〜Fate Hollow Early Days〜 

〜キューティ・しすたー〜



昼過ぎの商店街、夕飯の予定の買い物を早めに済ませ、俺はあちこちを見て廻っていた。
特に目新しい発見はないが、四季折々で風景の変わる商店街は、そう見飽きるものではない。と、そこの店先に見知った顔を発見した。

「蒔寺じゃないか。今日は陸上部は休みなのか?」
「――――げ、衛宮か」

おおよそ友好的とはいえない態度で、蒔寺は俺に対し、渋い顔をする。
陸上部が着用するジャージを身にまとい、その手にはペットボトルを複数入れたビニール袋をぶら下げつつも、もう片方の手には大判焼きが握られていた。
察するに、陸上部の買出しにかこつけて、江戸前屋で買い食いをしてるって所か。

「あ〜あ、よりによってヤなやつに見られちゃったね。生徒会長の付き人だからって、買い食いの事実をチクんないでよ!」
「いや、別にそんな事はしないけど――――」

いったい蒔寺は、俺の事を何だと思ってるんだろうか? 一度問い詰めてみたいところである。
そんな事を考えていると、食べかけの大判焼きが、ずい、と俺の前に差し出されてきた。むろん差し出したのは、冬木の黒豹こと、蒔寺である。

「何だよ、これ」
「口止め料。一口食べさせてやるんだから、この件は忘れるように――――というか、忘れろ」

むしろ堂々と、蒔寺はそんな事を言う。しかし、口止め料が一口とは……普通、別の大判焼きとかを買って渡すもんじゃないだろうか。

「なんというか、せこいな」
「せこいって言うな――――! 持ち合わせは、もう無いんだよ! いいから食え――――!」

そう言って、ずずいっと迫ってくる蒔寺。俺は思わず退がろうとして――――あれ、何で退がれないんだ?
振り向こうとするが、うまくいかない。なんか、腰に巻きついているようだ。いや、巻きつくというか、それは華奢な女の子の腕だったりするんだが……。

「――――え」
「クリンチ――――確かこうするんでしたっけ?」

俺の背中にペトリと張り付き、そんな事を言うのは、シスターの格好をしたカレンに他ならなかった。
両腕を俺の腰辺りに廻し、身体を密着する体勢。そうすると、慎ましくも柔らかい膨らみが背中に当たって、なんと言うか気持ち良いことは良いんだが……。

「うわ、だ、誰だぁ……!? 白髪に目が黄色いぞ、外人だ、ガイジン!」
「いきなり無礼ですね、貴方――――衛宮士郎、この姦しい(うるさい)のは、貴方の彼女か何かですか?」

唐突なカレンの登場に驚く蒔寺。そんな彼女を見て、カレンは開口一番、とんでもない事を仰ったのだった。
一瞬、呆けに取られた後、蒔寺の表情が見る間に激変する。間違いない、あれはすっごく怒ってる。

「な、いきなり何を言うか、この――――衛宮、この何か暗そーな女は、何なんだっ!」
「口が動けば良いというものじゃないでしょうに――――衛宮士郎、人付き合いの相手を、貴方は少し選ぶべきでは?」

俺を挟むように、真っ向から怒りの声を上げる蒔寺と、俺の背中に密着しつつ、冷ややかに蒔寺を見るカレン。
そうすると、被害は真ん中に居る俺に集中するわけで――――、

「うがー! なんかすげームカつく!!」
「ちょっ、まて――――」

堪忍袋が切れたのか、叫びながら拳を振る蒔寺。俺はとっさに避けようとし――――俺に抱きついたままのカレンが、グイッと逆方向に腰を引っ張った。
避けようとする俺の方向に、カレンが引っ張った方向を差し引くと、つまりは――――。

ごす

「「あ」」
「ぐほぉぅっ!」

見事にクリーンヒット。顔面に蒔寺の拳がまともに入り、俺はまともに声を上げれず、悶絶したのだった。



結局、蒔寺をなだめるために……傍にあった江戸前屋で、大判焼きを山盛り買い込むことになった。
蒔寺は、カレンに対し、まだ何か文句を言いそうだったが、差し出された大判焼きに機嫌を直したらしい。このあたりは、けっこう単純である。

「んじゃ〜な。遠坂には内緒にしといてやるから、早いとこ、そいつを連れてどっかに行ってくれ」

そう言うと、さっそく紙袋から大判焼きを取り出し、かぶりつく蒔寺。どうやら学園に帰るのは、大判焼きを食べ終わってからにするようだった。
ともかく、蒔寺の機嫌が直っているうちに、カレンを連れてこの場を離れよう。

「――――」

そのカレンはというと、地面に腰を下ろし、大判焼きを食べる蒔寺を、まるで動物園で笹を食べるパンダを見るような目で見つめていた。
これ以上、余計な何かを言われるのも困りものだったため、俺は強硬手段として、無言で彼女の手を取り、歩き出した。

「!」

カレンは驚いた顔をするものの、特に抵抗はせず、黙って俺の手に引かれるままに歩き出す。
しばらく商店街を歩き、さっきの場所からは、かなり離れた場所まで移動して――――、俺はようやく彼女の手を放した。

「ずいぶんと、強引なエスコートですね、衛宮士郎」
「誰のせいだと思ってるんだよ、まったく……」

腕をさすりながら呟くカレンに、俺は疲れきった口調で文句を言う。もっとも、カレンの表情を見る限り、俺が文句を言ってること自体、気づいてないのかもしれないが。
しかし、今度もまた、えらい所で会うな……カレンはあまり出歩かないため、こんな所に居るとは予想外だった。

「ともかく、こんにちは、カレン」
「ええ、こんにちは――――紆余曲折あったとはいえ……、ちゃんとこうやって、話し合いの場が持てるということは、あの挨拶の仕方は間違ってはいないという事ですね」
「挨拶って……まさか――――」

先ほどの、俺の背中に抱きついてきたカレンを思い出し、俺は喉の奥で唸る。カレンの返答はというと――――。

「はい、貴方に教えられた通り、無言で背後から抱きつくという方法を実践してみたのです」

あ――――そういえば以前、冗談めかしてそんな事をいったような気がする。しかし、近くに居たのが蒔寺だから鉄拳で済んだのだ。
これがセイバーや遠坂、桜にライダー、藤ねえにイリヤ……誰であれ、先ほど以上の惨劇になるのは目に見えている。
そんな目にあわないためにも、今のうちにカレンに釘をさしておく必要があった。

「カレン、今回こうなったのは、色々と運に恵まれた結果だ。決してこの方法が正しいわけじゃない」
「――――そうなのですか?」

俺の言葉に、キョトンとする表情を見せるカレン。危ない危ない、もし、このまま放っといたら、毎回ああやって背後から抱きついてきたのだろう。
抱きつかれるのは、まぁ、悪い気はしない。しかし、さすがに俺も命は惜しいのである。

「ともかく、次からは……カレンが抱きついてきたら、俺は振りほどいて逃げるから」
「――――それでは挨拶が成立しませんが……仕方ありません、不評であるというのなら、別の方法を模索するとしましょう」

その言葉に、俺は安堵のため息をつく。何にせよこれで、当面の危機は回避できるだろう。
もっとも、次なるカレンの挨拶の方法がどんなものになるか……皆目見当がつかないため、ひどく不気味に思えるのも確かだったが。

「それで、こんな所にいるのは……やっぱりあの約束のせいか?」
「ええ。物覚えが悪い貴方も、さすがに覚えていて下さったようですね」

カレンはどこか安心したように微笑んだ。普通にしてれば、それなりに可愛らしいんだから……もっと慎ましやかにすればいいのに……、無理か、カレンだし。

「何か、言いたいようですね」
「いや、何でもないよ。ともかく、もう少し落ち着ける場所に行こうか」

俺の申し出に、カレンはコクリと頷いた。さて、お茶をするにしても何処でするかなんだが――――。



「それで――――こんな場所ですか」

ちょっと不満そうな表情。商店街の一角にある、公園のベンチに腰を下ろし、カレンはポツリとそう漏らした。
近くにある自販機でホットの紅茶を買って、俺はカレンに手渡しながら、肩をすくめる。

「すまないな。本当は、ちゃんとした喫茶店に行こうかと思ったんだけど」
「――――何か、不都合でも?」
「不都合というか――――財布の中身はさっき、大判焼きに消えたことを思い出して、ね」
「あ」

うかつにも、財布の中身がないのに気づいたのは、つい先ほど。しょうがないので公園のベンチにカレンを待たせ、残った小銭で飲み物を買ったしだいである。
元の原因――――蒔寺を怒らせたのが自分であると理解したのか、カレンは少し懺悔するように目を閉じた。

「ま、そういうわけだから、喫茶店はまた日を改めていくことにしよう。新都の方に、おいしい紅茶を出す店があるんだ。そっちなら、教会からも近いし……出歩くにも問題ないだろ」
「――――そうですか、わかりました。事情も事情ですし、楽しみは後にということで……今日は、この場所で団欒をとることにしましょう」
「ああ、喫茶店のほうも楽しみにしてくれよ。知り合いのウェイターもいるし――――……」

――――――――あれ? なんかすごく、カレンをあの店に連れてっちゃいけないような気がしてきた。何でだろうか?
そのカレンはというと、紅茶のタブを開けるのに四苦八苦しているようだった。

「ちょっと貸して……はい、開いたぞ」
「――――ありがとう」

カレンから紅茶の缶を受け取り、タブを空けてカレンに返すと、カレンはちょっと驚いた表情でお礼を言ってきた。
そんなに驚くようなものなのだろうか。別に、大したことをしたわけじゃないのに。

「ずいぶんと、今日も優しいですね、衛宮士郎」
「そうかな?」
「ええ、普段なら『缶が開けれないなら、そこいらの水道から水でも飲んでろ』くらいは言うでしょうに」
「……そんなこと言うわけないだろ。まったく――――」

蒔寺もカレンも、俺をいったいなんだと思ってるんだか――――そんなことを考えていると、カレンは俺のほうを横目で見つつ、紅茶を飲みながら問いを投げかけてきた。

「それに、なんだか貴方は、私のことを嫌っていないようにも見えます」
「そりゃそうだろ、嫌いならこうやってお茶はしないし、カレンのことは、普通に好きだぞ、俺」
「――――……」

言ってから、しまった、と気がついた。明らかに驚いたような表情のカレン。今の言葉は、どうやっても勘違いするような台詞だった。
あわてて俺は、場を取り繕おうと思いついた言葉を口にする。

「いや、好きか嫌いかで聞かれたらって話であって、別に深い意味は――――」
「ええ、深い意味はないでしょうね。貴方は少し、考慮してから言葉を出すべきでしょう」

ぐ、返す言葉もありません。沈黙する俺をよそに、カレンは缶をベンチに置くと、腰を上げる。
どうやら、長居をする気はないらしい。まぁ、寒くないとはいえ秋口の昼下がり……公園でのんびりするような気にはなれないだろう。

「お茶は、ありがたく頂きました。それでは私は、周囲を見回ってから帰るとしますので」
「あ、ああ。分かったよ……見回りってのは、例の探している二人組みってやつか?」

俺が聞くと、カレンはその二人のことを思い出したのか、不機嫌そうにコクリとうなづいた。

「気がつくと居なくなるものですから、探すのも億劫なのですが、使い魔に逃げられたままというのも、立つ瀬もないので」
「う〜ん、しかし、逃げるのも分かるような気がするけど」

なにせ、一緒に居たら無意識に人の弱点をつつくような彼女だ。一緒に居るのも一苦労だろう。
と、俺の言葉が癪に触ったのか、カレンはじとりとした目で俺のほうを見つめてくる。

「貴方は良いのでしょう。同じように従えてるセイバー達に慕われているのですから」
「従えてるってのはどうかと思うけどな、セイバー達は家族みたいなもんだし……そうだ、カレンもその二人組みと、もっと団欒の場を持てば良いじゃないか」
「団欒の場、ですか」
「ああ、一緒に食卓の場についたり、意味もなく、だべったり――――そういえば、カレンって料理はできるのか?」

俺が聞くと、カレンは心外だ、という風にむすっとした表情で、俺を睨んできた。

「問題ありません。修道院に預けられたとき、必要な雑務は全て任されましたから」
「ああ、そういえばそうだったな」

そんなことを言っていたな、確か。なんにせよ技術に問題がないのであれば、後は本人のやる気しだいなんだが――――。

「そうですね、先達の記録を参考に、少しあの使い魔達を構うのも一興かもしれませんね」
「なんか、不穏な気もするけど――――ま、ほどほどにな」
「ええ、やり過ぎない程度に、愉しんでみることにします。それでは……」

俺の言葉に、彼女はニコリと――――妙に不安を掻き立てられる笑みを浮かべながら歩き去っていった。
人気の絶えた公園に、俺は一人取り残されてしまったわけなんだが――――……。

「さて、用もないし、ここで一人で居てもしょうがないか」

ともかく、現状では無一文に近いのである。このままでは満足に買い物もできない。
夕飯のしたくもあるし、一っ走り家に戻って、財布の中身を補充してくることにしよう――――。