〜Fate Hollow Early Days〜 

〜☆Dr.リンの調合薬〜



午前中――――特にやることも無かったため、あちこちを掃除することにした。
一つ一つの部屋を回り、ほこりをはき取り、雑巾がけをする。畳とかは、古くなったら張り替えなきゃならないし、和室も洋室も、それぞれ手間が掛かる。
特に計画を決めてやっているわけじゃないので、無作為にあの部屋この部屋と目に付いた部屋を掃除していくと、一つの部屋に目がとまった。

「遠坂の部屋、か――――確か今日は、遠坂は泊まりに来てたんだったな」

先ほど玄関を見たら、彼女の靴は置いたままだったし、先ほど掃除した居間には、遠坂の姿はなかった。
遠坂が居ない時に、勝手に掃除すると怒られそうだし……ここは一つ、遠坂が部屋にいるうちに、掃除を手早く済ませてしまうことにしよう。

「遠坂――――入っていいか?」
「あ、士郎? ちょうどいいわ、ちょっとまってて――――うん、いいわよ」

ドアをノックすると、ほんの少しの間をおいて、入室の許可が出た。よし、それじゃあ一つ、気合を入れて掃除をすることにしようか。
俺はドアを開けて中に踏み込むと――――動きを止めた。俺の視線の先、そこには――――、

ごぽっごぽっ……と、明らかに健康に悪そうな、シロモノが入ったビーカーを、熱しているアルコールランプ。
床には、粉末を砕いてすり合わせる器具が、複数置かれ、その中身はビーカーに入っていること疑いは無かった。

「悪い、ちょっと――――、用事を思い出した」

とてつもない身の危険を感じ、俺はすぐさまUターンし、部屋からの退避を試みる。
が、いつの間にか部屋の入り口には……主である遠坂先生がいて、にこやかな笑みで俺の脱出を封じたのだった。

「気持ちは分かるけど、逃げないように。大丈夫よ、取って喰ったりしないから」
「……本当だろうな?」

半信半疑ではあるが、遠坂の言葉を信じて、俺は床に腰を下ろす。どうやら、最悪なタイミングで部屋に入ってしまったようだが、これからどうなるのか……、
そんな事を考えていると……遠坂は怪しい物体の入ったビーカーを、手袋を付けた手で持ち、その中身をカップに注いで――――、

「はい、ちょっと飲んでみて」
「――――……まぁ、そんなことだろうとは思ったけど」

さっき、ちょうどいいって言ってたのは……この良く分からない物を、俺に飲ませるつもりでの発言だったのだろう。
もし俺が来なかったら、遠坂の事だから自分で試しに飲んでそうだし…………そんな事になるくらいなら、喜んで代役を務めていい。ただ――――、

「大丈夫か、これ? 何か飲んだら、死んでしまいそうな色をしてるんだけど」
「平気よ、健康に害するような成分は使ってないし、ほら、良いからグイッと飲んでみなさいって」

薄緑色――――ただし、お茶のような澄んだ色ではない、にごった液体の入ったカップ。
まだ泡立っている、その飲み物と呼んで良いものか分からないシロモノを手に持って…………俺は意を決すると、一息にカップの中身を飲み干した。
予想したよりも、のど越しは悪くなかった。いや、むしろ――――これは…………、

「――――どう?」
「ん…………悪くはない。というか、けっこう美味いぞ、これ」

そうなのである。見た目こそ最悪なものの、味は市販のジュースのような、あっさりとした味わいだった。
ほんのりとした甘みに、ミントの香りが後味すっきり。なんとなく、身体の奥から力が沸いてくるような、そんな気さえしてきた。

「他には? 何か、変わった事とかないの?」
「変わった事――――? そうだな、強いて言えば、何か妙に身体が火照ってくるというか――――あ、れ?」

ぐらり、と頭の中がかき回された。妙にハイな気分――――言い例えるならそれは、酒を舐めたときに似た感覚だった。
のどの渇きと、妙な興奮感…………いったい、どうしたって言うんだ?

「と、おさか――――さっきのに、何、入れたんだ?」
「ああ、これよ…………翡翠の原石」

そういって遠坂が見せたのは、薄緑色の小さな石ころ…………つまりは、さっきの液体の中には、宝石の粉末が入っていたのか。

「ライダーに頼まれてね、魔力を口内摂取できる代物を作ってみたの。私って、宝石に魔力を込めて使うでしょ?」
「ああ、だから宝石入りの――――」
「そう、本来は酩酊感を出すものの予定だったけど、士郎には別の効果があったみたいね」

どこか楽しそうに遠坂はにじり寄ってくる。なにやら、奇妙な雰囲気だけど――――、

「別の、効果……って」
「単純なことよ。士郎の場合――――、私の魔力は、体内に異物としてでなく…………興奮物質として作用するのよ」

どうも、魔力交換をしたせいで、そうなっちゃったみたいね――――などといって、遠坂は俺にしなだれかかってくる。
いや、しかしそれはまずい。普段だって触れたら火傷しそうな遠坂の身体が、ひどく熱く感じるのだ。

「ま、私の責任みたいなものだし、士郎も別に嫌じゃないでしょ?」
「う、でも――――とって食わないって言ってたじゃないか」

流されそうになる気持ちをこらえて、俺は遠坂に反論してみる。しかし、赤いあくまはトコトン強気に、にやりっ、と笑みを浮かべたのだった。

「あら、とって食うわけじゃないわよ? どちらかといえば、食べるのは衛宮君の方じゃないかしら?」
「――――……」

逃げ場なし、逃げる気力も浮かばない。もっとも、よしんば逃げたとしても、いきり立った下半身を桜やセイバーに見られるのも困り者だった。
ああ、せめて事が終わるまで、唐突に誰かが部屋に入ってきませんように――――。

切にそんなことを思いながら、明かりを落とした遠坂の部屋で、俺は流されるままに、午前の一時を過ごしたのだった。