〜Fate Hollow Early Days〜 

〜飽くるなき鍛錬〜



夕食を終え、風呂に入るまでの間、セイバーと道場で稽古をする。
稽古といっても、俺が一方的にやられるだけで、セイバーには一本も取れないでいるのが現状だった。
スタミナの面から差があるのか、俺が汗だくになってへたり込んでいても、セイバーは平然としたものである。

「どうしました、シロウ。まだまだ、精根尽きるには早すぎる段階でしょう」
「――――は、ぁ……ああ、まだまだ、これからだ!」

疲れと痺れで竹刀を落としそうになるのを堪え、俺はセイバーと対峙する。
なんとしても一本取ろうと、俺は思い切ってセイバーに打ち込むために前に踏み出す。
しかし、竹刀を合わせる前に、セイバーの一撃が手首に決まり、俺は竹刀を落としそうになった。
竹刀を握りなおし、手首を翻すも、そこにはセイバーの姿はない。すでにその身体は、俺の武器の間合いの外。

……実に見事な、ヒット・アンド・アウェイだった。さっきからこの調子で、ずっと手玉に取られ続けている。
どうやら俺が、セイバーから一本を取るのは、まだまだ遠い未来になりそうだった。



「セイバー、お風呂が開いたけど、入れるのー?」
「リンですか。問題ありません、士郎も、もうそろそろ……体力の限界でしょうから」

それから程なくして、湯上りの遠坂が、セイバーをお風呂に呼びに来た。ちなみに俺は、板張りの床に仰向けに倒れながら、そのやり取りを聞いていた。
セイバーの言葉どおり、まだやる気はあるのに、身体は言うことを聞いてくれない。
そんな俺の様子を見て、セイバーは自分用の竹刀を、竹刀置き場にもどす。どうやら今日はこれで止めるようだ。

基本的に稽古は、セイバーが俺の体力を判断して、適度な所で止めるのが暗黙の了解になっていた。
逆に言えば、セイバーが気分を害したときは、トコトンまでつき合わされるのが常だが……そういうことはそう滅多にあるものじゃなかった。

「それではシロウ、私は湯浴みを行ってきます。貴方は風邪を引かぬよう、汗をタオルで拭いておいてください」
「ああ、分かったよ。セイバーこそ湯冷めしないように、ゆっくり入ってきてくれ」

俺の言葉にコクリと頷くと、セイバーは足早に道場をあとにした。残されたのは俺――――と、そんな俺の様子を見ている遠坂である。

「それにしても見事にやられたのね、セイバーに」
「悪かったな、進歩が無くて。だからって見世物じゃないぞ」

結局、良いところが一つも無かったように感じた今日の稽古。そのため、俺はぶっきらぼうに遠坂に言葉を投げかける。
しかし、遠坂はそれで気分を害したというわけでもなく、寝転ぶ俺の隣に腰を下ろすと、にこやかに、微笑んだのだった。

「進歩が無いわけじゃないと思うけど。この前、セイバーと話した時も、ちゃんと成長してるって太鼓判を押されてたわよ」
「そうなのか……? セイバーがそう言ってたとしても、なんか自分じゃ信憑性を感じないんだが」

遠坂の問いに首をひねってみる。と、遠坂の艶めかしい太腿が視界に飛び込んできて、俺はあわてて視線をそらした。
そんな俺を見て、遠坂は涼しい顔。なんというか、手玉に取られるってこういう風なことをいうんだろうな。

「ま、そうそう自分じゃ分からないわよ、成長過程なんて。目に見えないところで進歩するのが、人間ってものでしょうし」
「進歩、か……」

上半身を起こし、俺は一つ息をする。人は、気づかぬうちに成長し、発展し……老い、衰えてゆく。
それは自然の摂理であり、変えようのない流れでもある。だが、セイバーは少し違う。

英霊である彼女は、時の流れから逸脱したところに身をおき、老わぬ代わりに成長もない。
それは、生命としては理想的な不老なのかもしれないが、それを彼女が望んでいるかどうかは、別問題なのだと思う。

セイバーが俺のことを真摯に鍛えてくれるのは、俺の成長を、一種の感慨を持って見つめているのかもしれない。

「――――何か、難しいことを考えてるの?」
「ん、いや……、もっと頑張って、セイバーの期待にこたえなきゃな、って思ってただけだ」
「ふぅん」

俺の答えに、遠坂は小悪魔のような笑い。どうも、俺の考えていることを大半は見抜いているようだった。
気恥ずかしさもあって、俺は勢いよく立ち上がると、転がっていた竹刀を手に取った。

さて、休憩は終わりだ。セイバーが風呂から出るまで、まだ十分に時間はあるし、今日のおさらいをしよう。
竹刀を手に、前方の何もない空間に、セイバーの影を思い浮かべる。いくら求めても追いつかない、ある意味、理想となる強さがそこにある。

「――――……」

場の空気を感じ取ったのか、遠坂は無言で道場の端に移動すると、改めてそこに腰を落ち着け、こちらを覗っていた。
静寂と静謐に支配される道場内――――俺は、一歩でもセイバーに近づこうと、虚像の幻影へと踏み込んで竹刀を振るう。

厳かに、鍛錬は続く。たとえ今日が終わりを迎えても、明日へと繋がっていく――――、止め処ない日々の合間、そんな鍛錬の時間は確かに存在していた。