〜Fate Hollow Early Days〜 

〜女史の嗜み〜



昼前の自由な時間帯、俺は特にあてもなく、海浜公園付近をぶらぶらと散歩していた。
この時分、海浜公園には同じように、何をするでもなくのんびりと過ごす人々が集まってくる。
暑くも寒くもない、言うなれば小春日和な気候のせいか、周囲に漂う空気も穏やかなものである。

「セイバーも誘えばよかったかな……」

セイバーはというと、銀杏並木のサッカー場で、某ゲロス少年達と一緒にサッカーに興じているのを見かけた。
誘えば、彼女は断らなかっただろうけど、なんだか少年達からセイバーを取り上げるような罪悪感があったため、結局、彼女を誘う事も無く、一人でこちらに来たのである。

特に目的もないため、俺は公園内を歩きながら、どうしようかと考えを巡らせた。
こうして一人でいるときは、何をするか考えあぐねてしまうのは……趣味と呼べるものが少ないからだろう。
さすがに、こんな良い天気に、秋空の下でリサイクル品の修理など出来ないし、その工具もない。

今日に限っては、遠坂は実家に帰ってるし、桜はライダーと一緒に、部屋にこもって何かをやっているようだった。
イリヤと藤ねえの姿も今朝から見かけず――――平たく言えば、一人ぼっちで暇を持て余しているのが現状であった。

「ま、たまには何もない時間も良いだろ。どのみち、昼になれば、食事の準備やら何やらで、忙しくなるしな」

それならそうと割り切って、なるたけのんびりと過ごすことにしよう。
誰も見知った者の居ない、自由な時間…………それを楽しもうと、俺は歩きかけたその時――――傍らのベンチに座っていた少女に、唐突に声を掛けられたのだった。

「おや、誰かと思えば、衛宮ではないか。こんな所で会うとは奇遇だな……遠坂嬢は一緒ではないのか?」
「ん――――? ああ……氷室か、遠坂は居ないよ。氷室も俺と一緒で、暇を持て余してブラブラしてるのか?」

ベンチに腰掛け、クールに俺を見上げているのは、遠坂のクラスの陸上部三人娘が一人、氷室鐘その人である。
手には文庫本を持ち、大き目のベンチを一人で占領して、明らかに暇そうに寛いでいる。

「さて、世は事もなし――――私の興味をそそるような出来事が無いかと、ここいらまで足を伸ばしたのだが――――見知った相手に会うばかりでな」
「ふぅん……こんな所まで来て、いったい何をする気だったんだ?」

氷室女史に問いただしてみると、彼女は淡々とした仕草で肩をすくめると、ポツリと呟いた。

「なに、恋愛観察のための人材を見繕うと思ってな。手ごろな相手がいないかと、物色中なのだが」
「――――はぁ?」

なんか、凄いことを言わなかったか、相手を物色中、って……逆ナンパというやつだろうか?
いや、確かにそういうことをやっても不思議ではないような、得体の知れない雰囲気をまとってはいるわけだが――――……

「――――表情から察するに、何か勘違いをしていないか、衛宮」
「勘違い……?」
「私は『恋愛の観察』のための人材を見繕っているのだ。ようは、そこいらを歩くバカップルと呼ばれる類の中で、面白そうな面子を探っているのだが」

――――つまりは、見物の為の相手であり……別に自分が、恋愛相手を探している訳ではないということだろう。
しかし、恋愛の観察っていってもなぁ……。あまり良い趣味じゃないと思うんだが。

「衛宮が遠坂を連れていれば、それはそれで興味深い絵面が出来たのだがな……」

などと、残念そうに――――こちらを見る氷室。この甲斐性無しめーなどと、言外に告げられているようで、非常に気まずい。
さすがに風色が悪いので、俺は何か適当な話しで話題を逸らすことにした。ふと、思いついたことを訊いてみる。

「それじゃあ、氷室も暇なんだな。それだったら、今からどこかに出かけないか?」
「――――私と、君でか?」
「ああ、別にデートって分けじゃないけど、お互い暇なもの同士、時間つぶしには最適だと思うけど」

我ながら、なかなか良い提案だと思うが、氷室は少し考えた後、そっけなく首を横に振った。

「申し出は興味深いが、遠坂嬢と敵対する気はないので遠慮する。それに、少々間も悪いことだしな」
「間も悪い? ……何の――――」
「氷室センパイ、言われたもの買ってきましたよ――――って」

言いかけた俺の横合いから、どこかで聞いたような声が聞こえてきた。
そちらを向くと、そこには――――ペットボトルを小脇に抱え、手には何やら文具店の紙袋を持った、美綴の弟――――美綴実典の姿があった。
お互い言葉も無く、立ち尽くす。先に回復したのは俺のほうだったが、掛ける言葉が見つからず、実典の方が先に口を開くことになった。

「何で、アンタがここに居るんだ? ひょっとして、氷室センパイにまで……ちょっかい出そうってのかよ?」
「いや、そんなつもりは毛頭ないけど――――それより、氷室と一緒の組み合わせって、けっこう珍しいよな」

陸上部と弓道部――――同じ運動部といえ、接点はさほど太くないはずである。まして、氷室は3年、実典は1年と年齢も離れている。
いったい何の因果で、このような組み合わせになったのだろうか? そんな俺の内心がわかったのか、実典は溜息一つつくと、ポツリと呟く。

「呼び出されたんすよ。で、何事かと思ったら、買出しに行って来いって……センパイは、ねーちゃんと一緒で人使いが荒いから」

口ではそう言ったものの、いつもの事で慣れているのか、実典の表情に険しさはない。
そんな俺達のやり取りを、氷室女史はものすごく楽しそうに見つめていた。

「氷室――――何か楽しそうだけど、どうしたんだ、急に」
「ああ、気にしないでくれ。恋人達の語らいも興を受けるが、見てくれの悪くない少年同士の語らいというのも、また違った趣きがあるのでな」

などと、よく分からないことを口にする氷室。その様子に、実典はげんなりとした様子で肩をすくめた。
どうも、実典は実典で、氷室は苦手のようだ。掴み所のないタイプの氷室に、よくこうやって振り回されているんだろう。
いくら俺でも、さすがにこの面子で遊びに行くのはどうかとも思うし、ここは大人しく、退散することにしよう。

「確かに、少し間が悪いみたいだな。俺はこれで失礼するよ」
「そうか。また懲りずに次の機会にでも誘ってみてくれ」

どこまでも、マイペースにそんな事を言う氷室女史。どうやら彼女のほうは、もうしばらく、この辺りで寛ぐつもりのようらしい。
と、傍らで俺達のやり取りを聞いていた実典が、おずおずと氷室に声を掛けた。

「あの、じゃあ俺もこの辺で」
「――――待て、少年」

電光石火。身を離そうとする実典の腕を掴み、氷室は恋人同士がするように腕を組んだ。いや、なんと言うか組むというよりも、捕獲したように見えるのは気のせいではないだろう。

「ちょっ、センパイ、もう用事は済んだんでしょ! いい加減、開放してくださいよ」
「そういう訳にもいかん。手間を掛けさせた分の礼はしなければな。どれ、人生の先輩である私が、君の悩みを聞いてやろう。そこのベンチに座って語らおうではないか」

そのようなことを言いながら、先ほど自分が座っていたベンチへと実典を引っ張っていく氷室。
表情は明らかに笑みを浮かべており、実典少年のリアクションを楽しんでいるかのようだった。

「……じゃ、俺は行くから」

聞こえては居ないだろうけど、いちおう声だけは掛けて、俺はその場を後にした。

「いや、遠慮しますって……そういうのは、仲の良い三枝先輩辺りとすれば良いじゃないですか」
「なにを言う、由紀香にやっても面白く――――もとい、意味がないではないか」
「……今、面白いって言ったでしょ? ちょっと、氷室センパイ――――!」

などと、わいのわいのと騒ぐ声が聞こえてくる。幸い、氷室の興味は実典に集中しており、俺が巻き込まれるということは無かった。
その分、実典がこれから先も、色々と苦労しそうな雰囲気が漂ってはいたのであるが。

「……ま、頑張ってくれ」

事は対岸の火事と、俺はこのことに関しては傍観をすることにした。
しかし、これからも何かが起こりそうな組み合わせだよな……また今度、様子を見に行くとしよう。