〜王様と電子遊戯〜

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「ここを、こうして……」

居間にしつらえてある、テレビの裏側を覗き込み、俺は手に持った配線を繋いでいく。
こういう配線類は、どのテレビにも大概は接続する部分がついているので助かる。少々旧式でも、配線さえ繋げば映るものなのだ。

全部の配線を繋げ、ためしに電源をＯＮにしてみる。すると、画面にはメーカーのタイトルロゴが鮮やかに映った。
うん、どうやら成功みたいだな。思いつきでやってみたんだが……どうやら、ちゃんと動くようだった。

「――――おや、シロウ？　それはいったい何なのですか？」

接続成功に満足していると、居間に入ってきたセイバーが、興味心身にテレビとその前に鎮座するものに目を留めた。

「ああ、テレビゲームだよ。さっき土蔵から発掘してきた」
「はぁ、テレビゲーム……ですか」

俺の言葉に、今一つ合点がいかないように、小首を傾げるセイバー。うん、ちょうどいい。ちょっとセイバーと一緒に遊んでみるか。
今日は俺たち二人以外、家にはいないし……時間つぶしには、もってこいだろう。



今日の夕方ごろ――――遠坂は、家で実験をするといって早々と帰っていった。桜はライダーを連れて間桐邸へ……実家の掃除が目的とのことだ。
藤ねえとイリヤはと言うと……藤村組で宴会があり、主賓として招待されているので、今日は来れないと、先ほど電話があった。
で、珍しくも今日は、俺とセイバーの二人だけが、家に残ったわけである。

「しかし、夕飯はどうしようかな……」

夜の帳が下りる少し前――――俺は、なんとなく土蔵の整理をしながら、一人考える。
二人分ということもあり、手軽にできるものを作りたい。しかし、手軽なものでセイバーが満足するもの……なかなかに難問であった。
加えて、なんとなく落ち着かない気分にもなっていた――――なんといっても、セイバーと二人きりである。
普段は、誰かしらが居るから落ち着いていられるが、二人っきりになったら、どうしたら良いか分からない……話しても、場が持たないぞ、きっと。

「う〜ん……どうするかな――――あれ？」

半ば考えながら、ガサゴソとガラクタを漁っていると、手に触れたものがある。
どこからか紛れ込んだのか、それはテレビゲームの類だった。今の主流であるＣＤやＤＶＤを入れるタイプではなく、ＲＯＭを差す骨董品だった。

「また藤ねえが持ち込んだのか――――？　ひょっとして……」

その付近を漁ると、配線類、コントローラー、あと、ゲームのＲＯＭも何点か出てきた。どうやら、まだまだ使えるようである。
幸い、湿気とかにはやられていないようだった。まぁ、動かして見るまでは、確実にそうとは言い切れなかったが……。

「ともかく、一度……動かしてみるか。セイバーと二人で遊ぶにはちょうど良いし」

どこか壊れてて動かなければ、残念だけど……その時はそのときである。



……そうして、今に至るというわけである。画面にはＭｏｏｎＳｏｆｔというタイトルロゴのあと、ゲームのタイトルが表示されている。

「『はしれ、猫アルク』か……そういえば、ずうっと前、どこかでやったような気がするな――――」

画面にはシュールなキャラクターが、所狭しと駆け回っている場面が映っている。
何か、細かい部分が違うような気がするが、気にしないでおこう。ともかく、セイバーをテレビ画面の前に引っ張ってきて、そこに座らせた。

「あの、シロウ――――？　いったい何を……？」
「ん、いや……このテレビに映っているので、遊ぶんだけど」
「遊ぶ……？　どのようにですか？」

セイバーは、この時代の知識を得ているはずなのだが……どうも、テレビゲームというものには、理解がないようだ。
まぁ、一般常識とはかけ離れたところにあるもんな――――テレビゲームは一種の娯楽だし。

「あ――――なんというか、画面の中に映るのを、このコントローラーで動かして遊ぶんだけど」
「ほう――――、一種の遠隔操作ですか。しかし、見たところ……この触媒には魔力を感じないのですが」

大真面目に、スーパーハミコンをまじまじと見やるセイバー。
ここは、百聞は一見にしかずだろう。俺は自らコントローラーを手に取ると、スタートボタンを押した。
軽快なゲームの音楽が流れ出し、セイバーも画面に注目する。俺はうろ覚えながら、昔使ったと思われるキャラを選んで、ゲームを始めることにした。

「今、俺が動かすのは、この赤いやつな」
「ふむ……、何となくリンに似ている、これですね」

画面を指差した先、キャデラックっぽい乗り物に乗った、ちまっとしたキャラクターを見て、セイバーが頷く。
何となく操作を思い出しながら、レースをスタートする。最初こそ、もたついたが……後半はドリフトの方法を思い出して、ぶっちぎりの独走状態になった。
で、トップでゴールイン。ルールを理解してくれたのか、セイバーも、

「さすがですね、他者を引き離しての一番乗りとは、私も鼻が高い」
「うーん、慣れれば、けっこう簡単なんだけどな。今度はセイバーがやってみろよ」
「え、わ、私が、ですか？」

俺がコントローラーを差し出すと、戸惑いながらもコントローラーを受け取るセイバー。俺はリセットボタンを押してタイトルに戻る。こういう時、読み込みがないのは便利だよな。
さて、それじゃあレクチャーしながら、遊んでみるとしますか。

「セイバー、その真ん中にある二つのボタンの、左側を二回押して、そうそう、それで、今度は右側を一回」
「は、はい」

緊張した手つきで、ボタンを人差し指で、丁寧に押すセイバー。うーん、なんか微笑ましい。
ともかく……、いきなりレースでは、まずいだろう。とくに、この時代のゲームって、難易度に容赦がないしな。

「セイバー、コントローラーをずっと見ないで、画面のほうにも目を向けるんだ」
「はぁ――――難しいものですね」

生真面目に、セイバーは視線をテレビ画面に向ける。練習モードのキャラ選択画面が、テレビには映っていた。

「セイバー、コントローラーに十字の部分があるだろ？　そこを動かせば、この枠が動くから、ちょっと動かしてみて」
「十字の部分……これですね」

セイバーは、俺の持ち方を思い出したのか、両手でコントローラーを持って、左手の親指で十字キーの右を押す。すると、画面の枠も右に動いた。

「――――」

お、なんだかセイバーが驚いている。セイバーは無言で画面をじっと見ながら、ぎこちなくコントローラーに指を触れる。
今度は十字キーの下、枠も下に動く。右、右……左、左……上、上――――ひとしきり動かしたあと、セイバーは感心したようにため息をついた。

「これは――――凄いものですね。術式を知らない私でも、いともたやすく動かせるとは――――よほど、精密な魔術なのでしょうね」
「…………」

なにか、根本的な部分で勘違いをしてるみたいだけど、説明するのも難しいし、とりあえずはスルーで良いだろう。
あとで、遠坂に説明をしてもらえば……それも無理か、遠坂、電気関係はさっぱりだし。

「セイバー、枠の動かし方は分かっただろ？　それじゃあその枠を、気に入った絵の所で止めてくれ」
「気に入った、ですか――――それでは、これにしましょう。何となく、他人とは思えませんので」

そうしてセイバーは、あるキャラの所にカーソルを移動する。それは、確かにどことなくセイバーに似ている――――『せいばぁ』というキャラだった。
ちなみに、乗機はライオンの形をしている。その部分も、セイバーが気に入った理由かもしれない。

「ん、決まったんなら、右の、赤いボタンを二回押すんだ」
「はい、分かりました」

何となく慣れてきたのか、今度は右手の親指で、赤いボタンを押すセイバー。キャラ選択が終わり、フィールド画面に『せいばぁ』が現れる。
練習用コースなので、他のキャラは居ない。ただ、右上のタイムカウンターがぐるぐると廻っているだけである。

「よし、それじゃあ、早速動かしてみるか。右の黄色いボタンを押すと動きだすぞ。あと、進む方向は左の十字ボタンで決めるんだ」
「黄色いボタンで動く、方向は十字のボタンで決まる、と。分かりました、やってみます」

見下ろしがたのフィールド。その中央に、ぽつねんと佇むキャラクターを睨みながら、セイバーは果敢に操作に挑む。
お、右に向かって走り出した。やれば出来るもんだな――――セイバーを見ると、画面に釘付け……キャラの進む方向に注目し、なんか、身体まで右に傾いてる。
と、行き止まりにぶつかり、動きが止まった。セイバーは途方にくれた表情になる。しょうがない、助け舟を出すか。

「セイバー、道を戻るんだ。今度は左に走らせて見よう」
「あ――――はい」

俺の言葉にセイバーは頷き、今度は左に『せいばぁ』を走らせる。お、傾いた身体も元に戻ってきた。
完全に元のコースに戻ったので、とりあえず、普通のコースを走らせて見ることにしよう。この分なら、コースを一周するのにも手間取らないだろうし。

「よし、とりあえず道なりに走らせて見ることにしよう。コースに沿って、上に行ってみてくれ」
「分かりました、上にですね」

セイバー操るキャラクターが、コースを上に走り始める。よし、このコースは単純だし、次はコーナーの曲がり方を――――、

ぶつんっ！　ごんっ！

「！？」
「――――！」

一瞬、何が起ったか、分からないまま……画面がブラックアウトする。驚いて隣に目を向けると、そこには――――後頭部を押さえ、悶絶するセイバーの姿があった。
俺はこの状況が、どういったものか一瞬考え込み、すぐに答えに思い至った。

先ほどセイバーは、画面のキャラにつられるように、右に、左に動いていた。そうして、上に行くともなると――――思いっきりのけぞり、テーブルに頭を打ち付けたのだろう。
馬鹿馬鹿しいのだが、大真面目にそういったことがあったのは、目の前のセイバーが証明している。ともかく、セイバーを介抱するとしよう……。



「大丈夫か、セイバー」
「ええ、何とか…………しかし、油断しました。あのように巧妙な罠があるとは」

いえ……普通は、ああなりません。しかし、決定的瞬間を見逃したのは、幸か不幸か…………まぁ、もし見てたら、セイバーに記憶を無くすほど殴られてそうだけど。
俺は、後頭部を押さえるセイバーを待たせ、ゲーム機の様子を見る。ぱっと見は、壊れていないようだが……、どうやっても画面は黒いままだった。
さっき、セイバーが倒れこんだ拍子に、どこかが壊れてしまったのだろう。さすがに片手間では直せなさそうだった。

「うーん、これは駄目だな。壊れてしまったみたいだ」
「そうですか。いささか惜しい気もしますが、仕方ありませんね」

まだ痛むのか、後頭部をさするセイバー。口調ほど未練がないのは、あまりゲーム機に興味がなかったからだろう。
これが慎二とかだったら、いまなおせー、すぐなおせー、べんしょうしろー、とか騒ぎ立てるだろうな。

「まぁ、壊れたんならしょうがないし、時間も時間かな……？」

ともかく、すぐに直せるもんじゃなし、今日はこの辺でお開きにしようか……時計を見ると、けっこう時間も経っているようだ。
さて――――すったもんだも一段落着いたし、そろそろ、夕食を作ることにしよう。

「よし、それじゃあ夕食の支度をするから、セイバーはテレビでも見てくつろいでくれ」
「はい、あの……シロウ」

台所に向かう俺に、セイバーが声をかけてきた。振り向くと、どこか気まずい表情で、セイバーは小声で――――呟いてきた。

「先ほどの事は、内密に願いたいのですが……王たるものがあのような醜態、知られるわけには行きません」
「――――ああ、そのことか。分かったよ。皆には内緒な」

気恥ずかしげなセイバーに、俺は笑いを堪えながら頷いた。やばいな……なんだか微笑ましすぎる。
思わず笑い出してしまいそうな状況だった。だけど、セイバーはというと……彼女はどこまでも生真面目に――――。

「はい、二人だけの秘密ですね、シロウ」

すごく優しい微笑で、そんな風に笑ったのだった。予想外の不意打ちに、心臓が急に早鐘を打ち出す。
…………参ったな、あんな笑顔をされちゃ、それこそ墓場まで、秘密を持ってかなきゃならないだろう。

「――――ああ、そうだな」

赤くなった顔を見せられず、俺は慌てて台所に向かった。平常心を保とうと、俺は野菜を切り始める。
さて、何を作るんだっけ――――ヒートアップした頭を冷やしながら……俺は、考えてあった今日の献立を何とか思い出そうと、沸騰した頭を回転させたのだった。