〜Fate Hollow Early Days〜 

〜☆ハッピーデイズ〜



昼食を終えた後、俺とイリヤは駅前へと移動し、これからどこへ行くか考えることにした。
時刻は昼を回った時間、これからどこへ行くにしても、計画を立ててやらないと、あっという間に日が暮れてしまうだろう。

一応、駅前の映画館で上映中の映画を見るという案もあった。
「ネコアルク・ザ・ムービー〜饗腑のキャットルミューティレーション〜」という映画が上映中だったが、俺は兎も角、イリヤは見ることに難色を示した。

「映画は別に嫌いじゃないけど……時間がもったいないわ。今日は、もっとあちこち見て回りたいもの」

イリヤの言葉は、確かにその通り……映画館で時間をつぶすというのもいいが、もっと別の楽しいことを探したほうがいいだろう。
そんなわけで、とりあえずはイリヤの行きたがっているファンシーショップに場所を移すことにした。

「わぁ、新しいぬいぐるみも、いっぱいあるみたい! シロウ、こっちこっち!」

イリヤに手を引かれ、俺は新作のぬいぐるみコーナーに足を運ぶ。イリヤは新しいぬいぐるみ達をお気に召したのか、あれこれと触って見定めていた。
この前も買ってあげたけど、女の子はこういうのが好きなのかもしれないな。イリヤとかセイバーとか。
これが遠坂になると、欲しいものは宝石――――って言い出すだろうし、桜は逆に、遠慮してしまいそうだ。

「んー、これも可愛いわね。あと、これも……あれ、どうしたの、シロウ?」
「ん、いや、何でもない。それよりイリヤ、買いたいのは決まったのか?」

目の前には、左右により分けられた、ぬいぐるみの山――――どうやらイリヤ的に、可愛いのと……そうでないのを分けたらしい。
しかし、俺の目には、どっちも同じように見えちゃっているんだが――――どう違うんだろうか?
そんな謎に答えることも無く、イリヤは頭付近に「?」の文字を出しつつ、俺の質問に答えてきた。

「別に、買うつもりはないけど……? だいたい、シロウの魂の容器(いれもの)はもう持っているもの。必要以上に買いこむ必要は無いわ」

あ、でも、予備を買っておいたほうがいいかも――――と、背筋の寒くなるようなことを言うイリヤ。
まぁ、いきなりこの場で、魂をとられるわけじゃないし、問題はおいおい解決しておくとしようか。

――――けっきょく、めぼしいものは見つからなかったのか、何も買うことなく、俺とイリヤは店を出ることになった。
こうしているうちにも、時間はゆっくりと流れていく。さて、次はどこを回ろうか――――。



「なぁ、イリヤ、本当にここでいいのか?」
「ええ、一度、シロウと一緒に見て回りたいと思ったの」

戸惑う俺に、屈託無く笑い返してくる、イリヤ。しかし、いったいどういう風の吹き回しだろうか――――俺とイリヤが足を運んだのは、新都のオフィス街だった。
目の前には、新都の立ち並ぶ建物の中で、最大のビルがあった。天にも昇りそうな高さのそれには、今の時分は人が蠢いている。
創世の木の幹に住み着いた虫のように、人々はビルの中で、せわしなく何かに追われ、働いているように見えた。

「この辺りは人目もあるし、暗いうちしか見て回れなかったけど――――なんだか、不思議なところね」
「ああ、確かに人が住んでいる所とは、ちょっと違うよな」

いうなれば、生活の匂いだろうか。そういったものを、この界隈には感じなかった。
だからだろうか、ビルの間の暗がりに、黒っぽいものが見えたような気がするのは――――。

「ねぇ、シロウ……このビルの屋上って、登れないの?」

イリヤがそう聞いて指差したのは、新都最大のビル――――天へと雄雄しく伸びる、白亜の塔のような建物だった。
昼過ぎとはいえ、通行人もおり、ビル内も人でひしめく時間帯――――俺はしばらく考え、首を横に振った。

「いや、ちょっと難しいな――――もう少し、人が減ってからなら、何とかなるかもしれないけど……何なら、夕方にでも、もう一度ここに来ようか?」
「ううん、いいの、ちょっと聞いてみただけ。それに…………多分、それだと正解じゃないでしょうから」

ポツリと、苦笑めいた笑みを漏らすイリヤ。その意味合いは分からなかったが。イリヤも、色々思うところがあるんだろう。

「さぁ、いつまでも、ここに居てもしょうがないし、次に行きましょ、シロウ」
「あ、ああ……」

結局、興味がなくなったのか、イリヤは俺の手を引き、ビルの群れに背を向けた。俺も特に、この場に留まる理由は無いので、イリヤに付き従い、歩く。
そうして手を引かれながら、何とはなしに振り向いたビルの屋上――――どこかで見知った人物が居たような気がしたが、今はデート中だし、気のせいだと思う事にした。



さて――――それからしばしの間を空けて…………昼も半ばを回り、俺とイリヤは駅前をゆっくりと探索し続けていた。
ショーウインドウに映ったドレスに目を輝かせ、道端に繋がれた犬を興味深げに観察し、常にあちこちに興味を向けながら、イリヤは街並みを闊歩する。
ひょっとしたら、この街は――――イリヤにとって、かけがえの無いおもちゃ箱のような、そんな場所なのかもしれない。

元気に歩くイリヤの後を、どこか感慨にふけながら、俺は彼女の歩調に合わせ、ゆったりと歩く。
ちらりと腕時計に目を通す時刻は三時を回る時間帯。そろそろ、一息入れたほうが良いかもな……ちょうど、見知った店が近くにあるし、イリヤをつれて行ってみる事にしよう。

「いらっしゃいませ、お二人様ですか?」

店内に入ると、ゆったりとした空気が俺達を包み込んだ。ウエイトレスの言葉に頷き、俺とイリヤは席に導かれる。
この前、こそこそと入った時に比べると雲泥の差――――ここは、コテージ風の建物内……紅茶専門店に俺達は居た。

「ふぅん、なんだか落ち着くところね…………ふぅ」

テーブルに着くなり……イリヤは思わずため息を漏らす。どうやら気持ちはどうあれ、身体のほうはきっちりと疲れがたまっていたらしい。
俺も、歩き回って喉が渇いたし――――しばらくは、のんびりとすることにしよう。

「ご注文は?」
「――――え?」

俺達が一息ついたのを見計らって、ウェイターがさりげなく注文に来た。イリヤは、そのウェイターを見て目を丸くしている。
注文を聞かれたが、紅茶のことは全然よく分からないので、素直に俺はこう答える。

「ケニア茶とルワンダ茶のブレンドを二人分で」

以前、ここを訪れたときに飲んだお茶なら、味に間違いは無いだろう。まぁ、値段もアレだがそちらは覚悟の上である。

「かしこまりました、少々お待ちください」

一礼も様になった様子で、ウエイターはきびすを返し、立ち去っていく。そんな彼を、唖然とした様子で見るイリヤ。

「どうしたんだ、イリヤ?」
「あ、うん……シロウ、あれってランサーよね?」

どこか、困惑した様子のイリヤ。そういえば、イリヤはランサーがここで働いているのは知らなかったっけ?
知っているのは、俺、キャスター、藤ねえ、葛木先生の四人だけ…………意外に知られていないんだな、ランサーの新バイトは。

「ああ、日々の酒とか日用品を買うために、けっこう色々と働いてるらしいぞ」
「ふぅん…………マスターとかに頼らないのかしら? 普通、そういったものは、マスターが世話するものだけど」

イリヤの疑問も、もっともだが――――どうやらランサーは、新しいマスターから逃げ回っているようだしな。先立つものも必要なのだろう。

「ま、ランサーにも都合があるしな……そうだ、イリヤのほうで働き口を紹介できないか? たとえば……アインツベルンの城に住み込みで働くとか」
「んー、そうね…………あれぐらいの格の英霊なら、お城で雇っても問題ないわよ。警護とボディガードを兼ねるとしても、充分にこなせると思うけど」

ただ、セラがなんて言うかしらね――――と、話半分、冗談めいた口調で言うイリヤ。確かに、堅物のセラと気ままなランサーじゃ、そりが合わないかもしれないな。
と、そんなことを話していると…………

「へぇ、悪くない話みたいだな。ここをクビになったら、そのときは頼むかな?」
「きゃっ」

足音も立てず、戻ってくるランサー。さすがは斥候の天才。気配を消すことなど造作もないようだった。
それはともかく、用意されたティーセットをテーブルに置くと、ランサーは冗談めかした口調でイリヤに笑いかけた。

「ま、俺を雇うなら、犬っころと一緒にしないでくれよ。何せ、相性はとことん悪いからな」
「お城に犬なんて、飼ってないわよ。警備としては効率が悪いし…………」
「いるじゃねえか、森にでっかいのが一匹。俺が城に行くときは、襲わせないようにしてくれりゃあ申し分ないんだが」

ああ、たしかにいたなあ――――あれは犬というより、獰猛な肉食獣といったほうが適切かもしれないけど。
イリヤはというと、平然とした表情で、ランサーに意地悪そうに微笑んだ。

「冗談、バーサーカーの守りも突破できないんじゃ、警護の要因としてはこちらから願い下げだわ」
「つまりは、手前で何とかしろ、ってか……ま、追いかけっこなら自信はあるんだ。何とかしてみよう――――そろそろか」

ランサーは呟くと、ティーポットからカップにお茶を注ぐ。どうやら律儀にも、時間を計っていたようだ。
淹れられた紅茶は澄んだ色をしており、心地よい香りがティーカップから流れてきた。
俺とイリヤ、二人分の紅茶を入れると、ランサーは人懐っこそうな笑顔で、一礼をする。

「ま、茶でも飲んでくつろいでくれや。昔っから、茶の時間は良い事も嫌な事も、まとめて楽しめるものだと相場が決まってるからな――――では、ごゆっくり」

流れるような体捌きで、踵を返すランサー。他の接客があるのか、迷いなく彼はその場から立ち去っていた。
残ったのは、俺とイリヤの二人。俺達は、ランサーの淹れてくれた紅茶を口につけ、一息つく。

「くつろぐなぁ……」
「ええ、こんな風にリラックスしたのは、久方ぶりね」

とりわけ、何を話したかも記憶にない世間話をしながら、俺とイリヤは穏やかに時を過ごす。
時が経つのも忘れるほどに、二人きりの時間を過ごした俺達が店を出ると、外はすでに、夕暮れの色に染められていた。



「さて、これからどうしようか、イリヤ? そろそろ疲れたんなら、家に帰るって手もあるけど」
「別に、疲れてないわよ。でも……家に帰る、か――――ね、今日はお城に泊まっていかない?」
「えっ、お城って……アインツベルンの城か」

うーん、どうするかな……俺は別にいいけど、セラが嫌がりそうだ。リズは歓迎してくれるかもしれないけど。
渋っている俺を見て、機嫌を損ねたのか、イリヤはむー、と、うなって、ぐいぐいと俺の手を引っ張った。

「いいでしょー、今日は一日中付き合ってくれるって言ったじゃないのっ。だったら、寝るまで一緒じゃなきゃ、やっ」

駄々をこねるイリヤ。まぁ、そのこね方も、実に可愛らしかったりするわけだが……ああ、気づかぬうちに、お兄さんになってるなぁ、俺。

「わかったよ、約束は約束だし、今日は一日中、一緒だな、イリヤ」
「ほんとっ? やったっ、今夜はお兄ちゃんと一緒ねっ!」

心底うれしそうに、ぴょんぴょんと飛び跳ねるイリヤ。さて、善は急げということもあるし、暗くならないうちに、城に向かうとしよう。
もっとも、日の落ちることの早い昨今、城につくころには、空はすっかり夜空になっているだろうけど。

とりあえず、家に連絡することにしよう。セイバーを心配させるのもいけないし、桜に料理の支度を頼まなきゃいけないからだ。
そんなこんなで、イリヤをつれて――――俺は駅前の公衆電話に向かったのだった。