〜Fate Hollow Early Days〜 

〜☆ライダーと愛機〜



土蔵の整理をしていると、中庭に見知った人影が見えた。あれは…………ライダーか。
なにやら不審気にきょろきょろと辺りをうかがっている。その様子を見て、ピンと来た。

「また、俺の自転車にこっそりと乗ろうとしてるな、あれは」

時折、出かけようとすると、愛機一号がない時がたまにある。そんな時は、決まってライダーがこっそり持ち出して、街中を爆走しているのだ。
まぁ、買い物とかをする時は、二号の方が役に立つので、そこまではきつく言うことはない。
けど、あまり頻繁に持ち出されるのも、さすがに問題があるからな――――いつの間にか、一号の所有権がライダーに移ってしまいかねない。

「あ、そういえば、この間……ライダー用に組み上げた四号があったっけ」

もともとは、ライダーに受けた借りの返済用として組み上げたのだが、なんとなく紹介する機会もなく、土蔵にお蔵入りしていたのだった。
うん、いい機会だし、ここはひとつ、ライダーに乗り心地を試してもらうとしよう。
土蔵の隅に、ビニールシートを被せておいた蔽いを取り払い、四号を引き出すと、俺は辺りを窺っているライダーの方に自転車を引いていった。

「ライダー、ちょっといいか?」
「あ、士郎――――これは、ですね……」

俺が声をかけると、ライダーは慌てて言いつくろうとして――――俺の引いてきたものを見て、驚いた表情になった。
お、なかなかに珍しいかも。ライダーが呆然とするなんてこと、そう無いもんな。

「士郎……それは?」
「ああ、新しい自転車が組みあがったんだ。ライダー用にカスタマイズしてあるけど……ひょっとして、気に入らなかったか?」

いや、俺もちょっとやりすぎかな――――とは思ってたんだけど。
変速ギアは、6段階で、もっとも大きいギア――――つまり重いギアは、試しに廻そうとしても、ろくに動かないほどだった。
まぁ、ライダーの脚力ならいいかなー、なんて楽観でいろいろとゴテゴテ組み上げてみたんだが…………さすがに、女の子が乗るには少々無骨すぎたかも……、

「いえ、その逆です――――こうまで本格的な自転車を組み上げるとは…………士郎は本当に手先が器用ですね」
「そっか、気に入ってもらったんなら良かったけど」

こうも手放しで賞賛されると、なんとなく気恥ずかしい。と、ライダーは何やら言いたげに俺を見つめてきた。
喜んではいるが、どことなく腑に落ちないといった表情のライダー。どうしたんだろうと思っていると――――、

「しかし、まだ四号は組み上がらないだろうと思ってましたが……部品もそうですし、士郎も他に修理するものが、多数あったと記憶してます」

と、そんなことを聞いてきたのだった。まぁ、確かに唐突だったかもしれないな。
前もって、ライダーに四号が完成しそうだって告げておけば、こうも気を使わせなかったかもしれない。

「ああ、本当はもっと後に組む予定だったんだけどな――――この前の遠坂とのデートの時……借りがあっただろ」
「そのことで、ですか……しかし、本当に律儀ですね。こっちはもう、その分の報酬は受け取ったというのに」

――――う、なんか妙に背筋が寒くなったぞ。どうも、ライダーは俺の知らぬ間に報酬を受け取っていたらしい。
そういえばここ数日、妙な夢を見たような気がするけど――――深くは考えまい。

「まぁ、そういうわけだから、とりあえず試し乗りしてみてくれ。どこかおかしいところがあったら、直すから」
「はい、それでは遠慮なく」

俺の言葉にライダーは頷くと、愛機四号にまたがる。うん、座席の高さとかは問題なさそうだ。
ライダーは興味心身に、手元のハンドル付近にある、切り替え用のスイッチに手を触れていた。

「ギアチェンジは、タイヤを廻しながらしてくれよ。止まったままだと、チェーンが外れるかもしれない」
「はい、それでは少し、走らせてきますね」
「え、ちょっと待って…………って、行っちゃったよ」

自転車に乗ったまま、門の外へと飛び出していくライダー。一応、ちょっと動かすだけにしとこうかと思ったんだけどな。
ま、ライダーほどの腕なら、事故の心配もないだろうし、中断していた土蔵の整理をしながら、ライダーを待つとしよう。



土蔵の整理を再開し、しばらくの時間が経った。ライダーはというと、まだ戻ってこない。
う〜ん、おかしいな、ひょっとして、何かのトラブルがあったのだろうか。探しにいくにしても、当てはないし――――、

「士郎」

と、そんな事を考えていると、土蔵にライダーが戻ってきた。何やら浮かない顔である。

「お帰り、ライダー。ずいぶん遅かったけど、何かあったのか?」
「――――はい、あの、士郎…………怒らないで聞いてくれますか?」
「改まってそう聞かれると、さすがに気になるな…………それで?」

先を重ねて促すと、ライダーは無言で俺を差し招いた。無言で付き従うと、ライダーが向かう先は、自転車置き場であった。
そこには、一号と二号に並んで、四号が立てかけてあった。なんだ、別にどこもおかしい所は――――あれ?

「チェーンが、切れちゃってるな」
「はい、限界までスピードを出してみようと、思い切り踏み込んだところ、いきなりブツリと……すみません」

申し訳なさそうに謝るライダー。俺はチェーンを調べてみる。どうも、ライダーのせいというよりも、これは…………、

「あの、直せますか?」
「…………ああ、けど、すぐには無理だな。チェーン自体がどうも古くなってたみたいだ」

もともと、中古品ということもあって、ライダーでなくとも乗ってれば途中でぷっつりと切れていただろう。
うーん、傷とかは無かったけど、材質が古くなると脆くなるんだな…………覚えておこう。

「そうですか……」

しゅんとなって、うつむくライダー。さすがにそんな顔されると、贈り物をした、こっちが気まずい。
俺は努めて明るく、ライダーに笑いながら、「大丈夫だって」と声をかけた。

「今度、バイトのお金が入ったら、ちゃんとしたチェーンを買うよ。それなら安心して走れるから、それまではもう少し辛抱してくれ」
「ですが、そこまで迷惑をかけるわけにも――――代金でしたら、私が払います」
「いいってば、ライダーに贈り物として用意してるんだし、それでライダーがお金を出すのも、違う気がする」

俺がきっぱりというと、虚をつかれたのか、ライダーは驚いたように俺を見つめてきた。

「贈り物、ですか? 士郎が、私に……」
「うん、まぁな……これでライダー用の自転車も出来れば……気が向いたら一緒にツーリングも出来るし」

ライダーと並んで、当ても無く自転車を走らせる。何も無い田舎でも、それはそれで結構楽しい風景かもしれない。
まぁ、途中からスピードレースに想像が脱線したのは、言わぬが花というやつだろう。

「それは、なかなか楽しそうですね。分かりました――――期待して待つことにします」
「あいよ、期待しといてくれ」

ライダーの言葉に生返事を返して、俺は四号を調べる。うん、さすがに頑丈さを重視しただけあって、ライダーの走りでも、びくともしてない。
これなら後は、チェーンをしっかりしたものに代えれば――――

「士郎」
「ん?」

考え事をしていると、不意に耳元でライダーの声がした。それと同時に、頬に柔らかい感触。
一瞬、何が起こったのか分からぬまま、俺はライダーを見上げる。俺から身を離したライダーは、何事も無かったように……、

「約束ですよ」

楽しげに微笑むと、そのまま歩き去ってしまった――――参ったな、魅了の魔眼も使われてないのに、どうもライダーに魅了されたっぽい。
口付けされた頬が熱くて、俺はしばらくの間、四号をいじり回しながら、ぼうっとしていたのだった。