〜Fate Hollow Early Days〜 

〜☆藤ねえの課外授業(人妻編)〜



マウント深山商店街に、足を踏み入れた。ぱっと見は、どこにでも在るような普通の商店街である。
といっても、訪れるたびに何かしら、事件みたいなものが起こるのは、決して偶然というわけじゃないだろう。
何しろ、最近になってこの界隈に出没しはじめた人々は、そろいもそろって、一癖も二癖もある者達ばかりなのだった。

さて、今日も今日とて事件の予兆か――――商店街の街角に、何やらたむろする二人組を発見した。
それは、今までに無い組み合わせか……藤ねえとキャスターが、買い物袋を片手に雑談をしていたのである。

「――――なんか、奇妙な組み合わせだな」

葛木先生と結婚しているとはいえ、藤ねえとキャスターは面識が無いはずである。そんな二人がにこやかに話しているのは、何となく変な感じだ。
あれこれと話を振る藤ねえに、愛想良くキャスターは応答を返している。それは、同年代の女の人が世間話をしているように――――俺には見えた。

「あ、士郎じゃないの、ちょっと来なさい」
「あら、坊や…………ここ最近、よく見かけるわね」

ぼうっと突っ立って見ていると、どうやら向こうが、こちらに気づいたようだ。
こいこい、と手招きしている藤ねえに逆らうわけにはいかず、俺は立ち話をしている二人の所へと歩み寄った。
二人とも、手にはスーパーの袋を提げ――――、いつも通りの服装で、のんびりとくつろいでいる最中のようだ。

「よっ――――こんにちは、キャスター。藤ねえと、何を話していたんだ?」
「……なに、気になるの? 別に、たいした用事じゃないわよ。ただ、この商店街の事について、藤村先生が詳しそうだから、教えを乞うていたの」
「ふっふっふっ。伊達にこの街で生まれ育ったわけじゃないしねー。裏路地とか、秘密スポットもばっちりなのだ」

と、そんな事を言いながら、胸をそらす藤ねえ。どうやら、藤村先生と呼ばれてご機嫌らしい。
しかし、いったいどういう風の吹き回しなのか――――もともと、キャスターは藤ねえを嫌っていたはずである。

「キャスター、ちょっと……」

そう言って、キャスターを藤ねえから引き離す。ひそひそ話なら聞こえないくらいの距離で、俺はキャスターに問い尋ねてみることにした。

「いったい、どういうことなんだ? もう、藤ねえと葛木先生の一件は終わったはずだろ?」
「――――あなたも、嫌なことを覚えてるわね……安心なさい。あれが誤解だったことは承知してるわ。今日はたまたま……買い物に来ていて、バッタリ遭遇しただけよ」

キャスターが、今日の昼食の買い物がてら……江戸前屋の大判焼きでも買い食いしようと店先に寄ったところ、藤ねえとバッタリ出くわしたらしい。
もともと、キャスターと藤ねえの面識は皆無だったが、相変わらずの人見知りの無さと、何より人目を引く美人ということもあって、藤ねえの方から積極的に話しかけてきたらしい。

「こんにちはー、見ない顔ですね。最近この辺りに引っ越してきたんですか?」
「え、ええ……柳洞寺にお世話になっている者です。少々、縁がありましたので」
「へぇ……あ、ひょっとして、葛木先生の美人の奥さんってあなたの事でしょ?」

あけすけない態度の藤ねえに、最初は迷惑そうなキャスターだったが、事が学校のこと、葛木先生のことに至るにあたり、興味を向けた。
会話が進むにつれ、お互いの簡単な身の上話も交え、かなり打ち解けた感じで話をしているところに、俺が通りかかったのだそうだ。

「彼女と様々な事を話したけど……本当に世の中は、知らないことの方が多いって分かったわ。知識だけじゃ、理解できることには限りがあるものよね」
「へぇ……藤ねえの雑談でも、役に立つことってあるんだなぁ……」
「あ、士郎ったら、ひどーい! お姉ちゃんは、そんなこと言う子に育てた覚えはありませんっ」

思わず呟いた俺の言葉が聞こえたのか、むーっ、とぷりぷり怒りながら、藤ねえがこっちに駆け寄ってきた。
で、俺の頭を手のひらで掴むと、力を込め――――って、痛ててててててててっ!!!

「ちょ、ふじねえ、アイアンクローは、まずいって……! 砕ける砕ける!」
「黙らっしゃい! いくら学校外といえど、人前では藤村先生って呼びなさいって言ってるでしょーがっ!」

ギリギリギリ――――俺の頭を締め上げながら、藤ねえは、がー、と吼える。
このままデッドエンドか――――? そんな思いが脳裏によぎったとき、意外なところから助け舟が入った。

「藤村先生、相手はまだ子供だし、坊やの言うことをいちいち真に受けていたら疲れますよ? それより、尋ねたいことが有るのですけど?」
「あ、ごめんなさい。何です? 私に答えられるものなら、何でも聞いてくださいねっ」

俺の頭から手を離し、愛想良くキャスターに向き直る藤ねえ。 た、助かった…………。
頭を砕かれず、安堵のため息をつく俺のとなりで……藤ねえとキャスターの、にこやかな会話は続いている。

「先ほど聞いた、居酒屋というところですけど――――、一度、覗いてみたいと思うのですが。総一郎様も、付き合いで呑みに行くお店ということですし」
「う〜ん、今の時間、開いてるかなぁ……ま、見物くらいなら大丈夫だろうし、とりあえずお店に行ってから、決めることにしましょ」

そう言って、てってけてー、と歩き出す藤ねえ。キャスターはというと、呆れたように、地面に腰を落とした俺を見つめてきた。
ともあれ、キャスターの機転で藤ねえの攻撃から逃れられたのだ。ここは、お礼を言っておくべきだろう。

「すまない、キャスター。助かったよ」
「勘違いしないで――――本当に聞きたいことがあったし……あのままじゃ何時までたっても、あなた達はじゃれあっていたんだから、声を掛けたのは当然よ」

つん、と済ました顔で言うキャスター。うーむ、今の光景が、普通にじゃれあうって――――かなり命がけなコミュニケーションだと思うぞ。
しかし、意外にもキャスターと藤ねえは相性が良いのかもしれないなぁ……年齢も同年代くらいだし、女友達といっても、差し支えない雰囲気である。

「何か言いたいことがあるの、坊や?」
「いや、まぁ……とりあえず上辺だけでなく、藤ねえと本当に仲良くしてやって欲しいと思ってるんだが……」

藤ねえに打算はないし……キャスターも損得抜きで、友達付き合いしてくれれば言うこと無いんだけどな。
そんな俺の思いが伝わったかどうかは分からない。ただ、キャスターはどこか寂しげに微笑むと――――、

「そうね……ずっと昔、そんな関係が築ける間柄というのも、夢見ていた時期があったわ」
「キャスターさ――――ん、こっちですよ!」

通りの向こうでぶんぶんと手を振る藤ねえ。キャスターはそれじゃあね、と言い残し、藤ねえの方へと歩いていってしまった。

「ほら、キャスターさんてば、早く早く!」
「はいはい、そんなに慌てなくても、時間は十分に有りますよ」

急かす藤ねえに応じることも無く、ゆったりとした足取りで、キャスターは藤ねえの所まで歩いて到着した。
それで、気分を害したりはせず、藤ねえはキャスターを連れて、通りの向こうへと消えていく。おそらく、居酒屋に向かったのだろう。

「――――なんだかな」

あまりに奇妙な組み合わせ――――それに遭遇した後の、俺の感想は、ただ一言だけであった。
なんにせよ、これもまた……日々の記憶の一部。 せわしない日々の中で生まれた、物珍しい邂逅であった。