〜Fate Hollow Early Days〜 

〜☆王様の御召し物〜



昼下がり、俺はセイバーと遠坂と一緒に、バスに乗って新都まで繰り出していた。目的は、セイバーに新しい服を新調するためである。
――――事の発端は、昼飯の後の団欒時……遠坂の何気ない一言から始まった。

「そういえば、セイバーって……いつも似通った服ばかり着てるわよね」
「……そう、でしょうか?」

自分の服装をしげしげと確認するセイバー。彼女はいつも、白亜のシャツに青紺のスカート。装飾としてリボンを各所にまとう姿をしている。
ちなみに、今も着ている服は、遠坂が譲ったものと同じものを、元の持ち主の言峰関連――――教会関連に問い合わせて手に入れたものである。
上はリボンから下は靴下まで、毎日のように着替えているのだが、まったく同じものなので、見栄えは変わらない。

「まぁ、似合っているんだけど……たまには違う服装をしてみたら?」

そういう遠坂は、カッタシャツの上から赤い長袖を重ね着して、胸にはペンダントのワンポイント。太腿あたりまで伸びでいるロングスカートを履いていた。
時折、寒い日もある昨今――――ミニスカートでいるのも少々辛いらしい……残念ながら。
それはともかく、遠坂に指摘されたセイバーは、むぅ……と、うつむき加減に考え込んでしまった。

もともと、セイバーは着る物に無頓着なだけで、センスのほうは、わりかし良い方だと思う。
この前のプールに行ったデートの時……行き帰りの服装は、とても似合っていたし――――それを着こなすセイバーは、見ていて可愛いと思った。
――――うん。考えていたら、ますます見てみたくなったな。

「そうだな。セイバーも同じ服ばかりじゃ飽きるだろうし、ここは一つ、新しい服を買いに行くとしようか」
「あら、ずいぶん太っ腹なのね、士郎ったら。そんなに、可愛く着飾ったセイバーが見たいの?」
「り、凛……いきなり何を――――」

遠坂の言葉に、真っ赤になったセイバー。しかし、特に俺は気負いもせず、思わず頷いていた。
まぁ、照れる気持ちも無くはなかったけど、セイバーが慌てているせいなのか、逆にその姿を見て、腹が据わったような気もする。

「うん、見たい――――セイバーって、何を着ても似合いそうな気がするし、遠坂は見たくないのか?」
「えっ……!? そ、そう返してくるとは思わなかったわ――――そうね、確かに……」

ごにょごにょ……となにやら呟く遠坂。その視線はチラチラとセイバーに向けられており、当のセイバーはというと――――、

「――――……」

真っ赤になって、うつむいてしまっている。うーむ、ちょっとストレートすぎたかな……でも、言い切ってから前言撤回というのも、どうかと思うし……

「よーしっ、みんな注目っ!」

と、そんな取り留めない思考は、テーブルをばんっと叩いた遠坂によって中断させられた。
みんなの視線が遠坂に集まる――――といっても、昼食後は各々に出払っており、注目したのは俺とセイバーだけであったが。

「今日はこれから、新都の方までセイバーの新しい服を買いに行こうと思います。質問のある人、手を上げて」
「あの、凛……私は別に、今の服でも――――」
「はい、衛宮君。何かか聞きたそうな顔をしてるわね」

セイバーがおずおずと手を上げるが――――遠坂、ナイス無視。聞く耳持たないとは、このような事を言うのだろう。
ともあれ、話を振られたからには応じないといけないな……憮然とした表情のセイバーを視界の隅に映しながら、俺は遠坂に聞く。

「なぁ、新都に行くとして、面子はこの3人だけか?」
「ええ、そうよ。それとも――――士郎ったら、セイバーと二人っきりのほうがいいの?」

う、それも確かに魅力的かも……ぐらりと、セイバーと二人っきりの買い物というのに思考が傾きかける。
しかし、遠坂は呆れた様に、手をひらひらと振りながら、苦笑混じりに忠告をしてきたのである。

「やめといた方が良いわよ。セイバーだって女の子だし、細々とした物もあるから、士郎と二人っきりじゃ、完全に途方にくれると思うわ」

――――ぐ、そ、それは…………否定できない自分が物悲しいぞ。
自分の服なら兎も角、女性の服には無知な俺と、もともと、そういった面に不慣れなセイバー。服の海で溺死するのが目に見えていた。

「そういうわけだから、セイバーの教育係兼、着付け役として私がついて行くわ。それで問題は無いでしょう?」
「そうだな……遠坂ならキャスターみたいに、見境無くフリフリの服を着せないだろうし……じゃあ、準備して出かけるとしようか?」

計画成立――――俺と遠坂は頷きあい、計画の主要人物へと視線と向けた。だが、肝心のセイバーは、どうも気の進まない様子である。

「あの……シロウ、本当に私は構わないのですよ? 服とて無料ではありませんし、居候のこの身で、これ以上、迷惑をかけるのも……」
「――――ばか、そんな事を言うなよな」

俺は憮然とした表情で、セイバーの肩をぽんぽんと叩く。どうも、妙なところで遠慮するんだよな、セイバーは。
謙虚なのは人として立派だと思うけど、できればもう少し……欲を持ってもいいと思う。

「セイバーは、もう我が家の家族だし、家族のために服を買うのは当たり前だろ?」
「そうよ。せっかくの士郎からの贈り物よ? ありがたく受け取りなさい、セイバー」

俺と遠坂、二人がかりの説得が功を奏したのか、セイバーは恥ずかしそうに、はにかむと――――、

「ありがとう、凛、シロウ。私は、貴方達を誇りに思います」

俺と遠坂、二人が見とれるような、そんな幸せそうな微笑を、彼女は浮かべたのである。



――――さて、ずっと見とれているわけにも行かないので、俺達は手早く準備をして、新都に向かった。
バスに乗って、一路新都へ。バスの中、俺の前に席に座ったセイバーは……終始笑顔で、遠坂と話し込んでいた。
うん、やっぱり連れ出して良かったよな――――嬉しそうなセイバーに、思わす俺も、頬が緩んでいた。

「よし、それじゃあオーソドックスに、ヴェルデへ行ってみましょうか? そこで良いのが無かったら、街中の店を回ってみるってことで」

駅前についたバスから降りるなり、遠坂はそう進言する。俺とセイバーは彼女の意見に従って、ヴェルデへ移動した。
そうして、日曜の昼時――――俺と遠坂、セイバーの3人は、無事に婦人服コーナーへとたどり着いたのである。

「それじゃあ、私とセイバーでちょっと回ってみるから……士郎は、しばらくここで待っていてちょうだい」
「では、行ってきます、シロウ」
「ああ、頑張って……ってのも変だけど、しっかりな、セイバー」

俺の言葉に、はい、と頷くと、遠坂を伴い、フロアの向こうに姿を消したセイバー。
ひとまず……男の俺を抜きにして、服を見てみたいという遠坂の発案のため、俺はこの界隈でお留守番の身なのであった。

まぁ、楽しみは後にとっておけというし、セイバーの新しい服を想像しながら待つというのも、なかなかワクワクした気分である。
お、あの服なんてセイバーに似合いそうだな――――マネキンに飾られた手ごろな服に俺は近づき、ちょっと見てみる。
冬物の、純白のコート……これを着て、青いマフラーをつけたセイバーを想像した。それは……雪の中、踊るような足取りでステップを踏む、幻想的な光景だった。

「うん、いいかもな――――セイバーに勧めてみよう、か……」

途中で、言葉が途切れる。コートの端にぶら下がった、商標――――値札の所に目が向いた結果である。
それは確かに、多少は値が張るものだと思っていた。しかし、予想の5倍もの値段がするとは、まさに奇襲攻撃を食らったような感じであった。

「うそだろ……洋服って、こんなに高い物だったか……?」

唖然と、服の裾を手に取ったまま、俺は呟きを漏らす。と、そんな俺の様子を……少々怪訝そうな顔で、店員さんが見ているのに気がついた。

「あ、す、すみません」

謝りながら、服から離れて通路に出る。しかし、驚いた……服なんて。数千円単位が普通と思っていたが……万単位の服が普通に並んでいるとは。
しかし、まずいな……足りるだろうと思い、財布にはたいした金額は入れていない。今のうちに、お金を下ろしてこようか?

「――――でも、よく考えれば……カードで買い物をすれば良いって事だよな」

一応、まとまったお金を扱えるように、カード類もある程度は持ち歩いている。
といっても、買い物はいつもお金でやっているので、実際にカードで買い物というのは物珍しいのではあるが。

「士郎、ちょっといい?」
「あれ、遠坂? セイバーと一緒に行ったんじゃなかったのか?」

背中からかけられた声に振り向くと、そこには何を思ったのか、もう戻ってきた遠坂とセイバーの姿があった。
ニコニコ笑顔な遠坂と、どこか気合十分のセイバー。ひょっとして、もう気に入った服を見つけたのだろうか?
よくよく考えれば、即断即決派な二人である。あっという間に、気に入った服を見繕ってもおかしくなかった。

「そのことなんだけど、やっぱり士郎にも見てもらおうかなって。別に構わないでしょ?」
「ああ、それは構わないけど――――二人だけで見て回るんじゃなかったのか?」
「予定変更よ。そもそも、やっぱり当事者がいないと選びにくいこともあるし――――というわけで、セイバー……確保」

遠坂の言葉に、無言でセイバーは俺の腕に腕を絡めてくる。あれ、でもなんか違うような――――、
なんというか、どきどきするよりも、黒服に連行される一般人のような気分になってしまった。何故か、そこはかとなく嫌な予感が……。

「念のために聞くんだが、いったいどこへ連れて行こうっていうんだ?」

恐る恐る尋ねると、遠坂はそれはもう、完全にいじめっこモードの笑顔で――――、

「それはもちろん、あっちのランジェリーコーナーよ。衛宮君だって興味あるでしょ?」
「なっ、正気か、遠坂――――!? セイバーも、黙ってないで止めてくれっ!」
「残念ですが、それはできません。シロウ、私とて前に約束したとおり、貴方に私の身に着ける下着を見てもらいたいのですから」

断固とした口調だった。あー、確かに前、そんなことを話したよな――――。
しかし、男の尊厳というか、さすがに、それはご勘弁願いたいのだが。

「そんなことより、セイバー、ほら、あの服なんかどうだ? セイバーに似合いそうなんだが」
「へぇ――――いいじゃないの、士郎ったら。セイバーに似合いそうよね、確かに」

白いコートに目を留め、遠坂が感心したように声を漏らす。セイバーの表情を伺うと……、目を丸くしてコートを見つめていた。
ああ、やっぱり似合うよな…………実際にセイバーが目の前にいると、彼女がその服を着て微笑む姿が、容易に想像できる。そんな事を考えていると――――、

「ま、それはそれとして、行くとしましょうか。セイバー、士郎が逃げないように、しっかりと捕まえておきなさいね」
「はい、凛」

軽やかに歩く遠坂と、ずりずりと俺を引きずりながら歩くセイバー。どうも、俺がランジェリーコーナーに行くのは阻止できそうにも無い。

「なあ、服選びはどうなったんだよ、セイバーだって楽しみにしてただろう?」
「なに言ってんのよ、下着だって身に着けるものでしょう? セイバーに聞いたら、一緒に下着を見に行くのを、ためらったそうじゃない」

ま、これもいい機会だから、我慢して付き合いなさい――――と、無常に言い切る遠坂。

「シロウ、凛に伺ったのですが、私と二人だから恥ずかしいのだと教えられました。だとすれば、凛も加わった現在、恥ずかしがる理由は無いのではありませんか?」
「それは違うぞ、セイバー……」

ランジェリーコーナーに行くのが問題であって、人数などは関係ありません。いや、面子が増えれば、むしろ俺の肩身が狭くなるだけだと思う。
弱りきった俺を見て、遠坂は面白そうに、何かを思いついたような顔になった。

「微笑ましいわねー、あ、そうそう。衛宮君には私の下着も見繕ってもらうから、そのつもりで」
「は――――!? ちょっ、きいてないぞ、遠坂っ!」
「まぁまぁ……だいたい、私もセイバーも、自分以外に見せる相手は衛宮君しか居ないわけだし……衛宮君の趣味も前もって知っておけば、いろいろ便利でしょ?」

実に効率の良い、魔術師的な発想をする遠坂さん。しかし、その中には当然、俺の精神面の気配りは……これっぽっちも含まれていないのである。
だいたい、セイバーの下着姿だって一撃必殺なのに、それに遠坂が加わったら、塵殺(みなごろし)ものである。

「さ、いきましょ――――ちゃんと受け答えしないと、開放してあげないから……覚悟してね、衛宮君♪」
「シロウ、しっかりして下さい。私はこの件に無知に等しい。貴方と凛が頼りなのですから」

いや、俺は頼りにしないでください。そんな心の叫びなど聞こえるはずも無く、遠坂とセイバーは足取りも軽く、俺を引きずって目的地へ向かうのだった――――。



…………それから後のことは、筆記するに問題があるので、あえて留めないでおこう。
まあ、一言で言うなら『桃源郷』だった、とでも表記しておこうか――――遠坂もセイバーも、後半戦は勝負めいたことになってたし。

心配の種があるとすれば、この話を聞きつけた桜やイリヤが、自分の下着を見繕ってくれと言い出さないか、くらいだが…………、
まぁ、それは後の話ということで――――いろいろと買い込んだ袋を両手に持って、家路に着くことにしよう。

唯一、今回の買い物で良かった点は…………俺の勧めたあの白いコートを、セイバーが気に入ってくれたことか。
そのコートはすでに、セイバーが身に着けている。普段着の上から着れる、そのコートは――――想像通り、しつらえたように、彼女にぴったりと似合っていたのだった。