて、俺は海浜公園にたどり着いた。いつの間にか、後ろからの足音は聞こえなくなっていた。
恐る恐る、後ろを振り向いてみるが――――夜の公園に怪しい影は存在しなかった。
「た、助かった――――のか?」
ほっと息をつき、前に向き直ると――――そこには、大きな牙を持った影が目の前に…………!
「シロウ、追いついた」
「え、リズ――――?」
俺を追っかけてきたのは…………イリヤのメイドこと、リーゼリット。彼女は、俺と同じだけ走っているはずなのに、平然とした表情で抑揚の無い言葉を紡ぐ。
手には無骨なハルバート――――どうやら暗闇の中、あれを何か生き物の、大きな牙に見間違えたようだ。
「はぁ、はぁ……お待ちください、エミヤ様」
と、俺の後ろから聞きなれた声がした。振り向くと、イリヤのメイドそのに……セラが、ヨタヨタとした足取りでこっちに走ってくるのが見えた。
あ、転んだ。どうやら必死に、俺やリズを追いかけていたが、体力的にもう限界なのだろう。
「大丈夫か? ほら、つかまって」
「す、すみません……」
俺の差し出した手につかまり、何とか立ち上がるセラ。そんな彼女を見て、リーゼリットが一言。
「セラ、運動不足。もっと鍛えないと」
「お、お黙りなさい…………あなたと違って、私が運動機能に秀でていないのは知っているでしょう?」
怒りの声も力無く、俺にすがりついて立ちながら、セラは疲れきった声でそう反論したのであった。
「それで、二人とも一体、こんな所で何をしているんだ?」
休憩もかねて、近くにあったベンチにセラを座らせると、俺は自販機でジュースを買って二人に渡しながら、そう質問をしていた。
こんな下賎なもの――――と文句を垂れていたセラだったが、一口飲んで気に入ったのか、一気飲みをして息を整えると、俺をキリリと睨んできた。
「お嬢様を探しに来たのです。最近、夜中に城を抜け出ているようでしたので……エミヤ様、お嬢様の居場所をご存知ありませんか?」
「イリヤが……それは初耳だな。ひょっとして、誰も連れず一人でってことか?」
「あ……いえ、バーサーカーを使役してはいますが、本当にご存知なかったのですか?」
拍子抜けしたような、表情のセラ。夜中に出歩いている俺を見て、イリヤと密会でもしていると思ったんだろうか?
あわよくば、現場を押さえ込んで、立場を強めようとでも思っていたのかもしれない。
「やっぱり。セラ、そそっかしいから」
「う……」
ぼそりと呟くリズの言葉に、口ごもるセラ。どうも、セラの独断で俺の追跡を慣行したらしい。リズはそれに巻き込まれたというところか。
しかし、イリヤが出歩いているとはな…………彼女は彼女で、街の怪異をどうにかしようとしているのかもしれない。
「話は分かった。もしイリヤに出会ったら……それとなく、セラ達が心配するから出歩かないように言っておくよ」
「ええ……そうしていただけると、助かります」
俺の言葉に、ホッとしたように表情を緩めるセラ。いつも気張ってばかりじゃ、疲れるんじゃなかろーか?
時々は、肩の力を抜いてもいいと思うけどな…………まぁ、藤ねえみたいに抜きっぱなしというのも困り者だけど。
「それでは、私達は城へ戻ることにします。リズの稼働時間もあまり無理できませんし」
「ん、そうか。確か十二時間しか起きてられないんだったな……大丈夫なのか?」
「へいき、お昼寝、たくさん取ったから」
むん、と無表情でガッツポーズをとるリズ。ま、それだけ元気なら、問題ないだろう。
「それでは、失礼します」
「ああ、おやすみ、セラ。リズも、またな」
「うん、またな、シロウ」
手を振り、俺は二人と別れる。どうやら彼女達は、近くに車が泊めてあるらしく、それに乗って帰るらしかった。
そんなこんなで家路へと歩く。夜道はしんと静まりかえり、誰もいない……背後からは、もう足音を聞くこともなかった。