〜Fate Hollow Early Days〜 

〜自身投影〜



港には、閑散としている。いつもは、ランサーが釣りをしていたり、ギルガメッシュが子供達を引き連れて占有していたりと、様々な用途に使われる場所だ。
しかし、今は両者とも用事があるのか、港には居ない。ただ一人、港に佇んでいるのは――――アーチャーであった。

「何だ、お前か」
「む…………今日は日が悪いようだな。このような場所で出会うとはな」

お互いに、苦虫を噛み潰したような表情になるのは致し方ないだろう。衛宮士郎(おれ)とアーチャーの仲は、相変わらず最悪だった。
アーチャーの姿はというと、時折かいま見る、黒を貴重とした長袖と長ズボン……あの赤い外套は身に着けていなかった。
ただ、この場所に居るときは、もっと似合う格好があったように思える。それは、どこぞの釣りキチに出るような、釣り人の格好とか。

「不満なのはお互い様だ。それで、またここで釣りでもしようってのか? だったら、邪魔にならないように立ち去るけど」

――――正直、釣りに熱中するアーチャーを見るのは、なんと言うか耐え難い気分になる。
それは言うなれば、自己嫌悪に近い。大人になっても、釣りを趣味にだけはするもんか――――などと思うくらいに根は深かった。

俺が問うと、アーチャーは気だるげな表情で肩をすくめた。どうやらその気はないようである。

「生憎、試合う相手が居なくてはな……せめて片方でも居れば良かったのだが――――待っていても、影一つすら見えないようではな」

まったく、どこをほっつき歩いているのやら……と、ぼやくアーチャー。その表情は、少し寂しそうにも見えなくもない。
しかし、ギルガメッシュはどうか知らないが、ランサーが港に居ないのは、アーチャーの投影した、釣具一式のせいかも知れない。

「あんなシロモノを投影したら、誰だって逃げ出すと思うぞ。もうちょっと、加減をした方が良かったのに」

めちゃくちゃ高性能のリールの隣では、いくら達人の域に達する釣りの名人でも、少々腰が引けるだろう。
非難めいた口調で文句を言うが、アーチャーは、とり合う気はないようだった。ふっ、とシニカルな笑みを浮かべ、海岸線のかなたを見つめる。

「加減をして喜ぶような輩でもあるまい。やるからには徹底的に勝利する――――それは当然のことだろう」
「――――……」

どうも、何をいっても無駄なような気がしてきた。遠坂も苦労するよな……こんな釣りキチを英霊にしてるんだから。

「ま、自分にしかできないからって、あまりそれを、ひけらかすなよ。他の人にとっては、反則めいたシロモノなんだから」
「――――まて、私にしか出来ないと言ったか? では、お前はどうなんだ?」
「俺? 俺が出来るわけないだろ、だいたい、投影なんて代物、俺には――――……」

使えない? いや、でもどこかで、無意識にそんなコトをした事があったような――――。

「ふむ、どうやら自覚していないようだな」
「――――何がだよ」

何か知ってそうな口ぶりをするアーチャーに、俺は問いただしてみる。しかし、余裕綽々の表情で、そいつは俺の質問をはぐらかした。

「私が教えるわけないだろう。あいにくと私は、彼女(凛)のように過保護ではないのでね」
「む」

皮肉を込めた言葉に、眉をしかめる。さんざん思わせぶりなことを言って、ぽいっと投げ捨てるなよな。
――――まぁ、いいか。何かを忘れていることには思い至ったんだ。いずれ、機会があれば思い出すこともあるだろう。

「別にいいさ。問題は自分で何とかする。じゃあ俺は行くけど、あまり滅茶苦茶な乱獲を続けるなよ。海の生態系が狂ったら、それはそれで困るんだから」
「ふ――――それほどまでに自然は脆弱ではない。気にすることもないだろうさ」

別れの言葉を交わして、俺は港から立ち去る。歩く途中、振り返ってみると、アーチャーは何をするでもなく、相変わらず海を見ながら立ちつくしていた。
…………やっぱり、ランサーとかが居ないと、ちょっぴり寂しいのかもしれない。そんなことを考えながら、俺はその場を立ち去ったのだった。