〜Fate Hollow Early Days〜 

〜☆王様のおつかい〜



「ふぅ…………すっきりした」

四時限目の授業が終わり、生理現象に導かれるまま、俺はトイレに駆け込んで事を済ました。
手を洗って教室に戻る。昼休みの時間帯――――廊下は人であふれかえっている。

さて、昼食はどうしようか? 今日はうかつにも、お弁当を家に忘れてきてしまった。食事を恵んでくれるあても無いし、購買でパンでも買って食べるとしようか?
そうだな――――、一人で食うのも良いが、一成を誘って生徒会室でお茶を飲みながらのんべんだらりと過ごすのも良いな――――そんな事を考えながら、教室に戻る。

なぜか、扉の前に人だかりができていた。

いったい何があったのだろう? まぁ、もともとトラブルの多い我がクラス、多少の事なら問題ないわけだが――――、

「おい、あれって衛宮じゃないのか?」
「え、あの人が……?」

何やらひそひそと、俺に向かってそんな囁きが聞こえてくる。なんとなく、嫌な予感がした。
俺は、扉の前にたむろする人々を押しのけると、教室内に飛び込む、そこには――――俺の席に座り、男女問わず多数の生徒に囲まれたセイバーの姿があった。

「――――何で?」

思わず、疑問の声が上がる。そんな俺に気づくことも無く、セイバーを中心とした一団は、和やかに会話を続けていた。

「……そうして、衛宮士郎の名は、この学校に広く伝わったのじゃった。めでたしめでたし」
「なるほど、そのような事があったのですか」

クラスメートの後藤君の言葉に、生真面目に頷くセイバー。どうやら昨日の後藤君は、漫画にっ○ん昔話を見ていたようだ。
何やら語る口調が、お婆さんの声そっくりになってるあたり、芸が細かい――――って、そんな場合じゃなかった!

「セイバー!」
「あ、シロウ、いらしたのですね」

俺が声を掛けると、セイバーは嬉しそうに微笑む。それを見て、セイバーを取り巻いていた生徒――――特に、野郎どもの視線が剣呑なものになった。
幸か不幸か、セイバーはそれに気づいてはいないが、この状態で教室にいるのは、非常に気まずい。

目の前の集団だけでなく、教室の入り口にいる生徒達も加わり、四方八方の視線に晒された状態は、まさに四面楚歌といってよい。
このままじゃ、身体より先に、精神が参ってしまいそうだ――――そうなる前に俺は、つかつかとセイバーに歩み寄ると、その手をつかんだ。

「行くぞ、セイバー」
「あ、し、シロウ……公衆の面前でそのような――――」

セイバーは驚きの表情を見せながらも、大人しく俺につきしたがってくれた。背後から、衛宮横暴ー、とか聞こえたが、気にしないことにしよう。
入り口の生徒を押しのけ、俺はセイバーを引率しながら、廊下をあても無く歩く。しかし、どこにいっても周囲の注目からは逃れることはできない。
当然といえば当然か――――セイバーは人目を引く。どこか人目の無い所じゃないと、落ち着かないだろう。

「そうだな、屋上に行くか」

周囲の注目を振り切るように、俺はセイバーを引っ張って、屋上に続く階段を駆け上がった――――。



「ふぅ、とりあえず……これで一息つけるな」
「?」

人気の無い屋上に逃げ込んで、俺は一息つく。傍らのセイバーは、俺がどうして安堵しているのか分からないようだ。
まぁ、教室に戻ったら、セイバーのことで質問攻めにあうのは目に見えていたし……今はとりあえず、どうしてセイバーが学校に居るのか聞いてみることにしようか。

「それにしても、いったいどうしたんだ、セイバー。ライダーとは違って、学校に来るなんて、珍しいじゃないか」
「はい、それなのですが……シロウ、あなたは昼食をどうするつもりだったのですか? 先ほど台所に行ったところ、私用の食事以外にも、お弁当が置いてあったものですから」

そういって、セイバーが差し出してきたのは、今朝俺が作って忘れたお弁当。どうやらわざわざ、届けに来てくれたらしい。

「そっか、忘れてたのを届けてくれたのか――――さんきゅ、な。けど、よく敷地内に入れたよな……今の時代は物騒だから、学校に入るにも、許可が必要なんだが」
「はい、その事については大河の名を使わせてもらいました。大河は信望が厚いのか、皆、納得したように案内をしてくれました」

なるほど、藤ねえは曲がりなりにも英語の教師である。英国人のセイバーが尋ねてきても、おかしくは無いか――――。
あれ……? だったらセイバーは、なんで俺の教室にいたんだろうか。藤ねえを尋ねてきたというのなら、職員室に案内されるのが道理のはずだ。

「――――案内される途中、シロウのお弁当を届けに来たと告げたのですが、だったら直接手渡したほうが早い、と、学友の方が教室まで案内してくださったのです」
「なるほど……ところで、俺を待つ間に色々聞かれただろうけど、正直に答えていないよな?」
「それは大丈夫です。聖杯戦争の件は、魔術師以外は知る必要の無いこと。その辺りは、適当につじつまを合わせながら、はぐらかしておきました」

いや、俺が聞きたいのはそのことじゃなくて――――俺とセイバーが同棲していることを、皆に知られやしないかということだった。
何せ、学校のアイドルである遠坂と付き合っているせいで、僻みとやっかみの対象として、他の生徒から見られている節がある。
これ以上の立場悪化は、即、命の危険に繋がりかねない。しかし、セイバーはそんな事とは露知らず、怪訝そうに首を傾げるだけであった。

まぁ、過ぎてしまったことはしょうがない。とりあえずお弁当を食べることにしよう。
俺は、セイバーから受け取った弁当包みを開こうとし――――ふと、心づいてセイバーを見た。

「そういえば、セイバーは昼食を食べたのか?」
「あ、いえ――――少々、手間を掛けすぎましたので。大丈夫です、家に帰るくらいまでは、我慢できますから」

我慢できる、ということは、やっぱりお腹が空いているのだろう。
いくら本人がそう言っても、セイバーを飢えさせたまま食事を続けるわけには行かない――――俺は、弁当箱をその場において、立ち上がった。

「シロウ?」
「ちょっと購買に言ってくる。せっかくセイバーも来たことだし、弁当は半分こで、あとは購買の食べ物を使って昼食にしよう」
「え、ですが――――そのように気を遣わなくてもよろしいのに……」

などと、戸惑ったように言うセイバー。まったく……気を遣ってるのはそっちだと思うけど。
俺は別に、誰かに強制されてやってるわけじゃない。セイバーと一緒に昼食をとりたいから、購買まで行こうというのだ。

「そういうなよ。購買のパンは、けっこう美味しいし――――焼きそばパンとかセイバーも興味あるだろ?」
「ほう、焼きそばパン……ですか」

食欲の秋ということも手伝ってか、彼女はしばし悩んだ後――――、

「そうですね……それでは、シロウのお誘いを受けるとしましょう」
「そっか、それじゃあ購買でパンを買い込んでくるから、ちょっと待っててくれ」

頷くセイバーに手を振って、俺は屋上から階段を駆け下りる。穂群原学園は購買と学食が両方あるため、多少遅れても、購買のパンがなくなることはない。
とりあえず、めぼしいパンをいろいろ買い込んで、セイバーを喜ばせることにしよう。

時刻は昼下がり、皆が皆、思い思いに昼食を取る時間帯――――、
思わぬ行幸に胸を躍らせながら、俺は購買へと走り出したのだった。