〜Fate Hollow Early Days〜 

〜リ・スタート〜



「こちらが、エミヤ様の寝室となります」

お風呂に入り、夕食を終えた後――――、俺が通されたのは意外にもまっとうな客間であった。
豪華な調度品、アンティークな机と椅子、天蓋つきとまではいかなくとも、ふかふかのシーツが乗ったベッドもちゃんと完備されている。
今日の寝る場所になる客間を見渡し、俺はどうも落ち着かない気分になった。

貧乏性なのか、豪華な部屋には、やっぱり慣れない気分になる。まぁ、前みたいに物置に押し込まれるよりはましだろうけど……。
こうまで至れり尽くせりだと、なんとなく……きな臭いものを感じるんだよなぁ…………。

「どうかされましたか、エミヤ様」
「ん、いや…………ホントに、ここでいいのかなーって。今まで泊まる時は、たいてい物置だったからさ」

ひょっとして、いきなり床がパカッと開いて、地下王国ご招待――――とか、部屋の中に数十個の監視カメラがついてるとか。
一目見ただけでは、そういった怪しいものは無いようだけど――――セラはというと、俺の質問に憮然とした表情を見せた。

「私としては、甚だ不本意ですが…………魚心あれば水心と申しましょう」
「?」
「分かりませんか? つまり、ここまでの部屋を用意したからには、先ほどの粗相は不問にして欲しいと言っているのです」

先ほどの――――思い当たる節を探し、俺は先ほどの風呂場での出来事に思い至った。
なるほど……夕食の時から、どうもセラがおとなしいと思ったけど、そんなことを気にしてたのか。

「なるほど、言いたいことはよく分かった。しかし、そんなに気にすることかな――――? 風呂場でお」
「きゃ――――!!! その先は言わないでくださいっ!」

半泣きの状態でセラに詰め寄られ、慌てて口を閉じる俺。それで落ち着いたのか、セラはため息混じりに言葉を続ける。

「ともかく、そういうわけですので、この部屋はご自由にお使いください。城内も、自由に散策してくださってけっこうです」
「あ、ああ」
「――――ただし、お嬢様の寝室にだけは近寄ってはなりません。ええ、たとえ外部に恥をさらされようと、それだけは許せませんので」

悲壮な表情で、セラは毅然と言い切る。つまり、俺がイリヤの部屋に行くために、例の件を持ち出しても突っぱねるといいたいのだろう。
まぁ、意地でもイリヤの部屋に行きたいわけじゃないし、夜も更け始めている。
ここは大人しく、この部屋で夜を明かすことにしようか――――。

「分かったよ。もう夜遅いし……、今日はこのまま、寝ることにするよ」
「――――ありがとうございます。エミヤ様は、分別のよい紳士的なお方ですね」

どことなく、ほっとしたような表情で、セラは深々と一礼する。どうやら少しは、打ち解ける事ができたかな?
生真面目で、どことなく取っ付きにくいが、根はいい人なのだ。セラともこれからは、少しは仲良くやっていくことにしよう。

「それでは、私はお嬢様の様子を見に行きますので」
「そっか、イリヤに宜しく言っておいてくれ。あと…………おやすみ、セラ」
「――――はい、それでは、よい夢を」

深々と礼をして、セラは部屋から出て行った。取り残された部屋で、とりあえずはベッドに腰掛けて考えに浸る。

「しかし、あんなことが弱みになるなんてな……」

生真面目な分、ちょっとした事で深刻に考えてしまうのは、美点なのか、欠点なのか……だいたい、あの一軒はどちらかというと、俺の弱みになると思う。
まぁ、気が動転していたし、セラもしばらくすれば気がつくだろう。ということは、こんな贅沢ができるのも今回くらいかもな。

「さて、することもないし……ベッドで休むとするか」

暖かい部屋、ちゃんとした寝床にちょっと感動しながら、俺は部屋の明かりを消して、ベッドに横になった。
ふかふかのシーツに包まって、寝返りを打つ――――すると……何気に、寝間着で横になったイリヤが、いつの間にかそこに居たのだった。

「うわっ!? イ、イリヤ――――どうやってここに?」
「どうやってって……さっきからずっと居たわよ。リズにベッドメイキングをした部屋を聞いて、先に忍び込んでたの」

驚くが、ベッドの中に居たため、大きなリアクションの取れない俺。そんな俺がおかしかったのか、イリヤはクスクスと笑う。
その笑いには幾分……セラを出し抜いて、してやったり――――的な感情が込められているようにも見えた。

「あ、部屋のほうは大丈夫よ。ちゃんとぬいぐるみを、私が寝てるっぽく積んでおいたから……セラは確認って言っても、部屋の入り口で声を掛けるだけだから、ばれないのよ」

得意げに、イリヤはいたずらっぽく笑みを浮かべる。しかし、さっきセラと約束した手前、さすがに不味いんじゃないだろうか。
まぁ、厳密にはイリヤの方から、俺の部屋に来たため、約束は守っているんだけど――――。

「ひょっとして、部屋に帰れなんていわないわよね――――寝るまで一緒って、約束したんだし……約束、守ってくれるよね?」
「う――――」

そんな表情をされては、断ることなんてできない。それに、確かに約束したもんな――――それは、拙い約束だけど、今は一番守ってあげたいものだった。
まぁ、明日の朝――――セラに、こっ酷く叱られるだろうけど……それくらいは何てことは無いだろう。

「わかったよ、わざわざベッドに寝てるのに、追い出すのもなんだしな、今日は一緒に寝るとするか」
「――――うん! ありがとう、シロウ!」

ぎゅー、と抱きついてくるイリヤ。その頭をなでてあげると、彼女は幸せそうに微笑んだ。
暖かな身体、柔らかい肌は、なんとなく落ち着かない反面、どこまでも心地よく、横になった身体に染み渡ってくる。
俺に抱きついたまま、イリヤはポツリと――――今日という日々を思い起こすかのように、言葉を編みこんだ。

「今日は、色々あったわよね。楽しいことがありすぎて……、忘れるのがもったいないくらい」
「ああ、そうだな。でも、それは今日だけじゃないだろ? 明日も明後日も、楽しいのは続くんだ」

そう、お互いにそこに居れば、幸せな日々はずっと続いていく。だから、日々の隙間に記憶が埋もれるのは、決して悲しいことじゃないはずだ。
昨日を上回る楽しいが、明日には待っていると信じて、今日の眠りにつこう。傍らにイリヤが居ることに、心地よさを感じながら、俺は彼女に言葉を投げかける。

「また、一緒に遊びに行こうな。今度は、セラやリズも誘って」
「うん、あと、バーサーカーも一緒にねっ!」

幻影でも虚言でもない、生きた姿の彼女は……どこまでもあどけなく笑い、俺の隣に存在したのだった。

楽しさに時を忘れ、いつしかまどろみに身をゆだねる。眠りにつく直前まで、俺とイリヤは二人、最後の夜に幸せな時間を共有する。
それは、最後まで幸せに包まれた稀有な日の終わり――――終わったと気づかぬうちに、そうして世界は、四日目の終焉を迎えたのだった。