〜Fate Hollow Early Days〜 

〜☆ハッピーデイズ〜



家に電話を入れて、事の次第を桜に伝える。俺から事情を聞いた桜は、意外にも穏やかな声で――――、

「そうですか、分かりました。家のことは私にどーんと任せて、先輩はイリヤさんを、ちゃんと構ってあげてくださいね」

と言われてしまった。てっきり、寂しがる桜をどう説得しようかと考えを巡らせていた分、何気に拍子抜けしたような感じだった。

「どうだった?」
「ん、いや……桜が出たんだけどさ、何だか物分りよく、後のことは任せておけって」
「そう――――気を使わせちゃったかしら?」

苦笑めいた表情を見せるイリヤ。そういえば何気に、イリヤと桜は仲がよかったりする。
何気に、イリヤは桜には甘いし……桜のほうも、イリヤに気を遣っている節がある。なんとなく……俺の知らない絆のようなものが、在るような気がした。

「ま、家事全般は桜に任せれば大丈夫だし、とりあえず城に向かうとするか……でも、どうするかな」

城に向かうとして、問題は交通手段である。今いる場所は新都の駅前。ここからバスを乗り継いで郊外へ、そして郊外の森からも、二時間ほどの道を歩かなければならない。
――――今から普通に行ったのでは、城に着くのは確実に、夜半になってしまうだろう。

「あ、それなら大丈夫よ。ちゃんと方法は用意できるから」
「方法…………? それってどんな――――ひょっとして、車があるとか?」

前に話に聞いたところ、アインツベルンの所有する車で、メルセデス・ベンツェという車があるらしい。
おそらく、今日のデートにもイリヤは車に乗ってきたのだろう。だとすれば、移動手段としては申し分ないわけだが――――。

「はずれ。確かに車には乗ってきたけど、あれも移動に時間がかかるでしょ? 今からじゃ、郊外まで行くのだって夜になっちゃうわよ」
「それもそうだけど……じゃあ、いったい――――」

どうするんだ、と問いかけて、俺は口の動きを止めた。夕暮れの街――――橙色の光を浴びて、イリヤの瞳が妖しく光っている。
それは、今まで何度か目にした、イリヤの魔術の発動の兆し――――いったい何をする気なんだ、イリヤは……?

「安心して……とりあえず、郊外の森へ移動しようってだけよ。本当は、お城まで一気に飛びたいけど――――セラに見つかったら、お説教されちゃうものね」
「まて、何をする気か知らないけど、危険は無いのか――――?」

何やら気合十分のイリヤに、俺は一抹の不安を覚え、イリヤに問いただしてみる。イリヤの答えは簡潔――――、

「そうね、道を歩いていたら、いきなり暴走トラックに撥ねられるくらいに、ありえないことよ」

それはつまり、ゼロではないということか……何も起こらなきゃ良いんだが――――何しろ、運の悪さは筋金入りなのだ。
急に不安になり、俺はイリヤを止めようと、静止の声を上げようとした。しかし、時すでに遅く……。

「うん、準備万端! 行くわよ、Abfahrt!!」
「ちょっ、待て――――!」

静止の声を上げた瞬間――――、俺達は街中にいたはずなのに、視界が唐突に、森林へと切り替わったのだった。
俺の声が大きかったのか、声も無く、驚くイリヤ。周囲を漂う雰囲気から、ここが郊外の森だということは、すぐに分かった。
しかし、いったいどうやったのだろう。夕日はまだ空にあり――――先ほどと変わらない時間帯だということは理解できたが。

「もうっ、危ないわね……シロウ。いきなり声をかけないでよ」
「あ、わ、悪い――――って、俺……何かまずいことをしたか?」

思わず謝りながら、俺は首をかしげた。そんな俺に……どこか呆れた表情で、イリヤは先ほどの現象についての説明を始める。
イリヤは先ほどの瞬間、駅前と郊外の森の一部を、強制的に挿げ替えたのである。
それは、イリヤの魔術――――純然たる『結果』のみを実現させる……奇跡めいた能力を使用した荒業だった。

小聖杯とも呼べるイリヤの魔術を使えば、俺とイリヤの二人ぐらい、駅前から郊外に運ぶのは造作もないらしい。
しかし、この能力には欠陥もあった。もとより、『結果』のみを出すその能力は、『行程』という概念も持ちえていなかった。
そのため、イリヤの集中が途切れでもすれば、とたん、『結果』は不安定なものになるのだそうだ。

「さっきだって、下手をすれば……どこか変なところに飛ぶかもしれなかったのよ。たとえば、地面の中に転移したり、あとは石とか――――」

気がつけば石の中にいる……か、それはちょっと、ぞっとしないな――――幸い、大事には至らなかったけど。
今度からは、誰かが魔術を使うときは、なるたけ邪魔をしないようにしよう。そんなことを考えていると、不意に頭上に日が翳った。

「ん? なん――――うわっ!?」
「あ、迎えに来てくれたのね。ただいま」

驚く俺を一瞥せず、イリヤの言葉に応じることもなく、巨漢の英霊は、のっそりとその場に現れていたのだった。
バーサーカーは、無言でその場に立ち尽くしている。ただ立っているだけでも、物騒な雰囲気がひしひしと伝わって来そうである。
といっても、マスターであるイリヤにとっては日常茶飯事のことなのか――――、彼女はバーサーカーに近寄って、巨躯を見上げる。

無言で、バーサーカーが動く。まるで王に傅く騎士のように、イリヤの前に片膝をついた。
イリヤは手馴れたもので……それでもなお、自らよりも大きい、バーサーカーの身体をよじ登って、その肩に腰掛けた。

「さ、ぐずぐずしてると日も落ちちゃうし、一気にお城まで行きましょ。バーサーカー、お兄ちゃんを運んで。怪我させちゃだめよ」
「運ぶって、おい、ちょっと――――!?」

言葉の後半は悲鳴が混じる、立ち上がったバーサーカーは、俺のわき腹を片手でつかみ、宙に吊り上げたのだ。
足がスカスカと浮いて、非常に心もとない。ああ、あの時の遠坂の視点って、こんなだったのか――――なんというか、死刑台に上った囚人のような気分。
雄たけびが上がる。俺を片手に持ち、イリヤを肩に乗せた状態で、バーサーカーは一目散に、城に向かって駆け出したのだった。

「うわ、揺れる揺れる……! ちょっ、ぶつかるって――――うわぁぁぁぁぁぁ…………」

俺の悲鳴もなんのその、バーサーカーは最短距離で木々の間を抜け、城へと向かう。
幸い、肩の上に乗ったイリヤを庇うように走っているようなので、イリヤの身の心配は必要ないようだった。
まぁ、その分、俺の命がピンチなわけで――――、

「げほっ、煙が目に……ひぃっ、いま、何かこすったぞ! 虫が、蟲が――――!!」

燦々たる有様は、それからしばらくの間も続いたのだった。教訓、間違ってもバーサーCarを使用しないこと……命に関わります。



「はい、到着――――……あれ、どうしたの、シロウ? なんだか、すごい格好だけど」
「それは、バーサーカーに聞いてくれ……」

埃だらけの泥だらけ、頭に変な蟲までついた状態の俺は、イリヤを運び終えるなり、森へと帰って行ったバーサーカーがいないのを確認し、ため息をつく。
場所は城を目前に控えた開けた場所――――、日は完全に落ち、夜の闇を照らすたいまつの様に、アインツベルン城からの明かりが、ここまで届いている。

「なんか、くらくらする……とにかく、お風呂に入ってさっぱりしたい……」

まだ、バーサーカーに運ばれた影響か、地面がぐらぐら揺れているように感じる。
そんな俺を、ちょっと心配そうに見ていたイリヤだが、すぐに名案を閃いたのか、楽しそうに俺の手を引っ張った。

「そうね、今日は私もたくさん歩いたし――――早くお風呂に入って、さっぱりしちゃいましょ、シロウ!」
「ああ、そうだな」

つかれきった俺は、なすがままに、イリヤに手を引かれ、城の中に入る。エントランスに入ると、見知った侍女が俺たちを出迎えにきた。

「お帰りなさいませ、お嬢様――――おや、そこでボロ雑巾の如き姿をしておられるのは、エミヤ様ですか?」
「ああ、そうだよ……こんばんわ、セラ。ちょっと森でバーサーカーに捕まってな、こんな状態になった」
「まぁ、それはそれは――――さぞや大変な思いをされたのでしょうね」

同情するような言葉とは裏腹に、ボロボロの俺を見て、セラは随分と楽しそうであった。
イリヤを敬愛する彼女としては、ライバルとも思っているだろう俺の悲惨な姿に、溜飲を下げているのかもしれない。

「セラ、湯殿の支度をして。準備の必要はないし、すぐに入れるんでしょ?」
「分かりました。エミヤ様をこのままにして、無闇に城内を汚されるよりは、そちらの方がよいでしょう……残念ながら」

まて、今、残念ながらとか言わなかったか――――問い詰めようとする前に、セラは恭しく一例をすると、あっという間に歩き去ってしまった。
その場に取り残された俺と、イリヤ。と、セラと入れ違いに、もう一人のメイドがエントランスに現れた。

「あ、おかえり、イリヤ。――――それ、なに?」
「ただいま、リズ。ほら、よく見なさい。シロウよ」

どうやら、リズが聞いたのは、ボロボロな俺のことらしい。彼女は……俺に近づいて、まじまじと見つめてくると――――。

「あ、ほんとにシロウだ。ぐーてんあーべんと」
「ぐ、ぐーてんあーべんと……」

こんばんわの挨拶をする俺とリズ。ボロボロの俺を見ても、表情ひとつ変えないあたり、彼女はかなりの大物なのかもしれない。
と、そんなリズに、イリヤは、そうだ、と手を打って、言葉をかける。

「ちょうどいいわ、リズ。シロウを湯殿まで運んでちょうだい。シロウに歩いてもらうより、そっちの方が屋敷が汚れるのが少ないでしょ」
「うん、分かった。シロウ、持ち上げるね」

そう言うや否や……リズは、ひょいっと俺の身体を肩にかついだ。どうやら見かけとは裏腹に、かなりの怪力の持ち主らしい。
それに――――先ほどの、バーサーカーに比べれば、乗り心地は良好である。

「それじゃあ、おふろ場に、持ってくから」
「あ、待って、私もいくわ。シロウと一緒に入るんだから」

そんなやり取りが聞こえながら、俺はリーゼリットの肩に担がれて、浴室に運ばれていく。

「イリヤ、シロウと、おふろ入るの?」
「ええ、当然、セラやリズも一緒よ。シロウの身体を洗うのは、二人にやってもらうから」
「ん、わかった」

なにやら、不穏なやり取りがされているような気がするが、疲弊した俺は、その言葉を考える余裕はなかった。
ともかく、お風呂に入って、さっぱりしよう。泥だらけの俺にとって、お風呂は最高の贅沢になるはずだった――――。

<リスタートへ続く>