〜Fate Hollow Early Days〜 

〜プロローグ〜



そうして、オレはまた、もとの場所に戻ってきた。古臭い洋館の一室――――惨劇の場にもなった其処には俺一人だけ。
バゼットは……当然、ここには居ない。部屋を見渡すと、テーブルの上に放ったらかしになっている合わせ絵。
白い花の合わせ絵は、完成間近のままで、ぽっかりと穴の開いた空洞が、俺を見つめているようだった。

「あ〜あ、まったく、めんどくせぇったらないぜ……」

ぼやきながら、手近にあったものに蹴りを入れる。ばらばらと調度品が壊れ、代わりに足が痛くなった。
痛む足を押さえながら、俺は憮然とした表情で、室内を見渡す。
何千回、何万回と戻ってきた部屋。そこにある調度品は毎回一糸乱れぬまま、同じようにそこにある。

――――つまりは、それ以外のものはそこには存在しないということだ。

前回は、町をふらふらしていたら、デカイ筋肉達磨にぷちっと潰されて、そこで意識が途切れた。
なにやら幕引きのためにゴタゴタが起こっており、出歩くのにも注意を払わなきゃいけないようだ。
まぁ、それでも目的がないままで日々を過ごすよりはましだろう。退屈も悪くはないが、やることがあれば、多少は生きていようって気にもなる。

「さて、今度はどっちに行ってみるか、東か西か――――」

探し物がどこにあるかは分からない。ただ、それを見つけだした時、何かがあるんじゃないかと、子供のように心躍る自分がいた。
目をつぶっても分かるほど、繰り返されてきた行為――――部屋の扉を開け、オレは外へと繰り出すことにした……。



壊れた大橋、何者かと戦う遠坂とアーチャーの二人。夜の交差点、バーサーカーとその肩に乗ったイリヤ。
――――――――……そんな脈絡のない二つの夢を、俺は交互に見ながら目を覚ました。

慣れ親しんだ自分の部屋。ぼうっとした頭を振り――――そうして頭をすっきりさせる。
ここ最近は疲れているのか、よく分からない夢を見ることがある。今日などは、その典型で……一度に二つの夢を見ているかのような感じだった。

「適度に休んでいるつもりなんだけどな……」

凝り固まった肩をほぐすように首を回しながら、俺は一人ごちる。
そうして、しばらくしていると、ようやく疲れが取れ、気分が落ち着いた。
おかげで、今朝見た夢は、綺麗さっぱり忘れてしまえそうである。

さて、今日の朝食は何にしようか――――、今日は遠坂も桜も泊まっている大所帯だし、多めに作ったほうがいいだろう。
目玉焼きに白身魚のフライ、作り置きのサラダと、あとはデザートを何とかすればいいか。

朝の寒々しいとさえいえる空気を胸一杯に吸い、眠気を完全にシャットアウトすると、俺は身を起こした。
そろそろ誰かしら、俺を起こしに来るかもしれない。寝巻きのままでも良いが、どうせなら普段着に着替えるとしようか。

問題は、着替えている最中に誰かが部屋に入ってこなければいいんだが――――幸いにして、そのようなことは無く、俺は着替えを済ませると、部屋を出た。

「あれ? 起きちゃったんですか、先輩」

と、居間へと続く廊下で桜と鉢合わせをした。制服の上からエプロンを羽織った桜は、キョトンとした表情で俺を見る。
おそらくは、下ごしらえを終えて、俺を起こそうと廊下に出たんだろう。ちょっと着替えるのに手間取ったのか、桜ひとりに準備をさせてしまったみたいだ。

「ああ、今しがたな……悪い、桜。ちょっと寝坊したみたいだな」
「いえ、そんなことありませんよ。ちょうど今くらいが、先輩がいつも起きる時間帯です」

桜と話をしながら居間に戻る。居間に据え付けられている時計は、充分に余裕のある時間を示している。
しかし、だとすると桜がこんなに早く起きているのはどういうわけか――――その疑問は、台所を見て氷解した。

「なるほど、お弁当の用意をしていたのか」
「はい、今日は姉さんも居るし、三人分のお弁当を作ってみようかなって」

ハキハキと返事をする桜。すでに何品か、出来上がったおかずがお弁当箱に詰められてある。
多めにつくり、余った分は朝食にまわすのは、桜ならではの発想だった。

俺の場合、弁当は弁当で、つい別の料理を作りたくなるからな――――その点、桜は味付けを微妙に変えることで、昼食も飽きが来ないようにしている。
こういう細かい部分では、桜の方に軍配が上がる。俺も少しは見習わないといけないかもな。

「そういうことなら、俺も手伝おう。後はスイートポテトのサラダとか、野菜類で良いんだな」
「はい、フライとかの揚げ物は、もう大分作っちゃいましたから。あ、冷蔵庫にミニトマトがありますから、それも使ってください」
「わかった」

阿吽の呼吸――――我が家の台所を任されている俺達二人は、息もピッタリに調理を始める。
さて、皆が起きてくるまでに、全部終わらせてしまおう。朝食は、のんびり過ごしたいからな。

おそろいのエプロンを付け、俺と桜の日常はこうして過ぎていった――――。