〜Fate Hollow Early Days〜 

〜秋雨の御堂〜



――――空は漆黒の帳に覆われ、天には星が瞬き、砂粒のような光を真っ黒なキャンバスに湛える。
真夜中の巡回で、何度もここを訪れた。そのたびに殺したり殺されたりをくりかえし、そして今は虚ろな廃墟。
もうここに用はない。世界は様々な可能性を編み上げ、その中から最もそれらしい、ありえない出会いを再現した。

「だから、ここに来る必要はない、か――――」

そもそも、衛宮士郎(こいつ)とカレン・オルテンシアの出会いはココではない。
あまりにも密度の濃いループは、様々な波紋を周囲にばら撒いた。まぁ、その後始末をつけるのがオレでない限り、そんな事はどうでも良いんだが。
ともあれ、せっかくだから教会の中でも覗いていこう。虚言の夜には及ばないが、廃屋の探検もおつなものだろう。

夜のせいか、ここに来ただけで明確にスイッチが入っている。気だるい感じは、衛宮士郎には似つかわしくない。
もう少しピンシャンしたいが、残念なことに自分ではやる気が起きない。何事も人任せが、一番お気楽である。

「さて、どうせならオルガンの演奏でも、やっててくれりゃ、気が楽なんだが――――」

さすがにこんな真夜中、近所迷惑になるような真似はしていないようだ。
厳かにそびえたつ、神の家のドアを、俺は押し開けた――――――――……。

「えっ……?」

壊れた廃墟に佇む、黒い聖女――――……これから出かけようというのだろう。ずいぶんと間が悪いときにお邪魔したようだ。
ま、出会いのタイミングが悪いのは、今に始まったことじゃない。オレとカレンの相性は、すこぶるつきで最悪のままのようだ。

「よう、お邪魔するぜ」

瓦礫の山の中、適当なスペースを見つけ、腰を下ろす。奇しくもそこは、いつもオルガンを聴いていた場所であった。
声を聞き、幻で無いと判別できたのだろう。ポカンとした表情のカレンは、いつもの表情に戻ると、俺の前へと歩いてきた。
黒を基調とした艶姿。無意味に男どもを誘惑する姿とはいえ、今夜は日が良いのか、欲情するようなことはないようだ。

「――――驚きました。こんな所にくるなんて、よっぽどやることがないんですね、貴方は」
「ああ、ま、確かにヒマを持て余してるけどな。あんたほどじゃない」

皮肉には皮肉を……右の頬を叩かれたら、相手の頬を叩き返すのが俺たちの間柄だ。
いい加減に慣れっこになっているのか、カレンの表情は平然としたものである。まぁ、彼女の場合、皮肉を皮肉とも気づいていないんだろうが。

「で、どうしたんだ、その格好は。今からどこかに出かけようってのか?」
「――――ええ、最後の舞台への下調べに。物分りの悪い無精者のエスコートがありますから」

誰をさしているのかは、じいっ……とオレを見続ける視線が如実に語っている。
しかし、出かけるにしても、今日はまだ初日の夜である。猶予はあるし、何よりその格好は――――。

「ま、出歩くのは止めないけどさ――――その履いてない格好、どうにかしたほうが良いんじゃないか?」
「失礼なことを――――もともとこの衣装は、こういう仕様だと言ったでしょうに」
「はははは……! 否定しないってことは、やっぱり自分でも履いてないって思ってるんじゃないか」

確かにそんな事を言ってたな。ムキになるカレンが可笑しくて、俺は思いっきり笑った。
そもそも、苦笑にとどめるなんて失礼なことはしない。可笑しいなら可笑しい、そういう時は思いっきり笑うにかぎる。
と、カレンは思いっきり不機嫌そうな顔になる。顔が赤いのは、照れているというより、怒りのせいだろう。

「まぁ、別にオレは構わないんだけどな。まだあちこちに人が居るし、んな格好じゃ、目的地にたどり着くまでに絡まれるぞ」

有り体に言うと、暗がりに連れ込まれてナニをされるか分からないって事だ。
まぁ、この女のことだから、そんな事は大した事じゃないと、歯牙にもかけないんだろうが――――。

「別に、貴方に心配してもらわなくても大丈夫です。人避けの魔術程度は使えますし、外はまだ、安全ですから」
「――――ハ。安全ねぇ……」

そもそも、何をさして安全というのだろうか。直接、命の危機に関わることなど、屋内、屋外問わず、そこかしこに存在している。
そう、たとえば、ここの天井が唐突に落ちてくれば――――二人とも、ぺしゃんこ。安全など、生きている限り、手に入るものじゃないだろうに。

「まぁ、別にその色々と職務質問されそうな姿を気に入ってるんなら、別にいいんだけど」
「――――次々と、よくも皮肉が言えますね。この姿がそんなに……」

と、そこで唐突にカレンは言葉を止めた。なにか、気に掛かった事でもあったのか……そう思っていると――――、

「貴方――――」
「うわ、な、何だよいきなり」

唐突に、カレンは……オレが最初にこの教会を訪れたときのように、ノーモーションで踏み込むと、両手でこちらの顔をつかんで覗き込んできたのだ。
しかし、何の前触れも無く動くなよ……もともと、能動性がない分、いきなり動かれると対処しきれない。
そんな愚痴を言おうとしたオレだが、カレンがその前に、オレに問いかけてきたので、その言葉は飲み込まざるを得なかったのだが。

「ひょっとして、見えているのですか?」
「はぁ? 見えてるって――――当たり前だろ? なんだ、見られてないとでも思ってたのか?」
「いえ、貴方のことですから、ぼんやりと見える姿に、適当に言葉を合わせているだけだと思ったのですが」

と、そんな風にカレンはよく分からないことを言う。そもそも、何で見えなくならなきゃいけないんだよ。そりゃ確かに――――、

「まぁ、最後の舞台の時は、確かに何も見えてなかったんだけどなぁ……」
「――――!? それでは、貴方も分かっているのですか、『これからのこと』を……」

これからのこと――――最後の夜、ビルの屋上より伸びる螺旋の階段と、紫陽花の乙女。地には思い出のかけらと、黒色の残滓。
そう、つまりはこれから起こる最後の時を、俺もカレンも知っているようだった。

「ああ、まぁオレの場合は……出遅れ組、みたいだからな。前方でゴールする寸前のオレを、後ろで走りながら見ている感じだ」
「そうですか……では、その後、何が起こるかも……?」
「いや――――そこまでは関与できない。ようは今は、ゴール前のコンマ何秒って感じだな。色々と混み合ってて、自分でも旨くは言えないんだが」

未来が見える――――というのはちょっと違うだろう。平行世界の最後の夜、何が起こるかは朧げながら分かるが、それがこの4日間で起こるとも限らない。
いずれは、そこに行き着くだろう未来への、最後の寄り道をしているような感覚であった。

「アンタはどうなんだ? そもそもアンタ、4日間が終わったら綺麗さっぱり消えてなくなるはずだろ? なのに、なんかオレよりも事情を理解してるようだけど」
「私の状況は、前にも挙げたとおりです。ただ、貴方は少々勘違いしているかもしれませんね」
「――――勘違い?」

カレンの言葉がよく分からず、俺は首を傾げようとする――――もっとも、顔はカレンの両手にロックされてて、怪訝そうな声を上げるのが関の山だったが。

「ええ、4日目を終えれば……私の存在、記憶は確かに消えます。しかし、その情報は、もとのカレン・オルテンシアへと伝達されます」

たとえば、Aという情報を手に入れれば、もとのカレンに移植され、Aということがあったという事実が記憶される。
そうして次のスタートがあったとき、10月8日時点のカレンの状況に+Aが追加され、カレン+Aとしてスタートするのだ。
もっとも、本人の人格を保護するため、明確な部分は曖昧になり、そんなことがあったなー……くらいになるらしいが。

「そもそも、情報を集めるのに、使い捨てで同じ人格を何度も生み出すなど、無駄な労力の極みでしかないでしょう」
「はぁ――――なんか前に、サーヴァントがどうたら、って言ってたけど、そういうことだったのか」
「ええ、おそらくは……ですけれど」
「――――まて、おい」

今まで言ったこと、全部でたらめかよ。憮然とする俺を見て、なぜかカレンも不満そうな表情を浮かべた。

「そうは言われましても、私はあくまで末端部分ですから――――本元がどうなってるかなんて、確認できようがありません」
「まぁ、ようはアンタも、オレと同じだろう? 知りたくもない未来が見えてるくちか」
「ええ、そうですけど――――知りたくもない、とは?」

俺の顔を覗き込んでくるカレン。互いに、少し近寄れば唇が触れ合うほどの近距離で、オレは――――

「決まってる。未来が見えたら、面白くもなんともないじゃないか」
「――――!」

はっ、とした表情で、カレンは両手を俺の顔から放し、数歩、身を引く。
どこか不安げに、彼女は自らの腹部を抑えると、おや、という風にキョトンとした表情を見せた。

「貴方は、本当に出遅れた人なのですね……私が近くによっても、発症しないなんて」
「ん、ああ、そうだな――――もっとも、アンタとのエロい顛末や、わずらわしい昔話とかは、みんな知ってるけどな」
「――――変な存在ね、貴方」

くすっ、と俺のどこが御気に召したのか、カレンは薄く微笑を浮かべる。まぁ、さっきは俺が笑ってやったし、これでお互い様なんだろう。

「それで、アンタは最後の舞台の下調べに行くわけか。まぁ、確かに何も知らないで、あんな屋上に忽然と居るわけないもんなぁ」
「ええ、この4日間か、いずこかの4日目のため――――知らないことは、覚えるしかありませんから」

そういうと、カレンは黙り込む。どうやら彼女の話は済んだらしい。俺の話が無ければ、今すぐにでも、出かけそうな雰囲気だった。
オレとしても、聞く事は無いんだが――――ふと、一つ聞いてみたいことがあった。

「なぁ、オレを送り届けた後、アンタはどうしたんだ? いっそ景気よく、あの螺旋階段からダイブしたとか」
「――――馬鹿なことを。そんな事をすれば、死んでしまうではありませんか。普通に階段を降り、最後の夜を迎えたんです」

いや、別に死んでも困らないと思うけどな――――オレや目の前のカレンは、いわば末端だし。
ふむ、しかし、そうか――――……オレとバゼットの顛末はともかく、カレンの役目はそこで終わりということか。

「――――何か?」
「いや、一人取り残されたカレンって言うのも、なんだかなーと思ってな。そういうのを見ると……」
「慰めたくなる、と?」
「いや、指差して笑いたくなる」

きっぱりと言い切ると、カレンは虚を衝かれたように目を見開く。そして、一転――――呆れたようにため息混じりに、

「――――最低ですね」
「ああ、俺もそう思う」

カレンの呟きに、心底から同意するオレ。ともあれ、気になった事は理解できた。一応、頭の片隅にでも覚えておくとしよう。
まぁ、気が向いたら……そんなカレンの様子でも見に行ってみよう。何やら、矛盾しているような気がしないでもないが。

「さて、んじゃまぁ、俺は行くとするわ。なんなら、街中まで一緒に行くか?」
「――――それも良いですが、遠慮しておきます。貴方は、この教会を出れば……衛宮士郎が主になってしまうでしょう」
「ん――――そうだな。奴さんは、まだアンタに対する思い入れは深くないしな。余計な重りをつけることもないか」

一応は、完成された4日間である。開放目前とはいえ――――最後の最後で大ポカをやらかすのも阿呆らしい。
オレは瓦礫から立ち上がると、扉を開けて外に出る。おそらく、カレンは祈っているだろうから、後ろは見ないことにした。



俺が――――教会から出ると、何やら頭にぽつぽつと、冷たいしずくが落ちてきた。
空を見上げると、真っ黒な晴れ渡った夜空から、僅かながら雨が降ってきた。雨宿りするほどじゃないし、通り雨のようだから気にすることもないか。

特に、大したものも得られなかったし、気を取り直して夜の巡回を続けるとしよう――――。



※目的の地

最後の夜、終末の時――――早足に繰り返される日々の最後は、彼女との邂逅で締めくくられよう。
そう、巡る螺旋の天井で、終わる螺旋の地の底で、物語の幕は閉じるのである――――。