〜Fate Hollow Early Days〜 

〜☆諸国無常遊戯(人間編)〜



授業が終わった。今日は特に用事もないし、どこかによって帰るとするか。
そうだな、一成でも誘って遊びに行くとしよう。生徒会で忙しいっていうんなら仕方がないが、今日はそんなに忙しくはないはずだ。

「おーい、一成。今日はもう暇か? 一緒に帰りがてら、遊びにでも行こうかと思うんだが」
「衛宮か。その申し出はありがたいが、出来れば今日中に終わらせたい仕事があるのでな」

俺の誘いに、さも残念そうに言う生徒会長。相変わらず、多忙な日々を送っているようだった。
しかし、どうするかな――――、一成にも断られたし、ここは一人で、ブラブラと商店街を廻りながら帰るとするか。

「ん、なになに? 衛宮、ひょっとして暇なのか?」
「ああ。一成を誘ったけど、断られてな……慎二は今日も、女の子とデートなのか?」

その時、ひょっこりと声を掛けてきたのは慎二である。放課後はいつもふらっと居なくなる慎二。
今日もデートか何かで忙しいだろうと思ったんだが――――俺の問いに、慎二は満面の笑みを浮かべた。

「いや、今日はヒマしててね。衛宮もヒマならしょうがない。一緒に新都あたりに繰り出すってのはどうだい?」
「慎二と一緒に、か――――まぁ、たまには良いかな」

どのみち一人では、暇を持て余す時間帯だ。たまには慎二と一緒に遊びに行くのも良いだろう。
俺の答えに、慎二は満足そうに笑みを浮かべると、ひゃっほーい、と声を上げながら子供みたいにはしゃぐ。

「オーケーオーケー、それじゃあ良い娘のそろってる店に行こうぜ。きっと衛宮も萌える事、間違いなしさ!」
「――――少々待て、間桐。衛宮を一体、どこに連れ込もうというのだ?」

と、その時、慎二に待ったを掛けたのは、俺の隣で事の次第を見ていた一成である。
横槍が気にくわなかったのか、少々憮然とした表情で、慎二は一成を見ながらふっと肩をすくめた。

「別に言うつもりはないけど、教えてやるよ。メイド喫茶って奴さ。特にイヤラシイものもない喫茶店だよ」
「冥土喫茶…………? 何にせよ、間桐のことだ。どうせ何やら、よからぬ事を考えているのだろう」

うわ、凄い偏見――――でもまぁ、確かに慎二の事だから、のんびりお茶だけじゃ済まさないだろうな……。
店内のメイドさん全部にコナをかけて、何人かとデートのセッティングくらいは平気でやりそうだ。

「は、言うじゃないか。けど、柳洞は生徒会の用事だかで忙しいんだろ? 衛宮は僕がしっかりエスコートしてやるよ」
「むっ……ええい、仕方のない! 衛宮、放課後の予定は全部キャンセルする! だから自分と帰ろう!」
「は?」

唐突な一成の言葉に、俺は目が点になった。さっき、今日中に終わらせたい仕事が有るって言ってなかったか?
慎二は慎二で、一成の横暴にずいぶんとご立腹のようである。

「ちょっとまてよ、僕が確約をしたのが先だぞ――――いくら先に誘われたからって、それはちょっと、厚かましいんじゃないか?」
「さすがに、少々出すぎているとは思っている。しかし、親友を悪の道に堕としこむわけにはいかん」

むむむ……と睨み合う慎二と一成。どうも、このままでは埒があかないようだ。
俺は手を叩いて二人の注意を促す。注目する慎二と一成に、俺はため息混じりに諭す事にした。

「二人とも、いがみ合ってちゃいつまで経っても帰れないだろ、それと慎二。悪いけど夕食の準備もあるからな、新都までは、とてもじゃないが行けない」
「――――まぁ、それならしょうがないか。商店街で買い食いしながら、海浜公園辺りまで散歩でもするか。柳洞もこれなら満足だろ?」
「む――――まぁ、妥当な線だろう。それならば文句はない」

慎二の言葉に、おごそかに頷く一成。しかし意外だな……もうちょっと、どちらかが文句を言うなり、粘るなりすると思ったんだが。
まぁ――――、慎二はこの前の、昼食の件で断られた事で慎重になっていて……一成も少し、その事で慎二を気に掛けているのかもしれない。
仲が悪いままとはいえ、こうやって多少は相手の事を気遣ってくれると、今後は平穏になるんだけどな。

「それじゃあ校門前で待っててくれよ、衛宮。ちょっと野暮用を済ませてくるからな――――」

そういうと、足取りも軽く教室を出て行く慎二。さて、それじゃあ俺達は、先に校門前で慎二を待つとしますか。
俺は一成と一緒に、校舎を出て――――まだ空の青い午後の校門で、慎二を待つ事にしたのだった。



「遅いな……」

さて、それから十分位して、一成の口からそんな言葉が出てきた。未だ、パラパラと帰宅する生徒が通る校門前。
帰る生徒達の、邪魔にならない場所に立って待つが――――慎二の姿は一向に現れなかった。 野暮用があるといってたけど、けっこう手間取ってるのか――――、一成を待たせて、校内を探しに行ってみようか?
そんなことを考えていると、視界の先にこっちに歩いてくる慎二の姿が見えた。

「悪い悪い、ちょっと遅くなった」
「ちょっと、ではないだろう。そもそも、待たせているという自覚があったら、歩かずに走ってくるべきだろうに」

喝、と気を吐く一成だが、慎二はというと馬耳東風という感じで、一成の小言を聞き流していた。
さて、面子もそろったことだし、商店街へと繰り出すとしますか。



「――――そういえば、結局、慎二の野暮用ってなんだったんだ?」

ふと思いついて俺が聞いたのは、マウント深山商店街――――その一角で何とはなしに、だべっていた時のことである。
慎二の手には、クレープが……一成の手にはミネラルウォーターのペットボトルが握られている。
手に持ったクレープをガツガツと食べながら、慎二は俺の問いに、ああ、と笑みを浮かべる。

「軍資金調達だよ。遊びに行くのに、無一文じゃ寂しいだろ。ちょっと桜がゴネて、手間取ったけどね」
「――――って、まさかそのクレープ代も……」
「ああ、そういうことさ。少々多めにもらったから、衛宮も何か食べるかい?」

平然とした表情で言う慎二。しかし、その金が桜の財布から出ているとなると、さすがに心穏やかじゃいられなかった。

「お前、桜にたかったのか!?」
「なんという男だ、同じ男子として、風上にも置けん」

憤慨する俺と一成。しかし、当の慎二はというと、苦虫を噛み潰したような表情で、残りのクレープを平らげた。

「なんか、勘違いしてないか? 僕だって、妹から金をせびろうとは思わないよ。でも、家の金庫は桜が管理しているから仕方がないじゃないか」
「――――そうなのか?」
「そうだよ。銀行の通帳や、財布すら居所が知れないんだぜ。遊ぶ金が欲しくても……バイトしなきゃ、とてもやり繰り出来ないんだって」

まったく、まいるよな――――……などと愚痴る。どうやら間桐の家の、実質的な支配者はいつの間にか代変わりになったようだ。
しかし、慎二がバイトをしていたのは知ってたけど、まさか遊ぶ金欲しさとは……慎二らしいといえば、らしいけど。

「まぁ、それでも衛宮と遊びに行くっていったら、さすがに文句も言えないみたいだったけど。衛宮様々だね」
「……つまりは、結局は妹からせびったというのか、まったく、情けない」
「ぐっ――――だから、家の金庫番が桜なんだから、金を下ろすには、桜に言うしかないんだって」

一成のツッコミに、ブチブチと文句をたれる慎二。まぁ、間桐の家の金なら、俺が文句を言う筋合いじゃないか。
桜の事だから、慎二が散財するのを見越して、めったにお金は渡さないのだろう。
幸い、それで兄妹仲が険悪になってはいないようだし……この件は捨て置くとしよう。

「まぁ、切りがなさそうだし――――その話は終わりにしよう。さて、まだ時間もあるし、予定通り海浜公園にでも行ってみるか?」
「お、いいねぇ。久々にバッティングセンターで勝負としゃれ込もうか?」
「ほう、バッティングセンターとは……なかなか面白そうだな」

慎二の提案に、なかなか乗り気の一成。口数こそ少ないものの、しっかりと楽しんでいるようだった。
さて、ボヤボヤしていると日が暮れるな。さっそく海浜公園まで移動するとしよう。

「当然、柳洞も勝負に参加するだろ? 昼食のオゴリ勝負……受けないとは言わせないぜ」
「ふむ……金銭をかけるとなれば咎めただろうが、そういう勝負なら興味はある。当然、勝ちにいかせてもらうぞ」

海浜公園への道を歩きがてら、俺を間に挟んで、白熱したやり取りをする二人…………。
せわしない日々――――たまにはこうやって、男友達だけで遊ぶのも楽しいものだった。

バッティングセンターでの勝負は、他者の名誉のため、ノーコメントで通しておく。
ただ、これから一週間、弁当を作る手間が省けるのは、ありがたかったわけだが。