〜Fate Hollow Early Days〜 

〜☆ボディガード?〜



セイバーを連れて、海浜公園を訪れた。この周囲には、いまだ異常は感じられない。
怪異はゆっくりと、西から東へと侵食をしているかのようだった。そう、気づかぬうちに、その木陰にも、見知らぬ黒い獣が――――、

「シロウ、何か見つけたのですか?」
「ん、いや――――特に何も無いみたいだな」

セイバーに声を掛けられ、俺は周囲を見渡すが、とりわけ異常というほどのものは感じられなかった。
この界隈は、前にも何度か足を運んだような気がする――――気がするというだけで、明確に覚えていないのは、たいしたことが無かったからだろう。
…………あるいは、覚えてはならないことがあったのかもしれないが。

「ともかく、ここには何も無いみたいだな…………とりあえず、別の場所に――――」
「待ってください、シロウ…………何か、聞こえませんでしたか?」

セイバーを促し、場所を移そうとしたその時、周囲を警戒していたセイバーが、鋭い声で俺を制した。
セイバーの直感――――それに反応があったということは、近くに何かが居るということだ。俺は動きを止め、息すら殺して周囲の様子を伺う。
そうして、ほんの数秒の後、セイバーが無言で駆け出す! 俺は遅れまいと、脚部を強化し、セイバーの後に続く。

セイバーのマスターとして、俺がすべきことは自らの身を守ること。こと戦に関して、セイバーを倒しうる敵はそうそういない。
だとすれば、セイバーに敵対するものは、確実にマスターを狙ってくる。だからこそ、俺はセイバーからつかず離れず、全力で自らの安全を確保しなければならない。
これが陽動であるという可能性も捨てきれない以上、セイバーから離れるわけには行かなかった。

「く――――」

足の筋肉が、悲鳴を上げる。魔術行使において、俺は並みの魔術師にも及ばない。だからといって、根をあげるわけにはいかなかった。
幸い、件の場所は近くだったらしく、セイバーが足を止める。俺はそれに反応し、自らも足を止め――――目の前の光景に、唖然とした。



「――――おや、セイバーと士郎。このような所で、どうしたのです?」
「――――……」
「――――……」

そこに居たのは、何やら見覚えのある英霊だった。見知った黒衣に身を包んだライダーは、走ってきた俺たちを見て、怪訝そうに首を傾げる。
なるほど、セイバーの探知に引っかかったのは、ライダーだったか。彼女は、海浜公園のベンチに腰を下ろして俺たちを出迎えた。
そのベンチには、ライダーの他にも利用している者がいた。ベンチに横たわり、ライダーの太腿に頭を乗っけているのは――――

「美綴――――!? ライダー、美綴をどうしたんだ?」
「もしや、夜の闇に乗じて、よからぬ事をたくらんでいたのですか?」

じろり、と呆れたようにセイバーがライダーを睨み付ける。どうやらセイバーは、ライダーが美綴を襲ったものだと思っているらしい。
それに対し、ライダーは薄い笑みを浮かべながら、頭を振る。

「生憎ですが、私はアヤコに害を与える事はしていませんよ。ただ、妙なモノが彼女を襲いそうでしたから、追い払っただけです」
「妙なモノ?」
「ええ、真っ黒な身体の、おおよそ人とは思えぬ魔性です。見覚えは有りませんか?」

ライダーの言葉を聴き、俺はセイバーと顔を見合わせる。少なくともセイバーも俺も、そんな変なものは見てはいない。
ただ、どうやらやはり、何やら妙なモノが周囲に蔓延っているのは事実のようであった。

「そっか、情報ありがとうな、ライダー。俺たちはもう行くけど、ライダーはどうするんだ? 美綴を放っていくわけにもいかないだろうし」
「私は、もう少しここにいます。追い払ったばかりなら、さすがに今夜は現れないでしょうし――――こんな機会も、そうそう無いので」

ライダーはそう言いながら、自らが膝枕をする美綴の頭をそっとなでる。まるでそれは、年下の妹に優しく接する姉のようにも見えた。
もっとも、美綴はというと、ライダーに頭をなでられるたび……「うー」「ぁー」などと、つらそうに寝言を言っていたのであるが。

「調子に乗って、血を吸うんじゃないぞ。いくらなんでも……前みたいに妙な噂が流れたら、美綴が可愛そうだからな」
「――――……つれないことを言うのですね、士郎」

図星だったのか、ライダーは拗ねたように俺を見つめる。もの言いたげではあったが、眠る美綴を気遣ってか、それ以上の動きは無かった。
まぁ、ライダーが一緒なら……美綴の身の安全は保障されるだろうし、俺たちは別の場所に行くとしよう。

「それじゃあな、ライダー。ついでに美綴を家まで運んでやってくれよ。じゃ、次の場所に行こうか、セイバー」
「はい、シロウ」

セイバーを連れて、その場を後にする。今夜は雲ひとつ無い、秋口の夜――――渡る風は少なく、空気は暖かい。
ふと、わずかな風に乗って、どこからともなく歌が――――、子守唄が流れてきた。
聴きなれない旋律が、聞き馴染んだ声で紡がれる…………唄っているのはライダーだろう。それは、故郷を思い起こすような優しい旋律。
眠る美綴のために唄っているだろう、子守唄を耳にしながら、俺はセイバーとともに、次の場所へ向かうことにしたのだった。